星空に触れて-59-

オフィスは入り口に受付があって、文句ない美人の女性が二人座っていた。

「お帰りなさいませ」
野崎が入ると、受付の女性は揃って立って深々とお辞儀をした。
上総はその奥の部屋に案内される。

「どうぞ。ここが僕の仕事場」
通された先は、重厚な応接セットが配備されている二十畳ほどの部屋で、
窓際の奥には大きなデスクが1つあった。
どれをとっても値の張るものばかりであることは、上総にもひしひしと伝わってきた。

「そのへんに座って。コーヒーでいいよね?」
野崎は楽しそうに言うと、内線を使ってコーヒーを2つ持ってくるように伝えた。
「あ、でも味は期待しないでね。なんといってもフロートのコーヒーが一番だ。」
そういって、いつもの優しい眼差しで笑いかけてくる。

「ごちそうになります。」
上総も笑顔で応えて、部屋の奥の方へ足を進めた。
あまりにも自分に不釣合いな応接ソファーに何となく気後れして、
近くにあった本棚のほうへ歩いていった。

難しそう…。やっぱり建築の本ばかりだ。

大きな本棚を見ていると、中には古い装丁の本がたくさんあった。
大学の研究室の本棚を思いだして、少し懐かしい気分になる。

「難しい本が多いけど、実はどれも読んだことない。ほとんど飾っているだけなんだ。」
いつの間にか後ろに立っていた野崎が、ネクタイを外しながら言った。

「そういえば、ネクタイ。初めて見ました。」
上総の記憶にあるかぎりでは、野崎が店に来るときは、いつもネクタイをしていない。

「人に会う時はどうしてもね。一人でいるときは外しているんだよ。」
器用にネクタイを外す野崎の指に見とれていると、受付の女性がコーヒーを2つトレイに載せて入ってきた。

「専務、コーヒーをお持ちしました。」
そう言って応接セットの上に2つ用意すると、丁寧にお辞儀をして出て行く。

「今、専務って…。野崎さん、専務さんなんですか?!」
突然のことに、目をぱちぱちと瞬かせて野崎を振り返った。

専務って・・・?!

バレタか、とでも言いたげな野崎と目が合う。
上総にとっては大事件なのに、野崎はつまらない手品のネタがバレた程度の動揺しか見せない。

エライ人だったんだ…。専務って、エライよね。

でも、分かる気がする。

突然知らされた事実にあっけに取られた上総ではあったけれど、
あの物腰の柔らかさや落ち着いた大人の雰囲気の根源はここにあったのかと、どこか納得もしていた。

むしろ、ただの平社員ですなんて紹介される方がかえって腑に落ちない感じがする。


「でもなんか…、納得です。」

専務ってどういう人なのかは分からないけど。

上総は不思議な気持ちで野崎を見上げた。

エライ人だけど、恋人、だよね…。

「そうじゃない。」
上総の視線を真っ直ぐに受けて、野崎はその長い両腕を上総の腰に回して身体ごと引き寄せた。

「約束したのに。名前、忘れた?」
耳元にそっと、野崎の低い声が降ってくる。
少し拗ねたようなその言い方に、ずっと年上の恋人が可愛く思えてくる。

「専務さんなのに、良いんですか?」

そんなに子供っぽいことして。
仕事場でこんなことして。

上総が視線でこっそり尋ねると、

「二人きりだから、良いんだ。」
そういって野崎はそっと上総に口づけた。

一日ぶりのキス────。

お互いの柔らかい感触を確かめるだけのキスはままごとみたなのに、
なぜか心の奥がきゅっとなる。
唇が触れそうな距離で少しだけ見つめられて、野崎の胸に抱き寄せられる。

野崎の体温が心地良い。
こうやって抱きしめられると、自分は野崎にとって特別な存在なのだと言われているような気がして
くすぐったくなる。

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