今夜、資料室で-62-

「・・・そろそろ なんじゃない・・・?」
「・・・まだ大丈夫だ」
窓を大きく開け放った病室の窓際。
鮮やかな朝の光を浴びながら、真島は身支度を整えた甲斐に背中を覆われていた。

「・・・でもさ・・・」
「・・・夜まで君に逢えないんだ・・・。少しくらい、許してくれ・・・」
まだ真島を離せずにいる甲斐の腕を、同じように名残り惜しく抱き返す真島。
出かけるまでの僅かな時間も惜しむように、甲斐は真島の首筋に吸い付いた。
小さな水音を立てながら皮膚を柔らかく吸い上げる。
「・・・待て、って・・・」
「・・・裕紀・・・」
腕を押さえつける真島の制止を拒むように 甲斐は舌先でも触れて回る。
優しく濡らされながら吸い上げられると、真島の体に小さな熱がほんわり生まれた。
「・・・ァっ、・・・」
甲斐の舌に誘導されるように艶めいた声が漏れ出して、真島の首が大きく反らされた。
「・・・裕紀・・・」
差し出されたその首筋へしっとりと吸い付きながら、甲斐は真島のパジャマの中へ手を忍ばせる。
脇腹へ乗せた手のひらを胸の上までゆっくり這わせながら、その滑らかな感触を味わった。
甲斐の指先はすぐに胸の実を探り出して いじりだす。
「・・・甲斐さん待っ、・・・ン・・・」
甘い痺れに襲われた真島は、何とか声を殺して耐えた。
指の間で捏ねられていると、飲み込みきれない真島の吐息も 湿って震える。
「・・・待てって、・・・ッ・・・」
ゆるゆると胸の上を撫でながら 耳元へ唇を寄せて、甲斐は声を潜めて囁きかけた。
「・・・私がいない間・・・、大人しく待っていると約束できる・・・?」
「・・・ンッ・・・」
その声にも反応した真島の耳が熱を持って赤く色づいた。
甲斐は空いた手を下腹へ下ろして、際どい辺りまで手を滑らせる。
「・・・危ない事は考えてはいけない・・・、いいね?」
少しだけ熱を宿した膨らみの上に指先が押し当てられると、真島の体はビクリと跳ねた。
「・・・も、甲斐、・・・さんっっ」
今度こそ真島は本気で抵抗して、甲斐の腕を力いっぱい押しのけた。
そして何度か大きな呼吸を繰り返して息を整える。
「・・・・・・時間、マズイって・・・」
ぴたりと悪戯の手を止めた甲斐は、じっと真島の横顔を覗き込んだ。
「良いね?」
甲斐はマジメに念を押した。
あの日もいつもと同じ朝だったのに、夜になって突然真島は姿を消した。
傍で見張っていなければ、また真島がどこかへ行ってしてしまうのではないかと、本気で考えてしまう。
冗談ではなく、真島の体を離してしまうのが怖かった。
無茶をして入院までしたくせに目が覚めてからもずっと仕事の事ばかり。
やっと目を覚ましたというのに少しも気が休まらない。
「分かってくれるだろう・・・?」
もう2度目は無いと信じていても、手放しで安心する気にはなれなかった。
真島が何かを考える仕草が目に付くたびに、嫌な予感がしてしまう。
「大人しく、待っているんだ」
口には出さずにいる思いを伝えるように、耳元へ強めに言い聞かせた。
「・・・・・・・・・はい」
「・・・くれぐれも、気をつけて。続きは今夜・・・」
素直に頷いた真島の体をもう一度 抱きしめて、甲斐はようやく出勤していった。




残された病室で、真島はパジャマを整えてタバコを手に取った。
甲斐に触れていた背中から小さな汗の感触がする。
「朝から何するんだよ・・・」
つぶやいて、熱を持った胸の辺りのボタンを1つはずしながら、真島はタバコの火を点けた。

そして上を向いて大きく煙を吸い込んだちょうどそのとき、目元にキラッと強い光が差しこんだ。
「眩しっ・・・」
一瞬 世界が白くなって、真島は咄嗟に目を閉じた。
何度か瞬きをしていると、また、 顔の辺りにチラチラと光を感じる。
「───何だ・・・?」
ゆっくり慎重に目を開けて、真島は光の筋の元を追った。
差し込んで来た方を上から下まで探っていると、もう一度視界の中に光が走る。
人・・・?
隣の病棟から向かいの棟へ伸びる渡り廊下の途中、真ん中に立っていた白衣の男から光るものがある。
その男に目を凝らした真島はハッと息を呑んだ。
「アイツ・・・っ!!」
立っていたのは内科医の須藤だった。
真島の病を始めて発症させた男で、あろうことか、双眼鏡越しに真島の病室を覗き込んでいた。
そして 真島に気づかれたのを察知しても、顔色ひとつ変えず 堂々と双眼鏡を下ろして見せたのだ。
その表情は ゾッとするほど冷ややかに感じるのに、得たいの知れない笑みを浮かべていて
気色の悪い視線の力を増長させているようだった。
突然の衝撃で身動きが取れず、真島は思わずじっと見返してしまった。
「・・・ッマズ、い・・・ッ」
視界はどんどん暗くなって 目の前の景色が歪んでいく。
体を支えようと窓枠を握った手には もう力が入らない。
背筋を這い回る嫌な感触に覆われながら、真島はその場で気を失った。




