今夜、資料室で-56-

※本文中に一部 医学的内容の記載がありますが、あくまでもフィクションです。
 実際の症状や治療方法を記したものではありません。十分に注意して閲覧ください。



廊下で顔を見合わせる3人の前でパチリとサインが消えた。
両側へ開かれたドアの向こうから、真島を乗せた担架が出てくる。

「裕紀っ」
「真島!」
甲斐と池上は反射的に駆け寄った。
「眠ってるだけ、心配ないわ」
両側へ分かれた二人に織田が追い付いて、小声で言いながら口元で人差し指を立てた。

そして3人で真島の周りを囲んで見下ろして・・・
「あれ・・・?」
真島の顔を覗き込んだ池上が、不思議そうな顔をして何度も何度も瞬きをする。
池上と顔を見合わせた甲斐も 少し驚いた顔をして、すぐに小さく苦笑した。
「よく、眠っている・・・」

治療が終わるまでの時間を、気が気でない思いで待っていた2人の心配をよそに、
真島の顔は驚くほどに穏やかだった。

穏やかで、そして・・・

「・・・ほんっと、憎たらしいくらい気持ちよさそうに眠ってるわね・・・」
織田はあきれた様に言いながら真島の顔を覗き込んだ。

すっかり緊張が解けて安堵の表情を浮かべるその様子は、まるで幼い子供のようだった。
あまりに優しげなその顔が、甲斐の目には微笑んでいるようにも見えてしまうほどだった。


「何だよ・・・なんか損した」
「驚いたな」
「心配ないって言ったでしょう?怪我だって深くなかったんだし」
3人はそれぞれ顔を見合わせて、真島と同じように安堵の表情を浮かべて 微笑みあった。
「そろそろいいわね。じゃ、運んでちょうだい」

織田の指示で、真島を乗せた担架が動き出す。
エレベーターに乗せられて、やがて一番上の階で停止した。

「先生、今日は・・・もう大丈夫かな?」
「そうね、後は目が覚めてから。私の方はその後になるわ」
「そうっか」
エレベーターを見送った池上は甲斐へ振り返った。
「じゃ、いっかい帰るかな。みんな心配して待ってるからさ」
「あぁ、そうだった」
にっこり笑った池上の顔を見て甲斐はハッとした。
もう真島の事で頭の中が一杯で、マンションへ残した3人の事はすっかり忘れてしまっていた。
「君にお願いできるかな、私は・・・」
「分ってる、あいつのとこに居てやって。俺もその方が安心だから」
パッと差し出された池上の手の上に、甲斐は部屋の鍵を渡した。
「じゃぁ、俺帰るね。先生また」
「ええ、気をつけて」
軽快に、大きな歩幅で走っていく後姿を甲斐と織田が笑顔で見送る。
威勢のいい池上が居なくなってロビーはいっそう寂しさを増した。

二人きりになった織田と甲斐の視線が自然と向き合う。

「・・・話を、聞いて頂けますか?」
「もちろん、私でよければ」
織田が伝えようとしているのは、確認をするまでもなく真島の病状にまつわる話。
丁寧に告げられた織田の申し出を、甲斐は大きく頷いて受け入れた。





診察室も兼ねる織田専用のオフィス。
二人はソファーで向かい合った。

「真島君は、この病院へ来てからしばらく眠り続けていました。外傷は何も無くて、検査の結果も異常が無かったので、目が覚めるまでは医師も処置のしようがありませんでした」
手の中のカップをゆらゆらと揺らしながら、織田は静かに話を続ける。
「眠っている間に野崎君と陽平君から話を聞いた医師の一人が、当時 心身症を扱っていた私のところへ相談に来たんです。数日経って、私は目が覚めた真島君に初めて会いました。まるで表情が無くて、寂しい顔をした子というのが、その時の第一印象です。彼は、周りの人間が想像するよりも遥かに深く、傷ついていました・・・」
当時の真島を思い起こして、織田は遣る瀬無い表情をして大きく息を吐き出した。
「真島君と何度か話をしました。口数こそ少ないですが、受け答えはとてもはっきりしていて、自分の考えもしっかり持っていましたし、認知機能の問題は無いと判断しました。
 簡単に言うなら、大きなショックを受けて一時的に気持ちが塞いでいる、というのがその時点の私の診断結果でした」

