今夜、資料室で-54-

時田を先頭に野崎と池上が続いて、何人かの男達が駆け込んできた。
「そいつらだ!」
「捕まえろ!」
木刀を持った男達は、時田が連れてきたイカツイ男達に瞬く間に取り押さえられていく。

甲斐を覆うように体全部で乗り上げたまま、真島はだらりと両腕を垂らして静止していた。
「裕紀っ!!」
「「真島っ!!」」
「ボウズ!」
池上が真島の体を甲斐から引き剥がして畳の上へ抱き下ろした。
「おい、真島っ!!」
野崎に縄を解かれた甲斐は、池上と3人で真島を囲んだ。
「真島!」
「裕紀っ!!!」
目を閉じてクタリと体を弛緩させていた真島が、3人の声に応えるように 瞼をピクピク動かした。
少しずつゆっくりと、かろうじて半分の高さまで瞼が開かれる。
「れ・・・、甲斐さ・・、ん・・?」
今にも消えそうな真島の声が甲斐を呼ぶ。
その声にどうにか応えたくて、甲斐は投げ出されていた真島の手を両手で握った。
できる限り真島の視界の中まで入って、そして真島の手の甲で視線を隠すように目元を覆う。

「裕、紀・・っ・・・」
涙が出てしまいそうな目元を真島の手の甲にぐいっと押し当てた。
仁科の手から奪い返してやるつもりが、まるで代償のように負わせてしまった深い傷。
首の下の辺りの畳に、じわりと赤いシミができあがった。
野崎が慌ててハンカチを取り出して、真島の傷口を覆うように押さえつける。
「・・・ダイジョ、ブ・・・?」
真島が僅かに顔を上げるような仕草をして、手元の甲斐に声を掛けた。
「大丈夫だ、私は、大丈夫だっ」
「よか、っ・・・オレ・・・こんどは・・・っ」
「話さなくていい、っ」
「・・・まに・・・あった・・・、ね・・・?」
「もうっ、もういいからっ!」
「・・・オレ、・・・ちゃんと、たすけ・・・」
「頼むからそれ以上しゃべらないでくれ・・っっ」
真島の手を揺すりながら甲斐が祈るように告げた後、真島はスッと意識を失った。
「おい、真島っ!」

口をきかなくなった真島を見た時田の顔が殺気を帯びた。
「ボウズは連れて帰るぞ。世話になった」
老齢であるにも関わらず、時田の発する気迫は仁科さえも跳ね除ける。
「・・・会長サンまで引っ張り出すとはな」
敵視するように仁科は時田を睨み付けた。
時田も一歩も引かずに仁科を正面から見据える。

「・・・悪いが、お前さんの所とはもう仕事はできん」
先代からの付き合いがある仁科と時田では、そう浅くも無い縁がある。
これまでの関係を全て反故にするという、それは相当に手厳しい決断だった。
腹の底に力を溜めて、時田はきっぱりと言い切った。

しばらく時田を凝視していた仁科は、そんな時田を鼻で笑った。
脱ぎ捨てていた上着とネクタイを乱暴に拾い上げる。
「・・・羨ましい。偉い人はそうやって、都合のいい様に物を決めるだけで良いんですからね」
パタパタと何度か上着を叩いて、肌蹴たシャツの上から羽織って襟元を正した。
そして真島の上着とネクタイも拾い上げる。
時田はズンズンと仁科に歩み寄ってシャツの胸倉を掴み上げた。
「どうして遣り方を違えたんだ」
さらに凄んだ時田を、仁科は涼しい顔をして見下ろした。
「さあ?他は知りませんから。強いて言うなら、あなたに教わったのがこれだった、でしょうか」
そして、パシリと時田の手を払って脇を通り抜けようとする。
「・・・・・・学生のお前さんが何も出来んでも、仕方なかった・・・」
二人だけにしか聞き取れない声で言った時田に、仁科は背中越しに小さく返した。
「本当に・・・、偉い人は、いつも勝手だ」
一瞬だけ真顔になって小さなため息をつく。

そして歩き出した仁科は入り口の脇に固まっていた3人の横へ差し掛かった。
すぐに立ち上がって殴りかかろうとした甲斐の体を、野崎が体ごとしがみついて引き止める。
行き場を無くした甲斐の真っ赤な拳がわなわなと震えた。
血走った目で睨み付ける甲斐など気にも留めないように仁科は真島の脇へ片膝を突いた。
警戒する池上の視線もサラリとかわして、持っていた上着で真島の体を静かに覆う。
目を閉じた真島をしばらく見下ろしたあと、仁科は甲斐のちょうど目の前に立ち上がった。