「・・・君、・・・島君、・・・しっかり」
鈍い感覚に包まれながら 真島の視界は徐々に開けた。
ぬめって纏わり付く嫌な悪寒が まだ背中に張り付いている。
重い体はそのままに、切れ切れに聞こえる声の方へ視線だけを向けた。
「・・・しっかり、真島君・・・」
ベッドの脇に立つ人間をぼんやりと確認して、そして真島は愕然とした。
覗き込むように 顔を寄せられて 重たい腕を 必死に上げて目元を覆う。
金縛りにあったように硬直した体から 嫌な汗が一斉に噴き出した。

薄暗く微笑みながら、首から双眼鏡を下げた須藤が立っていた。
「あぁ・・・、よかった、無事だね・・・」
僅かに息を弾ませて、気味の悪い粘着質な声で うっとりと囁く。
「倒れたから・・・心配になって、走って来ちゃったよ・・・・・・」
「・・・お、前・・・ッ」
じりじりと近寄る須藤を牽制しようと、真島は声を搾り出した。
突然の衝撃は、胸の上から押さえつけるような圧迫感を引き起こした。
細切れに引き攣れる息を、浅い呼吸で懸命にやり過ごす。
冷ややかで粘ついた、異様な空気が須藤の体から押し寄せた。
「真島君・・・、すごく素敵になった・・・・・・。あの頃も・・・、とてもキレイだったよね・・・」
何かに酔ったような色濃い口調で言いながら、須藤は真島の髪に触れた。
鈍く曇った須藤の瞳が卑猥に潤む。
「あぁ・・・、きれいだ。なんて艶なんだろう・・・・・・」
興奮してはしたなく上ずった須藤の声に、真島の呼吸が苛まれる。
目を閉じた暗い世界で、真島の視界はぐるぐると揺れ続けた。
架空の酔いが回って胸が悪くなる。
「・・・めろっ・・・」
真島が力任せに顔を背けて、その拍子に髪に触れていた須藤の指がスルリと外れた。

「見たよ・・・、あの嫌な男・・・」
吐き捨てるように言った須藤の声に、剣呑な空気が混じった。
甲斐を引き合いに出された真島の心臓がドクリと跳ねる。
「君の体にべたべた触って、すごく・・・いやらしい顔をしていた・・・。最低な男だ・・・」
キリキリと声を高く攣らせながら、須藤は心の底から忌々しげに言い捨てた。
逃げるように目を閉じていても、ヒステリックに歪められたその表情が見えるようだった。
深く吸い込めない息はさらに苦しくなって真島の胸が忙しなく上下する。
「この前だって・・・。まだ明るい時間から、君にあんな・・・、いやらしい事をして・・・」
「なっ、・・・ッ」
また、ドクッ、と大きく心臓が跳ねた。
ずっと、須藤に見られていた。
甲斐との一部始終、いや、それよりもずっと前から、須藤は ───。
「知ってるんだ。君の病気はまだ治ってない。あの男に騙されてしまったんだね、可愛そうに・・・」
須藤が左手をベッドに乗り上げて、ギシっと軋んだ音が響く。
どうしようもなく気持ちが追い詰められて、真島はシーツの上をもがきながら体を背けた。
「・・・大丈夫、僕は医者だから、君の病気も治してあげられるんだ。・・・それなのに。・・・僕をチームから外すなんて・・・」
須藤の手がスッと真島の肩を撫でていく。
「やめ、ろ・・・ッ」
たまらない不快感にゾワッと背筋が戦く。
真島は震えて竦む手を懸命に伸ばした。
息を引き攣らせながら闇雲に枕元をかき回して、そしてやっとの思いでスイッチを握った。
「待っててね・・・。僕が必ず・・・ 君を助けてあげる・・・」
須藤が耳元まで口を寄せて べたりと甘い声で囁く。
そして真島の指がカチっとボタンを押し込むと、逃げるように部屋を去って行った。

「マジ、かよッ・・・・・・ッゥ、」
スイッチを固く握り締めたまま、真島は顔を歪めて苦痛に耐えた。
冷や汗が体中で筋になって落ちていく。
目の奥で回り続ける天井は ますます速度を増していった。
須藤の声がまるで耳鳴りのように耳元で囁き続ける。
「・・・なん、で・・・ッ・・・」
須藤が・・・まだ、───っ。

「真島君っ!」
バンとドアを蹴破る勢いで織田が入ってきた。
身を縮めた真島の異変に直ぐに気が付いて駆け寄ってくる。
「・・・オダ、・・・」
「しゃべらないで」
パジャマをじっとり濡らした真島の姿に、織田の表情は途端に険しくなった。
「息を吐いて、しっかり吐いたら、吸うのよ」
手のひらいっぱいに力を込めて、織田は真島の背中を撫で下ろした。
「大丈夫、誰もいないわ」
緊張して強張った真島の体から、少しだけ力が抜けていく。
「・・・甲斐、さ・・・」
「連絡してあげるから、心配しないで。直ぐなんて無理は、絶対に言わないから」
青ざめた顔をして呼吸を乱す真島に声を掛けながら、織田は背を撫で続けた。
次第に呼吸の間隔が長くなって、真島が苦しそうに目を開ける。
「・・・さっきすれ違ったの。・・・須藤が、来たのね?」
小さく問いかけた織田の声に、真島は僅かに頷いた。
「・・・ごめんなさい、でも もう大丈夫、心配は要らないわ」
「・・・・・・甲・・・斐、・・・」
もう一度頷いた真島は目を閉じて、そしてそのまま眠りに落ちていった。


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