今夜、資料室で-60-



真島が目を覚ました話はすぐに仲間内を駆け巡って、終業後の時間になると病室が賑やかになった。
窓側の枕元から甲斐、水元、マリちゃん、穂波が並んで、反対側を野崎、池上、織田が囲んだ。

「・・・4日?」
「ほんと、のん気なもんね」
織田に告げられた空白の時間に、真島は僅かに驚いて呟いた。
「人の気も知らないでスヤスヤ眠りやがって」
池上が大げさに肩を落として周りの笑いを誘う。

運び込まれた日から まる4日、真島は一度も目を覚ます事無く眠り続けていた。

「検査の結果は問題無かったから、後は目を覚ましてくれるだけで良かったのに。そんなに寝心地良かったかしらね」
からかう織田を真島は気配だけ睨み付けた。
「すごく心配してたんですよ!次の日になっても目を覚まさないって言うから、どうしてもってお願いして1度だけみんなでお見舞いに来てっ・・・、でもそしたら・・・」
「真島ちゃんが・・・あんまりにもスヤスヤ眠ってるから、拍子抜けっていうか・・・」
気の抜けた顔をして水元とマリちゃんが頷きあった。
「・・・真島さんちっとも病人らしくなくて・・・なんか、損しました」
「だよね」
水元が正直に零した言葉に池上までもが続いて、その場の全員が声を出して笑った。
「・・・お前本気で心配してたのかよ」
「だって本当にそう思ったんです」
「・・・お前なっ、」
真島は水元をキッと睨んで枕を投げつけるふりをした。
「大したことが無くて、水元君もみんな 喜んでいるんだ」
一人 取り囲まれて笑われる真島を宥めるように 甲斐が微笑みながら枕を取り上げる。
「・・・何だよ」
真島は上げた腕をバサッと下ろして、まだ痛みのある背中をそっとベッドへ預けた。

いつもはスマートに人を動かして 涼しい顔をしている真島の立場は すっかり逆転して、
患者の今は 何を言われようがされようが甘受するしかなくて、それがまた 皆の笑いを誘う。
そして真島も静かに微笑んだ。
誰一人、こんな自分を責めたりはしなかった。
ただ微笑んで、無事だった事だけを喜んで笑顔を見せてくれる。
まるで、あの幸せな長い夢が続いているようだった。

「例の件は・・・」
野崎が小さく話を切り出して、皆が野崎へ顔を向けた。
「あ・・・、私は失礼するから、後は皆さんで」
優しい笑顔を向けたあと 織田が静かに部屋を去って行く。
カチリとドアが閉まる音がして、真島は野崎を見上げた。

「ああ・・・、会長のじーさん だったのか・・・」
気を失う前、真島は駆けつけた4人の顔をはっきりと記憶していた。
神妙に言った真島に野崎が頷き返す。

社の中に感じていた、別の組織の影。
甲斐のIDカードのセキュリティを制限して、全員の退職願を持ち去るようなことをしたのは、それを望まなかったから。
要らぬ犠牲は払いたくないという時田の胸中を察すれば 全てが繋がる。
人一倍 社に愛着のある時田を知っている真島には、すんなりと理解ができる顛末だった。

「彼女達が4年前から調べていた事も、知っていた」
穂波の方へそっと視線を向ける野崎を見ながら 時田に思いを馳せた真島は、更に確信を深めた。
あの時田なら、社の病根を全て自らの手で刈り取る事を望んで、人知れず動いていたとしてもおかしくない。
むしろ、それが時田の命であった事に 真島は安堵すら覚えた。
少なくとも真島の中の時田は、そういう期待を感じさせる御仁だった。
「・・・そうか」
すでに事の真相を知らされていた全員が、相槌を打つように顔を見合わせる。

「仁科で終わりじゃない。・・・この後の事は、全部こっちで引き継ぐ事になった」
静かな決意を秘めて告げる野崎に、その場の一同が口を結んで耳を傾けた。
「引き継ぐ・・?」
「野崎君は早々に専務に就任する。以前と変わらず秘密裏だが、私達は野崎君の下でこの件の調査を続ける事になる」
探るように野崎を見上げた真島の後ろから、甲斐が的確に言葉を補足した。
「本当なのか・・?」
「会長の意思だ」
目を見張った真島を見下ろして野崎が深く頷く。