「仕事など関係なくとも、私は彼という人間に・・・興味がある」
口元を片側だけ器用に上げて含み笑いをする。
また一歩踏み出そうとする甲斐を野崎が寸でで引き止めた。
動きを封じられながらも威嚇し続ける甲斐に見せ付けるように、仁科は真島のネクタイを目の前に垂らした。
うっとりと目を細めて先の方まで愛でていく。
嘗め回すようなその視線に、甲斐はギリギリと拳を握り締めた。
「またの、機会に」
そう言って、仁科はそのまま内ポケットへしまいこんだ。
「待てっ!!」
殴りつけるように叫んだ甲斐を横目に、仁科は男達を連れて足早に立ち去ってしまった。

「おい、ボウズは?」
仁科の後姿を見送った時田がすぐに真島に駆け寄る。
「気を失っているだけです。コイツは俺が」
そう言って、池上は軽々と真島を抱き上げた。
まだ怒りの収まらない甲斐の体を、野崎は静かに開放した。
「騒ぎが大きくなるから救急車はまずい。池上、病院まで行ってくれ」
「分かってる」
「ワシの車を使え」
野崎に頷いて返して池上はすぐに部屋を出た。
「おい、甲斐さん!」
真島を抱えて歩きながら池上が廊下で大きな声を上げる。

甲斐はまだ拳を握り締めていた。
拳を握り締めながら、次から次に噴出す怒りを 必死に腹の底へ飲み込んでいた。
飲み込んでも飲み込んでも、仁科の顔が思い出されて、その度に腹が煮えて仕方がなかった。
「・・・まだ血が出ています。病院へ着くまで、押さえてやってください」
静かに言って、野崎がハンカチを差し出した。
足元には大きく広がった赤いシミ。
野崎の手のひらも赤く染まっていた。
今は仁科の事よりも大事な事がある、野崎の声がそう言っているようだった。
「・・・・・・ああ、分かった」
野崎の手からハンカチを受け取って、甲斐は急いで池上を追い掛けた。

軽々と真島を抱きかかえた池上はもう玄関まで辿り着いていた。
「表の車で」
甲斐の後に追いついた野崎が先に外まで走って出て、横付けされていた車のドアを開く。
真島の体を足元から後部座席へ滑り込ませた池上が甲斐を振り返った。
「甲斐さん支えてて」
「ああ」
促されるまま、真島の肩を抱えていた池上と場所を変わって甲斐は車に乗り込んだ。
座った膝の上に真島の頭を乗せて傷口をそっと押さえる。

ドアを閉めた池上は助手席へ乗り込んでウィンドウを下げた。
「病院は言ってある。前と同じだ」
「お前は?」
「後から行く」
「急げよ」
野崎と手早く言葉を交わして、終わったと同時に車が走り出した。
数分もせずに静かな佇まいの区画から抜け出して、車は慌しい夜のネオンの中へ吸い込まれていく。

「裕紀・・・」
膝の上、穏やかな表情をして目を閉じている真島の頬を、甲斐はそっと手のひらで包み込んだ。
力ない自分の事が悔やまれて仕方がなかった。
真っ当な事ばかり口にするだけで結局は何もしてやれず、今度も助け出したのはやはり野崎だった。
自分はただの、足枷でしかなかったのかもしれない。
「許してくれ・・・」
手元に感じる生暖かい感触が、ますます甲斐の心を打ち砕いていった。

体に受けた傷は、心に負った痛みは、いつか綺麗に癒えて消えてくれるだろうか・・・。

もうその唇には触れてはいけない気がして、甲斐は真島の手の甲に、ほんの少しだけ唇を触れさせた。


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Comments

こんはんわ

救出されましたが、怪我、大丈夫なんでしょうか?(´・ω・)

仁科さんは何ともねっとりした感じの人ですね
執着心が強そう(苦笑)

早く病院に行って、互いに傷も心も癒やして欲しいです(>_<;)

