星空に触れて-2-

上総よりも顔1つほど背の高いマスターは『恩にきるよ』と口元だけで笑顔を返しながら、新しいワッフルを焼きにかかっている。

最初は月曜日から木曜日の午後で時間の都合が良い時だけ、という約束だったが、まじめな働きぶりに加えてマスターや馴染みの客との相性がとても良かったこともあり、そのうちに時間さえよければいつでも来てくれ、とマスターのほうから申し出があった。
おかげで、起きている時間の多くをこの店で過ごすことになり、大学に入学した当初からずっと通い続けているこの店は、上総にとって特別な存在になっている。

元々はマスターの黒田が夫婦でやっていたのだが、上総がバイトを始める半年ほどまえに妻が他界してしまい、一人ではどうにも回らなくなってしまった為に上総を採用することになったのだそうだ。

マスターの黒田はがっしりと鍛えられた体躯をしていて、短髪と少しだけ白髪の混じった顎の髭がとても良く似合っており、どっしりと腰の座った性格が黒田の全体からにじみ出ているようだ。
何も話をしていない時は近寄り難いように感じられることが多いが黒田だが、4年近くの付き合いで気心の知れている上総に対しては、頭1つ上の方からよく笑顔を見せる一面がある。

それとは対照的な上総は、虫も殺さない人の良さそうな顔と、細くも太くもない至って普通の体つきをしていて、全体的にほんわりと柔らかい雰囲気が漂う、おっとりとした性格である。

「あ、今日は雨が降りそうだからかな。前にワッフルがたくさん出て忙しかったときも、雨が降ってちょっと寒かったですよね」
上総はカップとスプーンを洗う手を動かしながら背中のほうに声を掛けた。ふた月ほど前にも、今日のようにワッフルが盛況で慌しかった日があったのを思い出した。

「そういやぁそんな感じだった気がするな。雨かぁ」
黒田のほうもワッフルから目を逸らさずに、声だけで上総に応じる。

「今日みたいに寒い時もそうですけど、気分が沈んだ時とか、何となく寂しい時とか、そういう時、みんながメイプル・ワッフルをつい食べたくなるの、何となく分かる気がします」
上総は乾燥機のスイッチを入れながら言った。

上総も以前、一度だけメイプル・ワッフルを食べたことがあった。
口に入れるとほんのりと温かく、メイプルシロップとバターがこんがり焼かれた甘く香ばしい匂いが口の中いっぱいに広がり、食べ終わる頃には何だかとても優しい気分にさせられた。
それはまるで、弱くなってしまった人間の心をそっと包んでくれる柔らかい羽毛のような気がすると、それ以来ずっと思っていた。

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