星空に触れて-6-

上総があだ名を付けるタイミングは 特に決まっていなくて、決めるのはいつも 黒田と話をしている時だった。

その時一番気になる人をそれとなく挙げてみて、黒田が乗り気であればあだ名が付く。
上総は何度か人選に失敗したことがあって、不思議なことに黒田が一度拒否した相手は、二度目は無かった。
最初は黒田なりの何かがあるのかと問い正してみたいと思ったりしたが、そういうことは言わないような気がして、上総はこのルールを遵守している。

黒田のお眼鏡に適って名づけの対象になると、上総は店の名前が入ったカードの裏側にこれと決めた名前を書き込む。
そして黒田がその名前を当てる、というちょっとしたゲームのようなものだ。

あだ名はいつもカードに書き込んでいたので、あだ名が付くことを『名札をもらう』と呼ばれているのだと、以前ポールさんに教えてもらった。

上総が最初に名づけたのは『ハンチングさん』で、『ポールさん』は二番目である。

この二人はほんとうによく見かける顔で、黒田によれば開店当初からの常連だそうだ。
二人が座るカウンターの席はもうすっかり指定のようになっていて、よほど混んでいない限り、他の客もこの2つの席には座ろうとしない。

時計はもう直ぐ4時になろうとしていて、どんよりとした空がいっそう低くなったように感じられる。
店の前の坂道は人通りが少なく、時折車が通り過ぎていくともの寂しさを感じる。
これから雨の多い季節が来るのかと思うと、またすこし空が低くなったような気持ちになった。

「そういや、あの人最近来てないのかい?」
ハンチングさんがひょい、と眉を上げて上総のほうへ声を掛ける。

「えっと、どなたですか?」
あと少しだけ残った洗い物を片付けながら、上総が応える。

「ほら、いつだったか。ちょっとうるさい客をさ・・・」
そこまで言うと、ハンチングさんはコーヒーを一口啜った。

「ほうほう。例の勇敢なお兄さんですな」
ポールさんがおもしろそうに目を開く。

「お兄さんですか?」
勇敢なお兄さんとは、一体誰のことだろうか。そんなあだ名を付けた記憶も無く、上総は隣の黒田に視線を投げて尋ねる。

「来てないですよ」
カウンターの中に置いてある椅子の一つにゆっくりと腰を掛けながら、黒田が応える。

「あれ、そういえば槙村君は居なかったんでしたね?」
『失礼しました』というように、ポールさんが残念そうに言う。

「何かあったんですか?」
洗い物の最後の一つを片付けて、近くのの手ぬぐいで手を拭きながら、上総は黒田の隣に腰掛けた。

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