今夜、資料室で-47-

『はいはーい!渉くーん?』
水元が掛けた電話は1コールで繋がった。
『い、池上さんっ?』
その声を聞いた途端、パンパンに緊張していた水元の何かがプツリと切れた。

『い、池上、さっん!っ、じまさっ・・・、まっ、まじま、さ・・・っ!』
『ぇえっ・・・、何?ちょ、渉くん?』
決壊したその場所からは、もう形にならない 細切れの言葉しか出てこない。
今すぐ伝えなくてはいけない事と 言いたい事とが ごった返して、氾濫する。

『真島さっ、真島さんがっ』
『何?真島が、何?』
『なっ、いなく、なっちゃってっ、じまさっ・・・!』
『いないって、何なの、渉君っ?』
『んでっ・・・、だって・・・真島さんっ・・』
『おい、何かあった?今どこにいんのっ!』
池上も水元の異変に気が付いているのに、会話が少しも噛み合わない。

『何かあった?渉君っ!』
『皆でっっ・・・んっ・・・、やってっ、皆でっ・・・、どしてっ』
少しずつ、水元の声は痛々しい涙声に変わっていった。
そして、もう耐えれないと言ったように膝からガクリと崩れ落ちる。
『・・・おい・・・、なに、泣いて・・・・・・?』
額が床にくっ付くほどに前へ屈んで、ひくひく肩をひきつらせた。
『何でっっ・・・っくっ、えっぐっ、真島さんっ、だけっ・・・何で、なんですかっっ・・・』
『おい、何で泣いてんだよっ、いま直ぐ行くからっ!』
『だってっ・・・んっく、・・・だっって、っつもっ・・・、いっつもっ・・・真島、さんっ・・・』
『早く、場所言えって頼むから、おいっ、一体どこいるんだよっ!!!』

『そんなのっ!ちっとも格好良くなんかないですよっっ!!!』
縮めた体を抱え込むようにして悲鳴のような声を上げた。
『渉君・・・』

冷静にやりとりができない水元を見かねたマリちゃんが、脇へ静かに腰を下ろした。
そして水元の手から通話中の携帯を抜き取る。
『あの、失礼します。私この間会社で幸福の木を、ええ、それでなんですが、実は真島ちゃんが』
会話の続きを引き継いで、マリちゃんは深く折れたままの水元の背中を静かに撫でた。
マリちゃんの優しい左手の下で、水元は声をかみ殺して体を震わせていた。

「私、他の人達へ連絡を取ってみます。梶原が、うち以外にも来てるかもしれません」
そして穂波も声を震わせていた。
けれど、涙を湛えた目はキッと見開かれて、甲斐へ向かって真っ直ぐに向けられる。
床に膝をついた二人もそれを見ている甲斐も穂波も、真島が不憫なだけで涙がこみ上げるのではなかった。
結局最後には1人でいることしか選ばせてやれなかった自分自身に、泣けてくるほどの力なさを感じて、
それぞれの胸のうちで、自分自身を懲らしめるように痛めつけていた。
同じようにやっていたつもりが、真島の中では最初から、誰一人 横一線では無かったのかもしれない。
最初から、真島は───。

池上とのやり取りの結果を待たずに甲斐と穂波は動き出した。
「私も手分けしよう、二人なら早い」
頷きあって急いで携帯を取り出すと、良く集まっていた者から順番に電話を掛けていく。
こんな危険までも予知していて、それでも6社を超える他社の中から集ってくれた仲間達。
野崎が何も知らされていなかったなら、頼れるのはもう彼等しかない。
『もしもし、甲斐です。ええ、実は取り急ぎ・・』
『穂波です。今日ですが、そちらに梶原さんが行ってませんか?』
梶原と真島がどんな会話をしたのかは誰にも分からない。
それでも、何も知らせず自分達を置いていった真島の気持ちだけは分かる。
『ええ、何か変わったことがあったかどうかでも、構わないんですが・・・』
『そうですか・・・。もし何かあったら、すぐに連絡を頂けませんか?』
小さな事を思い返しても、真島は誰より先に立っていた。
不快な雑音も眉を顰めたくなるような現実も、真島は最初に全部受け入れた。
キレイなポーカーフェイスを子供っぽく崩しながら、飲み込んだ全てをフィルターのように濾過してしまう。
『甲斐です。今日、いや昨日でも良いんですが、梶原が・・・、』
『もしもし、そちらに最近梶原さんに会った人が居ないか探してるんです』
そして自分の後ろへ続く者達には、浄化されて白く輝く可能性だけを振りまいていった。
灯台のような光。全員が真島の見る先を信じて、集まった。
続いている者達は、それだけを信じていれば良かった。
『そうですか、いえ、お手数を掛けました。では』
『いつでも良いですから、はい、ご連絡待ってます』
そういう真島のこんな遣り方を、誰一人黙ってはおけない。