真島さんと甲斐さんのカップル好きです
真島さんのキャラがイイ
Posted at 2010.07.06 (23:29) by 松岡渚 (URL) | [編集]
拍手コメくださったaさま
コメありがとうございます、冬実でございます。
>連日、失礼します!
ようこそお越しくださいました!連日なんて嬉しい限りです☆
>うっとり‥中毒かも‥。ヤバい、ヤバい(笑)楽しい時間をありがとうございます。
中毒なんて…オトナな感じがしてドキドキです(笑)一緒に楽しんで頂ける方が増えるのは冬実も嬉しいです。
また、次話にてお待ちしております^^
Posted at 2010.07.07 (13:17) by 冬実 (URL) | [編集]
拍手コメくださったmさま
コメありがとうございます、冬実でございます。
>というわけで、調子に乗ってしまい本日も厚かましく、コメントさせていただきます。
拍手とコメ欄は読者様との貴重な交流の場所。厚かましいなんて仰らず、いつでもお越しくださいませ☆
>真島さんの貞操が守られて、よかった~ それにしても、毎回ドキドキさせられながら読んでいます。
真島君の貞操 何とか無事でしたね、冬実も一安心です。仁科さんがちょっと粘着質だったせいで、今回はハラハラ要素も(;ヘ;)  わたくしもこの先が気になって仕方ありません(本当に)。
>これから暑さも厳しくなりますので作者様にはくれぐれもご無理なさらぬようご自愛くださいませ。そして、よい作品を作り続けてくださったら「大ファン」としてはとてもうれしいです。
心温まるお言葉をありがとうございます。一人でも多くの皆さんと楽しい時間を共有できることを願って、冬実も亀の歩みで日進月歩でございます☆また、お越しくださいませ^^
Posted at 2010.07.07 (13:30) by 冬実 (URL) | [編集]
Re:松岡渚さま
コメありがとうございます、冬実でございます。
> 救出されましたが、怪我、大丈夫なんでしょうか?(´・ω・)
>
> 仁科さんは何ともねっとりした感じの人ですね
> 執着心が強そう(苦笑)
>
> 早く病院に行って、互いに傷も心も癒やして欲しいです(>_<;)
>
真島君、何とか仁科氏から逃れることができました(汗)。冬実も早く元気な二人に会いたいです。そうなる日までもうちょっとだと思います。

> 真島さんと甲斐さんのカップル好きです
> 真島さんのキャラがイイ
>
真島君、とっても人気のようです。(とは言ってもキャラの絶対数が少ないので…)
気に入って頂けると冬実も嬉しいです^^ また、お越しくださいませ☆
Posted at 2010.07.07 (13:36) by 冬実 (URL) | [編集]
拍手コメくださったmさま
コメありがとうございます、冬実でございます。
>仁科氏の執着が甲斐さんの心にどす黒い墨を流し込んでいく。
仁科は真島に多大な執着を抱いていますが、それと同時に羨ましくも思っています。
何かを手にするために何かを捨てて来た自分と、何一つ捨てる事無く進み続ける真島。
真島を通して何かを見出そうとしているのかもしれません。

>真島さんを守れずに、自責の念に苛まれる甲斐さんの姿に胸が痛みます。
>足枷…そんなものは比にならないくらいに、真島さんは甲斐さんにとらわれていて、
甲斐さんは『真島に必要な自分』の姿を無意識に追い求めています。
それが和らいでくれると、野崎の事なんて気にならなくなると思うのですが…。
難しいんでしょうか?(悩)

>身も心も、髪の毛の一筋に至るまで甲斐さんのものだった。それを断ち切るための覚悟と諦めが、真島さんの心に生んだ大きな空虚。今度は甲斐さんが隙間なくいっぱい埋めてあげてほしいですね(*^^*)

自分の弱みを良く分かっている二人は色んなものを怖がっているのですが、それも『愛』のなせる業。
大人の恋は厄介ですが、何とか乗り越えてほしいです!

>ようやく幸せな方向に向かっていくのでしょうか。

それまで もうちょっと(笑)お付き合いくださいませ
いつもコメありがとうございます^^
Posted at 2010.07.07 (14:13) by 冬実 (URL) | [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Posted at 2010.07.07 (14:52) by () | [編集]
Re: 今さらながらですが質問です。
コメありがとうございます、冬実でございます。
> 真島さん、大変なめにあっちゃいましたね。大丈夫でしょうか?過去の出来事がフラッシュバックしてしまったんですね。でも、間一髪で助け出されて良かったです。
>

助かりましたね、冬実もハラハラでした!(>-<;) 何とか、間に合ってよかったです。

> ところで、会長の時田さんって、
おぉ・・(笑)。
時田さんは、まだ明かされていない事が山盛りです。冬実の意図的にです。
読者様とこういうお話ができるのはすごく嬉しいです(笑)いいなぁー(笑)

なのでナイショです(笑)

>この間から、久しぶりに「星空に触れて」を読み返していてあれっ?って思って・・・。
本当ですか?更に嬉しいですね!
時間の流れでは「星空」の方が「資料室」よりも後なので、「星空」にはヒントが沢山です(笑)。

>今さらながら、こんな質問、すみません。
いえいえ、明かしていない所を突いて頂いて、かえって嬉しいと言いますか(笑)
嬉しいです(笑)

> 野崎さんは、カッコイイですが、私は真島さんが好きでした。でも、甲斐さんはもっといいですねぇ。落ち着いていて大人ですね。真島さんが羨ましいです。

良いですよね・・・。『どこかに居ないかな~』と思いながら冬実も書いてます。
結婚するなら甲斐さんでしょうか、真島とは親友になりたいです(笑)

> このごろは、順調に更新されるので、毎日すごく楽しみです。これからも頑張って下さい。
いつも応援コメありがとうございます、また次話にてお待ちしております。
Posted at 2010.07.08 (00:23) by 冬実 (URL) | [編集]
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