星空に触れて-54-

家に帰ると、時間は11時30分を過ぎたところだった。

なんとか今日中に帰り着いてほっとする。
上総は音を立てないようにドアを開けて入った。
「ただいま」
遅くなることは伝えてあったので、祖父母はとっくに眠ってしまったと思っていたのに、

「おかえり上総」
疲れた顔をした祖父が玄関まで出てきた。

「どうしたの、こんな時間に?」
大学生の自分はともかく、八十歳近い祖父がこの時間に起きていることはほとんどない。
上総はドアの鍵を閉めて部屋へ上がった。

「今日の夕方、お婆ちゃんが転んでしまってな・・・」
祖父は眉を寄せて険しい顔をする。
「えっ?どういうこと?」
上総は驚いて、慌てて走って祖父母の寝室へ向かった。
中に入ると祖母もまだ起きていて、左の足首辺りには真新しい包帯が巻かれている。

「お婆ちゃん!どうしたの?」
上総は倒れそうになって祖母の近くへ駆け寄った。
驚いてしまって足がもたつく。

「かずちゃん、おかり」
祖母も同じように疲れた顔をしていて、口元だけ笑って上総を迎える。
後から入ってきた祖父が祖母の隣に腰掛けた。

「お婆ちゃん、どうしたの?大丈夫?お医者さんは?」
上総は祖母の包帯を見ながら、矢継ぎ早に問いただした。
痛々しい真っ白な包帯から目が離せない。

「怪我はたいしたこと無いんだよ。尻餅をついてね。お医者さんは捻挫だって」
祖母は包帯のあたりをさすりながら答えた。

泣きそうな顔をしている上総を宥めるように、祖母は優しい顔をする。

「捻挫って、どのくらいで治るの?歩ける?」
年寄りの怪我は厄介だ。
あっという間に寝たきりになってしまうこともある。

優しい笑顔を見せる祖母に、上総の焦りはなおさら収まらなかった。

「1ヶ月もすれば、前みたいに歩けるようになるんだと。それまでは、ちっと杖が要る」
祖父がいかにも面倒なように言った。
もともと動きの鈍い老人が、杖まで必要になる生活がどのくらい嫌なものなのか、
祖父もきっと我が身のように感じているはず。

「杖って・・・、お婆ちゃん・・・」

たった3人の家族。

祖父も祖母もいつかは居なくなる存在ではあっても、
こうやって弱っている姿を見せられると心が突き刺されるように痛んでしまう。

身内を失う痛みは、あんな痛みは何度も耐え切れない。

「お婆ちゃん、しばらくは絶対に無理しないで。僕が、できるだけ手伝うから。
絶対に無理しないでね。治るまで、僕も家にいるようにするから、お願いだから・・・」
上総は包帯が巻かれた部分に両手を添えて、祈るように言った。

今の上総には、この年老いた二人とのゆっくりとした生活は何事にも変えがたい。
この生活が永遠に続くことはないとしても、1日でも永く心穏やかに暮らしていたい。

「かずちゃんが居てくれると、お婆ちゃんも頼もしいわ」
祖母は目じりをいっそう下げて、上総の頭を撫でてくれる。

父と母を失ってから、上総にとっての祖父は父で祖母は母になった。
大好きな、大好きな、祖父と祖母。

「どうして転んじゃったの?段差につまずいた?そういうのは直さなきゃ。お爺ちゃんまで怪我したら嫌だよ・・・」
上総は目にいっぱい涙を湛えて祖父を振り返った。

「それがなぁ」
祖父は祖母の包帯へ目をやると、この怪我の原因となった一連の出来事を話し始めた―――。

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