「池上さん、こっちに来てくれるわ」
ようやく落ち着いた水元をマリちゃんが連れて、4人はソファーへ座りなおした。
「それで、野崎君には?」
身を乗り出した甲斐に、マリちゃんは大きく頷いた。
「ええ、日本でつかまるなら、どうやってでも野崎さんに連絡してくれるって。二つ返事で」
「そうか、そう、か・・・」
「良かったです・・・」
甲斐も穂波もとりあえずの深呼吸をした。
「すみません・・・、僕取り乱しました・・・」
俯いて頭を下げた水元の背を、隣からマリちゃんが撫で下ろした。
「こんな事になってるんだから、仕方ないわよ。それに、水元君が居なかったら」
「そうですよ、肝心の野崎さんには連絡が取れるかどうかも」
マリちゃんと穂波に宥められて、水元はそろそろと顔を上げた。
やり切れない気持ちを隠した3人の優しい笑顔に迎えられる。
「・・・僕も、電話を」
今やれることは、それしかない。
「そうね、私も」

そうして4人でもう一度電話を掛けようとした時だった。

脇で穂波の携帯が振動した。
「主人です」
3人へ断って、穂波は通話ボタンを押した。
『もしもし、ええ、・・・。───えっ・・・』
言って、言葉を詰まらせた穂波はバンっと立ち上がった。
『本当にっ、それほんとうなのっ?!』
携帯の先の声を聞きながら、震える左手で口元を押さえて、その先は会話が続かない。

「どうしたっ」
焦れた甲斐の声に続いて3人も勢い良く腰を上げた。
『・・・っ、とにかくっ、早く、急いで、急いでっ、お願いっっ・・・』
そして穂波は通話を終わらせた。
「主人のっ、主人の会社に梶原がっ」
「本当かっ?」
「本当ですかっ?」
自らも落ち着けるように、穂波は大きく息を吐き出した。
「2度、朝と夕方、来たそうです。彼の会社の、監査役へ会いに来て・・・」
役所から考えても、梶原の良からぬ企みのために会った可能性は大きかった。
4人は顔を見合わせた。
杳として知れなかった首を刈るべき人間。
予感していた、相当に高いポジションに身を置く人間が、いま 一人、炙り出されようとしている。
社内でも社外との折衝でも大きな力を発揮して采配を振る事ができる位置。
長年の謀略を影で支えるにも足りる力・・・。

そして・・・

「甲斐さんっ・・・」
いっそう深い苦しみを湛えた顔をして穂波は甲斐を見上げた。
「甲斐さん、監査役の、仁科は・・・っ・・・」
口ごもり、作った拳で口を押さえて、眉を寄せて携帯を握り締める。
「っ・・・、私っ・・・なんて馬鹿なことっっ・・・!」
飲み込まれた先の言葉、穂波は夫から聞かされた事実を視線だけで必死に伝えた。
───仁科は、男色家。
この場では甲斐と穂波だけが共有している甲斐と真島の事情。
穂波の涙は止められなかった。
「ごめんなさいっ・・・、私っ・・・私がっ、こんなことっ・・・」
甲斐の両腕に縋り付くようにして穂波は崩れ落ちた。
「こんなっ・・・こんな、っ・・・ごめ、なさっ・・・」
遠慮なしに声を上げて、嗚咽を混じらせて泣き続けた。
それでも罪の意識は涙では拭えない。
「ごめんなさいっ・・・、私が、っ・・・私がっ真島さんをっ・・・皆さんを、こんなことにっ・・・」
泣き続ける穂波の体を支えながら、甲斐はソファーへ座らせた。
良いとも悪いとも、甲斐は言葉が掛けてやれなかった。
真島は自分にとってただの恋人ではない。
体の半身、それ以上、自分の存在意義そのものが、真島。
決して穂波を責めるつもりがなくても、この状況で寛容な言葉を掛けられるほど
穏やかなのではなかった。

痛々しい姿を晒して泣きじゃくる穂波を3人が囲んでしばらくたった頃、
玄関のインターホンが押された。
飛び上がった水元はリビングを走って出て、そして玄関から大きな声を上げる。
「池上さんですっ!!!」
マリちゃんが甲斐を振り返って優しい微笑みを湛えた。
甲斐も静かに頷き返す。

「そ、そっ!それからっ!!それから、野崎さんもっ・・・野崎さんも一緒です!!!」
「「えっ」」
鳴き声を上げていた穂波までもがぴたりと声を止めて、3人は同時に立ち上がった。


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Comments

拍手コメくださったmさま
コメありがとうございます!
>大事になる前に早く助けてあげてほしい…(;_;)
真島君ピンチです!甲斐さんどうする?!
>更新頑張ってくださいね(*^^*)
ノロノロですが、必ず終わりまで頑張りますからね。いつも応援ありがとうございます。
Posted at 2010.06.29 (19:38) by 冬実 (URL) | [編集]
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