「私達がやっていた事は、1つも無駄にならない。もっと前へ進んで、・・・必ず実る」
驚きと希望に満ちた真島の心を、甲斐の声が代わって告げた。

─── 失敗では無かった。
もう、力ない自分達を嘆いて 後退することもなければ 無下に諦めることもない。
それが時田の意思だと言うなら、堂々と胸を張って、行くところまで行けばいい。
皆の熱い思いが行く場所を無くさずに済んだ事が、真島には何より嬉しかった。

「だから今度は大丈夫です。もう、真島さんだけこんな・・・、こういう事は、二度とありません」
まるで真島に宣誓でもするように、水元は厳しい顔をして拳を握り締めた。
水元に続くように、マリちゃんも穂波も視線に力を込めた。
「僕は最後まで全力で頑張ります。もう真島さんにとやかく言われなくても良いんです」
「・・・お前」
ずっと、自分の居場所さえ見つけられずにいた 水元のそんな言葉にも、胸を打たれる。
4年も苦心を重ねながら、それでも少ない仲間と手を取り合って 決して歩みを止めなかった穂波。
ささくれる皆の間で いつも優しい笑顔を振りまくマリちゃん。
ただ1つの寄る辺として真島の手足となり、何も言わずに真島を傍らで支え続ける甲斐。
そして、今度も確実に駆けつけてくれた古い友人。

囲んでくれる面々からあふれる 澄んだ思いが眩しくて、真島はそっと目を閉じた。
【俺達には無理じゃなかった】
仁科に告げたあの言葉を 本当に遂げられる日がやってくる。
そう思える事が嬉しくて、そう思える仲間達に囲まれている事が嬉しかった。

そして真島を支え続けている人間が、もう一人。
ちょうど話が ひと段落した所へ織田が笑顔で戻ってきた。

「まだシンガポールの往復がある。少しずつ体制を整える事になるが、その前にお前は怪我を治せ」
「良い機会だし、夏休みでも取るつもりでしばらく入院したらどうかしら」
「入院?」
足元へ現れた織田に真島が首を傾げる。
「疲れる事が続いたのよ。背中っていうのは案外治療も面倒だし、養生すると思って」
「君は今資料室の人間で、急ぎの仕事は無いんだ。野崎君の状況が落ち着くまでは、時間もある」
「その方がいいわよ、真島ちゃん。元気になるまで待ってるから」
誰も彼も顔を揃えて微笑みながら、口々に入院を勧める。

「・・・はぁ、」
眠り続けたとは言っても、背中の傷自体はそれほど大きなものではなかった。
日常生活が不便なのはいつものことで、真島本人はすぐにでも退院して仕事に戻るつもりでいた。
自宅療養で通院するならまだしも、入院するほどの危機感が無い。

「心配するな、戻ったら死ぬほど使ってやる」
「・・・そういうことじゃないだろ」
「きれいなお花を毎日届けてやる」
「・・・それも違う」
「だったら退屈しないように、僕が仕事少し持って来ますよ」
「それじゃ養生にならないだろうが、お前相変わらず頭悪いな」
釈然としない妙な笑顔の連帯感に、真島は面々の顔を見渡した。
そんな真島の方へ甲斐が僅かに体を寄せる。
「休みたくても休めない時だってあるんだ。今は先生の助言を聞いておいたほうがいい」
・・・結局、その一言で全てを終わらされてしまう。
「・・・じゃぁ、まぁ・・・」
気が進まないながらも承知して真島は溜息をついた。
「食事して薬飲んで、それが毎日できるなら十分だ。マジメにやれよ」
「超絶かわいいお花を持ってきてやる。感動して泣くな」
「僕は忙しいからお見舞いは来れませんけど、寂しくても泣かないでください」
「待ってるからね、真島ちゃんがいないと資料室の換気のタイミング逃しちゃって」
「お大事に、とにかくゆっくり休んでくださいね」
あれこれと言いたい事だけ言い残して、そして面々は帰って行った。

