星空に触れて-33-

オフィスビルが並ぶ大きな通りに出たところで、車の流れるスピードがだんだん落ちてきた。

「ゆっくりになりましたね」
お店の時間は大丈夫なのか、上総が視線で尋ねると、
「時間は心配ないよ。それより、帰りは?」
野崎が声だけで確認してくる。

「家族には遅くなるって言ってきたので。それに女の子じゃないですから」
「そっか。良かった」
そういって、野崎は一瞬だけ車道から視線をはずして上総を見た。
ほんの一瞬のことなのに、その視線には何かがいっぱいにこめられている気がして、混乱しそうになる。

「あのっ、地下鉄に乗れればどうにかなりますから。最寄り駅は乗り入れが多いから・・・」
目を合わさずにいるには会話しかないと思って、上総は焦って話を続けた。
「どうして?車なのに、送っていくよ」
「そんな、ご飯ご馳走になった上に送ってもらったりしたら、ハンサムさんに悪いです」
これ以上もらってばかりでは、ばちが当たりそうな気がする。

600円のお返しという段階で、すでに何かが違っているんだけど・・・。

「なので、近くの駅で降ろしてもらえれば・・・」
『帰れます』と言い掛けて運転席へ目を向けると、赤信号で視界に余裕のできた野崎もちょうどこちらを見ているところだった。
「・・・せっかく教えてあげたのに」
突然、はぁー、と大げさなため息をつかれてしまう。
「えっ?」
つまらない、とでも言いたそうな冷たい野崎の声色に、上総は何か粗相をしてしまったのかと 一人焦った。

「あ、の・・・」
「名前、忘れた?」
じっと上総を見たまま、野崎は短くぶっきらぼうに言い放った。
「えっ?」
らしくない野崎の声に気圧されて、上総は思わず体を後ろに引いた。
「いえ、あのっ、覚えてます。忘れて、ないですっ・・・」
ヘビに睨まれてしまったように、野崎から視線が逸らせない。

「じゃ、言ってみて」
「えっ?」
「言ってみて」

野崎の眼差しは真剣だった。
まさか、あんなに短いセンテンスも覚えられない人間だと思われているのかと思って、
上総は若干の怒りを覚えて声を張った。

「野崎聡示さん、ですっ、忘れるわけがないです!」
少し頬を膨らませて言った上総に、一瞬だけ呆気に取られた野崎がプッと噴出した。
「どっ、どうして笑うんですかっ・・・」
一方的に焦らされたり笑われたりで、上総はちっともおもしろくない。

「そうじゃないよ」
肩を揺らして笑いの抜けきらない野崎は、面白そうに上総を見ている。
「でも、笑ってます!」
上総はますますおもしろくなくて、顔を赤くして頬をふくらませた。
「そういう意味じゃ、なくて・・・」
そういうと、野崎は一度大きく息をして笑いを抑えるような仕草をした。
やがて、動き出した流れにあわせて車を走らせる。

「名前では呼んでくれないんだ、と思って」
苦笑しながら、ポロリと言う。

「あっ・・・」
そうして上総はやっと理解した。
確かに、本当の名前を知っているのにいつまでもあだ名で呼ぶ必要は無い。

「呼んでみてよ」
野崎は車道に目を向けたまま言った。
「・・・呼んでみて」
今度は一度だけ上総を見て、また車道を見つめる。

「えと・・・」
「えと?」
前を向いたまま、野崎は上総の続きを待っている。

「野崎、さん」
初めて呼んだ名前は、とてもぎこちなかった。
「もう一回」
野崎はダメ出しをする。
「野崎さん」
今度は自然に、その名前を呼んだ。
「ありがとう」
野崎はとても満足そうに笑って上総を振り返る。

「一緒に居るときは、そっちね。・・・秘密、だよ」
そう言って、野崎は左手でさっと上総の髪を梳いていった。

「えっっ?!」
いきなりの出来事に、またもや上総があたふたし始めたのをよそに、
「着いたよ、ここね。」
何事も無かったように言いながら、野崎はビルの地下駐車場に車を進めた。

いきなりこういうことするんだよ、な・・・。

上総の思考は、どこまでも野崎のテンポに付いていけなかった。

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Comments

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Posted at 2009.05.24 (12:39) by () | [編集]
>秘コメのMさま
ほほっ コメントありがとうございます!>▽<
>「野崎さんって会話がエロい」
大人の余裕をかましているつもりなんでしょうが、魅力の片鱗は実は下心の片鱗なのかも?!笑w
>台詞なり仕草なり何なり全部エロいんだけど
バ・・・ バレバレですか?ぷぷぷ^^
>特に!自分の要求にこたえさせようともっていく時の会話術
上総がピュアなのをいいことに、全く! このフトドキな大人は・・・! 笑w
Posted at 2009.05.24 (13:42) by 冬実 (URL) | [編集]
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