星空に触れて-65-

「待て!」
野崎の声には振り返らない。
振り返りたくもない。

もう止めてくださいっ・・・!

「上総!待つんだ!」
初めて名前を呼ばれてはっとしながらも、エレベーターに飛び乗った。

名前なんて呼ばないでっ・・・!

「待つんだ!」
ドンとすごい音がして、野崎が部屋を勢いよく飛び出してくるのが分かった。

震える指で1Fを押すと、『閉まる』ボタンを何度も拳で殴りつける。
早く、早く!閉まって!

荒々しい上総の願いが通じて、追いかけてくる野崎が追いつく前に扉は閉まった。



ぽっかりと空いた静かな空間に、一人取り残される。
エレベーターの微かな機械音に安堵して、上総は少しだけ冷静さを取り戻した。

もう嫌だ、もう何もかも───。
帰ろう、早く。家に帰ろう・・・。


エレベーターから音がして、1Fに着いたことに気がつくと、上総はもたつくようにして駅へと走り出した。

すれ違う人達はみんな幸せそうに見えてどんどん悲しくなる。
誰も彼もすばらしい人生を送って、さぞかし気分が良いことだろう。

そんな投げやりな思いが、どこからともなく染み出してくる。

慌しい駅の雑踏からは、何も音が聞こえてこない・・・。
息も絶え絶えにホームにたどり着いて、そして上総は力無く膝から崩れ落ちた。


お爺ちゃんとお婆ちゃんと、それだけでいい…。
もうそれで十分だ…。

『大丈夫ですか?』と行き交う人に声を掛けられても、上総は暫くの間立ち上がることができなかった。

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