「結局何が言いたかったんだ・・・」
「みんな君の事を大事に思っているんだ」
ブツブツ口の中で零した真島に枕を手渡しながら 甲斐が微笑みかける。
「あぁ・・、・・・甲斐さんも、そろそろ・・・帰ったほうがいい・・・」
下を向いて枕を受け取りながら、真島は視線で入り口へ促した。
「あら、甲斐さんは泊まるのよ」
「は?」
サラっと織田に言われて、真島は思わず甲斐を見上げそうになった。
「私がお願いしたの。甲斐さん、4日前から毎晩泊まってるのよ」
「泊まってるって・・・」
着せられたパジャマを見て真島は言葉に詰まった。
確かに甲斐なら、それもありえる。
「甲斐さんじゃ無かったら誰があなたの 『お世話』 するのよ」
反論の余地があるはずなのに、織田がそんな事をする意図を考えると色々と言葉が続かない。
黙る真島を織田がニヤニヤ笑った。
「じゃ、私もお暇するかしらねー」
そしてルンルル跳ねる足取りで、織田は慌しく部屋を出て行った。



二人きりになった病室、仲間達が帰るのと同時に仕事の時間は終わって、恋人だけの時間が舞い降りる。
「・・・ほんとに・・・4日も・・・?」
真島は右手をそっと脇へ伸ばして 甲斐の袖口を捕まえた。
問いかける口調も まろやかになる。
「・・・決まってるだろう?」
言いながら、甲斐は背を向けるようにベッドへ腰を下ろした。
真島の右手を引き寄せながら体を抱き起こして、そしてそのまま腕の中に閉じ込めてしまう。
「君の世話を許されているのは 私だけなんだ。他の誰かが君に触れるなんて・・・、あってはいけない」
囁きながらこめかみの辺りに唇を押し当ててくる甲斐の背に 真島は腕を回した。
「それに 君のあんな・・・可愛い顔、独り占めしていたいじゃないか」
甲斐らしい言い方が嬉しくて、真島は甲斐の肩に額を乗せた。

きっと甲斐は 満足に眠ってもいない。
ひたすら眠り続ける姿を どうにもならない思いで、ただずっと見守っていた。
体を清めて、着替えをさせて、大事に大事に扱ってくれる姿が、嫌でも目に浮かぶ。

つい 条件反射のように詫びようとした声を、真島はぐっと飲み込んだ。
甲斐の傍に居るために必要なことなら・・・ それでいい・・・。

「・・・甲斐さんが居てくれて、良かった・・・」
こみあげる気持ちの多くは飲み込んで、真島はそれだけを伝えた。
「だったら今日は、ご褒美が欲しい」
「・・・ご褒美?」

「いつものように、君の隣で 眠らせてくれないだろうか・・・」
「・・・いいよ。だったら甲斐さんもパジャマ着てよね」
掠れる様に届いた声に微笑んで、真島は甲斐の背に回した手を引き寄せた。


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Comments

拍手コメくださったmさま
コメありがとうございます、冬実でございます。
>会社の面々が揃った和やかな場面、好きですね~♪問題は全て解決したわけではなくても、身の危険にさらされることのない、穏やかな時間が戻ってきたことを実感します。

ようやく事の次第を皆で共有しました、長かった・・・(苦笑)。甲斐さんが彼氏だという事もお友達にはバレてしまったので、真島君も心置きなく・・・(笑)

>みんなで力を合わせて調査している時も、どこか寄る辺なさがあった面々に、新たな力がみなぎるようで、嬉しくなってしまいます。この結束力、高揚感が小気味よいですね。

ちょっとBL要素とは違う要素が多い気もして、引いてしまう読者さまもいらっしゃるのでは…?と悩んだりもしたのですが、こうやって味わって頂けると、とても嬉しいです!

>そして誰もいなくなったら…途端に甘口になる二人(*^^*)もう真島さんは、デロンデロンに甘えてしまえばいいと思います♪ずっと泊まり込んでいた甲斐さん、さすがですね。

真島君がでろんでろんになると…際限がなくなりそうでかなり怖いですが、間違いなく激甘になります。
ああ…、でも見てみたい気がしますね。
甲斐さんなら絶対泊まると思ってました(笑)ですよね?^^

>甲斐さんみたいな男性、ほんとに理想的です。惜しみ無く注ぐ愛情も、極甘なセリフも、素敵だな~って思いますO(≧▽≦)O

最近甲斐さんの動向を見ていると、まるでお父さんが甘甘彼氏になったみたいだと思う事があります。
父性も愛情も持て余して垂れ流してます。真島君、受け止めきれるのか?!(汗

いつもコメありがとうございます!また、次話にてお待ちしております☆
Posted at 2010.07.15 (22:34) by 冬実 (URL) | [編集]
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