今夜、資料室で-51-

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「野崎です、急いでください」

閑静な住宅街の一角を占める、風格のある大きな洋館。
野崎はインターホンを押すと同時に呼び出し口へ声を掛けた。
T&S企画の現会長宅。
大きな門のセキュリティはすぐに解除されて、勝手知ったるその奥の玄関まで野崎は全速で走っていく。
見事な檜で占められている玄関には、連絡を受けていた会長がすでに迎えに出ていた。

「聡示」
70歳を過ぎて白い口髭を豊かに蓄えながらも、背筋をすっと伸ばして威厳を湛えている。
いつも難しい顔をした、まさに『雷親父』 を地で行くような恰幅のある老人である。
「真島がやっていた事をご存知だったんでしょう?」
単刀直入に言った野崎に、会長はばつの悪そうな顔をした。

「仁科建設の監査役が、他の社員の無事を条件に真島の身柄を押さえています」
「何っ・・・、真島のボウズが捕まったっ?!」
驚きを隠せなかった会長の時田が、大げさなくらいに一歩前へ踏み出した。

野崎も真島も学生の頃から会長と面識があった。
会長宅を訪れる野崎に真島がくっついて行くこともあれば、野崎の家へ会長が来る事もあった。
入社前から面識のある二人にしてみれば、時田は会長というよりも、知り合いの『老人』。

「こんな回りくどい事なんてせずに、直接 真島に言うなり何なりして頂ければよかったんです」
「少々危険な思いでもすれば、あのボウズも直ぐにお前に連絡すると思うだろうが」
「僕は何も聞いていません。第一、シンガポールなんて行かせたのはどなたですか?」
「・・む、」
野崎の言葉に時田は言葉を詰まらせた。

退職願を持ち去るという良く分からない2度目の荒し。
事件を起こしたのは、他でもない会長の命だったのだ。

そして、真島や甲斐の読みどおり、
「いつから調査されてるんです?」
会長の時田は自らの命で、社内に蔓延る悪事の闇を暴こうとしていた。
それも秘密裏に。
「最初からと言えば最初からだ。ワシはああいう輩を許した覚えは一度も無いぞ」
情に厚く昔気質で一本気で、難を言えば融通がきかない。
こんな事をしでかす人間の顔を考えた野崎には、会長以外が思いつかなかった。
会長の命で動くなら、どの部署のどんな物であろうと、上から順に人を動かすだけで難なく事が片付けられる。

「そもそも、僕の出向がこんなに早くなるなんて、おかしいと思ったんですよ」
「気が変わったんだ。だいたい仕事で行くのに、1年や2年で文句言うな」
年柄にも無く子供のような言い草をして、時田は忙しなく口髭を撫で付ける。

「・・・専務の引責で、処理されるおつもりですか・・・」
「一掃した後へ据えてやるんだ、せいぜい励め」

穂波やその夫と他社の友人が調査に乗り出したことも、真島や甲斐がそれに手を貸すことになったのも、更にはそれが梶原や仁科に知れてしまったのも、時田にとっては全てが大きな誤算だった。
嫌でも急ぎ足で処理することになってしまって、全ての予定を繰り上げなくてはならなかった。

一連の不正の全てを暴く過程で、現専務は引責辞任で処理される。
専務の席が予定よりも早く空いてしまう事に備えるために、野崎の出向までが繰上げられた。

「・・・とにかく、今はこの話をしていても仕方がありません」
仕切りなおした野崎に時田は頷いて歩み寄った。
「ボウズはどこだ?」
「ここへ・・・」
野崎はメモを差し出した。
目をやった時田がくいっと眉を上げる。
「仁科の若造め。随分と羽振りがいいじゃないか。一見では入れんぞ、部屋を取らせる。おーーい」
そして玄関の奥へ向かって腹の底から大きな声を張り上げた。
「はぁーい」
女性の声が直ぐに応えて、小さな足音が聞こえてくる。

「あら聡示さん、こんばんわ」
「ご無沙汰しています」
おっとりと優しい笑顔を向ける時田の妻に、野崎も行儀良く挨拶を返した。
「おい、ここへ部屋を取れ。仁科の横だ、変わらせてでも用意させるんだ」
「まぁ急なことで、はいはい、かしこまりました」
時田から渡されたメモを取って、小走りで奥へ消えていった。

「仁科に話が通りますか?」
「・・・通すも何も、ボウズは人質なんだろう?」
事を荒立てないための取り引きの条件として、真島は仁科のところへ行った。
その真島を無理にでも連れてくるなら、もう穏便に話がつけられるとは考えられない。
「真島は自分で条件を呑んでます。売られるくらいの覚悟はしてるようですから、わざわざ分裂を起こすような事はしなくても、誰も恨んだりしませんよ」
「そんな夢見の悪い事ができるか。ワシが出向くのも分かって呼びに来おったくせに」
そういう汚い遣り方を何よりも嫌う時田。
野崎の中だけで作られていた筋書きどおり、事は終焉へ向かっていく。