「ところが、・・・」
織田の視線がゆっくりと甲斐に向けられる。
「直ぐに退院することになった真島君が、念のために受けた内科の検査で、突然倒れてしまいました」
「症状が、・・」
思わず口を挟んだ甲斐に、織田は静かに頷いた。
「当然 すぐには原因も分らなくて、私はまた振り出しに戻りました。何度話を聞いてみても、真島君は 『医師の質問に答えていたら具合が悪くなった』 としか、言わなくて・・・」
「・・・内科の、医師」
肯定的に尋ねる甲斐に、織田は今度も小さく頷いた。
「まさか診察する側に原因があるんなんて、考えてもみませんでした。彼は、患者の真島君に一目惚れを・・・」
今でも人を惹きつけて止まない あの真島の、若かりし頃の容貌。
皮肉な真島の境遇を思って、甲斐は一人心を痛めた。
「当然、退院は先延ばしです。最初の症状が男性の医師だったものですから、彼の病室に出入りする人間は、医師や看護師から友達に至るまで、男女問わず厳選しなければいけませんでした。
 彼の治療にあたることができる人間を揃える事から、始めることになってしまって・・・」
「ご苦労を、察します・・・」

「友達があんな事になって、ただでさえ心を痛めていた真島君には、あまりに辛い現実だったに違いありません。でも彼は、それを淡々と受け入れました。・・・彼自身は、納得がいったようでした。誰かにそういう目で見られる事にも慣れていて、その所為で諍いが起こった事も、過去に何度かあったようですから・・・」
「彼に言われたことがあります。 『争いの種にはなりたくない』 、と」
織田と甲斐は互いに頷き合った。
何かの拍子に、いつ発症してもおかしくは無かったのかもしれない。
それがたまたま大学の友人の諍いが引き金になっただけで、真島の内面をよくよく考えれば、それよりずっと前に起こる可能性だって十分に考えられた。

「でも彼は誰かを責めることはありません。全ての反動は、彼自身へ返って行くんです。周りで見守ってくれる人間に対する申し訳ないという気持ちと、そんな状況を作り出している自分を疎む気持ちとが、彼を常に縛り付けています。そういう自分に対して、慈しみや愛情が与えられるということを、何より忌み嫌って遠ざけるんです。そうしなければ、また誰かが傷ついてしまうという大きな恐れがあって、それはもう徹底していて・・・」
「よく、分ります・・・」
甲斐は何度も頷いた。
どんなに体が弱った時でも、真島はその姿勢を崩そうとはしなかった。
それでもふいに、寂しい表情を見せる事がある。
それは無意識の行動ではあるけれど、一人で居なければいけないという自責の念と、ずっと一人で居ることへの不安とを抱えて続けている事を、真島の傍らでいつも感じさせられていた。

「彼はずっと自分の事が許せずに 何年もの間 自分の事を責め続けていました。愛したい、愛されたいという、人間としての本能に蓋をして、自分で自分の傷を深めていたんです・・・。
 周りがどうにか出来ることではありません。彼自身が 自分の事を許して、誰かに愛される自分を受け入れて、その時初めて完治への可能性が開かれる。私は、そう確信していました」

厳しい表情をして俯いていた織田が、ふっとその表情を和らげた。
ゆっくりと視線を上げて甲斐に頷きかける。

「それには、彼を無償の愛で支えてくれる人が、必要なんです。あれほど頑なになってしまった彼の心でも、根気強く傍で見守って、必ず開いて寄り添ってくれる人を、私達はずっと待っていました」
慈しみに溢れた微笑みを向けられて、甲斐は気恥ずかしい心地で微笑み返した。
自分の事を言われているのだと分ると途端に顔が熱くなる。

「あなたのような方で、良かった。真島君は本当に良く分ってるんですね。自分に、足りないものを・・・」
「そうでしょうか・・・」
照れ笑いしながら曖昧に答えて俯いた甲斐に、織田は何度も頷いた。
「よく、分かります。彼にはアクセルとブレーキの両方が必要なんです。そして大人の姿をしている今の彼も、子供の顔をする彼も、どの顔をしている彼も受け入れてくれる人でなければいけません・・・」
織田は手の中のカップをテーブルに置いて姿勢を正した。

「力を貸してください。彼にも、私達にも、甲斐さんが必要です」
差し出された織田の手を、甲斐は両手で握り返した。


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