星空に触れて-71-

どうやって帰ってきたのか分からない。

いつもとは違うところから電車に乗って、何とかいつもの駅まで帰り着いた。
体のあちこちが痛い気がする。
目が熱っぽくて瞼が重い。
1歩前に進むのも億劫になる。

「ただいま・・・」

すぐにお風呂に入ろう・・・。
いや・・・、今日はもう寝ようかな・・・。

とぼとぼと居間の脇を抜けてそのまま風呂場へ行こうとすると
祖母がちょうど台所へ入ってくるところだった。

「お帰りなさい。今日は早かったんだね」
いつものように笑顔で迎えてくれる祖母を見たら、ホッとして体中の緊張が解けて、一気に疲れが襲ってくる。

「今からご飯の用意するから、今日は一緒に食べようね。」
そう言って足を引きずりながら冷蔵庫へ歩いていった。
ゆっくりとした動作で材料を取り出して、まな板と包丁の用意を始める。

その足元には、今も真っ白な包帯が、異様なほどに存在を主張していた。
祖母が負ったはずのそ傷は、まるで自分の心に負った傷のような気がしてならない。


たった数時間前に、全ての事実をこの目で確認させられた。

酷いやり方で土地を買い上げようとする時田と、黒尽くめの男達。
その会社の社員で専務の・・・野崎。

恋人、だと・・・ 思ってた ・・・。

ばらばらに散らばった心を、どこから立て直したら良いのか分からない。
今は・・・、今は何も考えたくない。


暫くすると包丁とまな板のぶつかる音がしてきて、上総はその様子をぼぅっと見つめた。
トントン・・・と軽く繰り返される音がとても優しくて心地いい。

微笑みを湛えながらゆっくりと料理をしている祖母の横顔を見て、ふと思った。

3人の日常はどんなときでも続いている。
自分が野崎と時田と大学のことで頭が一杯になっていても、それは変わらない。

この家族だけは変わらずに居てくれる。
いつもその温もりで癒される。
だからいつも頑張っていこうと思える。

僕にはお爺ちゃんとお婆ちゃんがいる、僕が頑張るって決めたんだ・・・。

恋人に騙されて、裏切られて、大学を諦めて、それでもこの家族が居てくれるなら、頑張れる。
どんなに辛く悲しい思いをしていても、この二人だけはいつも側にいてくれる。
そのために、自分のできる精一杯で二人を守りたい。

そうやって生きていくのはとても幸せなことで、だからみんな家族を大切にしたいのかもしれない。

そんな思いが沸いてくると、うじうじとしょげ返ってふて寝をしようとしていた自分が情けなく思えてきた。

「お婆ちゃん、手伝うよ。約束だからね」
上総は気を取り直して祖母の隣に立った。
「あらそう?じゃお米研いでね」
3人分の米が入ったボールを渡される。

「お婆ちゃん、ありがとうね」
たった数分で、とても大切なことを教えてもらった。

傷つけられた祖母の姿にあんなにも心細く悲しくなったけれど、居てくれる、それだけでこんなに強くもなれる。

「あら、何かしたかしらね?」
祖母はにっこりと上総を見上げた。
上総は何も言わないで同じように笑顔を返した。


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