「・・・仁科を、切りますか」
「止むを得ん。どのみち結果は見えておった」
口を真一文字に結んで時田は深く目を閉じた。
時田の脳裏に浮かぶのは、切られた多くの社員に連なる、何の非も無い家族達の姿だった。



◆=◆



「・・・あのさ、甲斐さん」
もうすぐ料亭へ着くと言う頃、池上が唐突に口を開いた。
「ん?」
甲斐が振り返っても、池上は足元へ目を伏せたままだった。
「あの、さ・・・。気を悪くしないで欲しいんだけど・・・、もしかして甲斐さんあいつの事・・・」
どうにも言いにくそうに言っておずおずと顔を上げた池上に、甲斐は苦笑して頷いた。
「本当に・・・そう、なんだ。でも何で・・・だってさ・・・、あいつ病気・・・っ」
「知っているんだ。彼から聞かされた時は、本当に驚いた。・・・私はずっと彼に好意を持っていたんだ。だから私も・・・、」
好意を持つ人間とは目を合わせられない。甲斐もその例外ではない。
寂しげに苦笑した甲斐に、池上の顔つきまで悲しく揺れた。
「だって、それじゃっ・・・」
「確かに彼には特異な病気がある。でもその程度では・・・、とても諦められなかったんだ」
病気がある限り、今でも 在らぬ方を見ながらでしか話ができない。
そして自分で立てた誓いを守って、体も繋げずに通している。
けれどそれは、決して二人の間の障害にはならなかった。

「甲斐さんそれでいいの?」
「彼が良いと言ってくれるなら、例えどんな形でも私は彼を、・・・」
愛する人間と添い遂げる。
それを真島相手に叶えられるのなら、他の何を欠いても構わない。

「あいつが倒れた時さ、」
池上は甲斐の方へ体ごと向き直った。
「倒れた真島を運んだのは俺なんだ。気を失ってるあいつを、俺が医務室まで運んだ」
「そうか、君か・・・」
甲斐は例のダンボールを運び込んだ時の池上を思い出した。
まるで空き箱でも持ち上げるかのような、見事な身のこなしをしていた。
「君や野崎君がいてくれて、本当に・・・、良かった」
心からの感謝を言う甲斐に、池上は太陽のように輝く笑顔を返した。
「俺さ、体は誰にも負けない。だから今度も運んでやるよ。そんで、甲斐さんの所まで絶対に連れてきてやるから」
言いながら、池上は屈託無く笑って拳を握った。
「それは何より心強いな、ありがとう・・・」
子供のような池上の笑顔に、曇った心が少しだけ浮上する。
野崎以外にも心温かく真島を支えてくれていた仲間がいた。
そしてその中に今は自分もいて、同じように真島の無事を願って動いている。
その事が、何より甲斐の心を支えていた。




◆=◆




仁科の唇の間へ差し込んだ舌を引き抜いて、真島は静かに唇を離した。
真島が始めた緩やかなキスは、結局すぐに仁科に主導権を奪われた。
まるで出来の悪いキスを咎めるように倍の深さで求められて、最後は真島の方が音を上げてしまった。
「・・・もう降参か」
肩へ乗せた手を突っ張って作った距離は、仁科が体を寄せる所為ですぐに埋められる。
「1つずつ覚えていくんだ。いいな、忘れるんじゃないぞ・・・」
ひときわ優しく囁いた仁科は、真島の唇へ触れるだけのキスをした。


「キスはもういい・・・」
腰に回された仁科の手のひらが意味ありげに動いてまわる。
嫌な感触に背筋を覆われて、真島は脇へ視線を逸らした。
「手が埋まっているんだ。ボタンを外してくれ」
仁科が甘えるように胸を押し付けてくる。
「外してくれ」
恋人同士の睦言のような言い方に真島の心はますます白けていった。
それでも拒否する権利は無くて、言われるままに仁科のシャツのボタンに手を掛ける。

「いいな・・・、こんな事をしてもらえる日が来るとはな」
真島の手で開かれていく自らのシャツの合わせ目を追いながら、仁科の声は甘やかにまろんだ。
「本当に、綺麗な指をしている・・・」
滾った仁科の視線に、今にも指先まで舐められてしまいそうだった。


そうして真島の手が最後のボタンを外したとき、ちょうど廊下から人が来る声がした。
「隣に客を通すなんて珍しいな・・・。余程の珍客でも来たか」
仁科は本当に珍しそうに廊下へ目を向けた。
座敷へ人が通される気配が伝わってくる。
「・・・参った。お行儀良くしないと、これじゃ声まで筒抜けだ」
楽しそうに言いながら仁科は真島の首元へ唇を寄せた。

「ほら、もう一度掴まるんだ」
言われたまま、真島は仁科の肩に手を置いた。
仁科は真島の腰に巻きつけた腕に力を込めて体を上へ抱き上げるようにする。
そしてその反動で倒れこんだところを、そのまま畳へ押し付けられた。

「可愛く啼くのは構わないが、間違っても悲鳴なんて上げないでくれよ」
『優しくしてやる』
そう言って、仁科は真島の唇を奪っていった。

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