星空に触れて-73-

翌日の金曜日、上総は4年間通い続けた研究室の教授に打ち明けた。

「大学を、辞める?」
老齢の教授は、ずり落ちる丸眼鏡の上から上総を見上げた。

「色々とあって───、経済的に無理になりました」
上総の家の事情を知る教授は、暫く黙り込む。
大学を途中で辞めていく者は意外と多いので、それほど驚かないだろう。

「休学には、できないのかい?」
てっぷりとした小太りな体に、トレードマークになっている大きなチェック柄のジャケットを着た教授は、
上総のほうへ寂しそうな顔をして近づいてくる。

「復学できる目処がないので、やっぱり辞めるほうが良いと思います」

上総は部屋の中を見渡した。
分厚い木の本棚には、びっしりと資料が詰まっている。

ところどころ散らばって雑然としているところは、
いつも突飛な発想をして学生を驚かせる愛嬌ある教授に似ていた。


上総はこの本棚の全てを読破した。

背表紙を見れば、どんなことが書いてあるのか思い出すことができる。
どんな内容に心が躍って衝撃を受けたか、すべて覚えている。

新しい発見と夢に満ち溢れていて、この空間はまるで宇宙のようだった。
夢は、すぐそこまで近づいていたというのに───。

「なんてことだ───」
教授は肩を落しながら、上総をソファーへ促す。

「私はね、槙村君の論文が見られるのをとても楽しみにしていたんだよ。
目を輝かせて、膨大な資料と向き合っている背中を、もう3年も見てきたからね。
どんな発見を見せてくれるのか、本当に楽しみだったんだ」

「僕は星のことしか頭に無くて」
上総は苦笑した。

「随分と色んな話をした。君に質問されると、不思議と忘れていたことも思い出したりしてね。
みるみるうちに成長して、とうとう君の話に付いてこられる子は居なくなってしまった」

教授の顔が、ふと祖母と重なる。

「自分でも驚きます。勉強することが楽しいと思ったのは、初めてでした。僕は勉強がずっと苦手だったから」
出会えた、と思った。
この世界に関わっていられるなら、どんなに楽しい人生になるだろうと思っていた。

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