君と夜空と真夏の花火-8-

第7話

最後の大きな花火が上がって、二人を照らすものは何も無くなった。
外から聞こえていた大きな歓声も、小さく千々に散らばって消えていく。

夏の賑わいが遠ざかっていくと、切なさで軋む上総の胸の奥へ今度は寂しさが混じり始めた。

「花火、終わったね」
胸の上に重ね合わせていた上総の手のひらを持ち上げて、野崎がそっと口づける。
大事にしてくれていることが感じられるほど、上総の心の疼きは高まった。

「明日はちゃんと見ようね・・・」
『ごめん』
優しく囁くように言う野崎から、上総はまだ視線が外せなかった。
何を言ってあげたら良いのか分からない。
髪を梳いてくれる野崎の手の優しさを感じながら、シャツの胸元を握り締めていた拳をぎこちなく解いて下ろした。

好きでいてくれた事は知っていた。
知っていた、けど・・・。

「上総、お風呂入ろう?備え付けの露天風呂。温泉に一緒に入るの、初めてだね」
微笑みながら上総の両手を取って、野崎はゆっくり腰を上げた。
淡雪のように儚く感じる微笑みに、上総の心はいっそう揺さぶられる。

上手く笑顔が返せなくて、上総は促されるまま とぼとぼ野崎の後ろをついていった。

人を好きになるだけで、こんな気持ちになるなんて・・・。
・・・こんな気持ちは・・・、知らない・・・。




二人が風呂から戻った頃には、夕食の膳も片付けられていた。
奥に覗く座敷には、こんもりと膨らんだ1対の布団。その隣の洋間にはダブルベッドが2つ。

ほわり、上総の体が反射的に熱を持った。
もの寂しくて、人肌恋しくて、もっと野崎の近くに行きたかった。
どれだけ苦しい思いをしていたのだとしても、今はこうやって隣に居られる。
向き合えなかった時間は、これから全部、二人で全部取り戻せるから・・・。

上総は野崎の腕にしがみついた。
今日はずっと、キスも交わしていない。
車の中だって、二人で話をしている時だって、そういう瞬間はいくつもあったのに、野崎は何もしてこなかった。

それだけじゃない。
二人きりの風呂の中でも、今日は別々に体を洗って、ただ黙って景色を眺めて・・・、
他愛もない話をして、それで終わり。

切なかった。
あんな話をして、こんな気持ちにしておいて・・・。
久しぶりに迎えた二人きりの長い時間。
いつもみたいに強引にでも、触れてくれたら、いいのに・・・。

「上総、どっちがいい・・・?」
奥の間を確認した野崎が上総の耳元で小さく尋ねる。
「・・・ベッド」
同じように小さく答えて上総はギュっとしがみついた。
野崎の家で過ごしている いつもの週末の あの満たされた時間に早く戻りたくて、
いつもの二人と同じになれる気がするベッドを迷わず選んだ。

「おいで、ベッド行こう」
野崎の優しい声に導かれて、上総の体は魔法に掛かったように引き寄せられる。
大きな手に手を引かれながら二人は寝室へ入って行った。



先にベッドに背を凭せ掛けた野崎が腕を広げて、脇に手招きをする。
淡く熱を宿した上総は、ベッドに乗り上がってぴったり野崎にくっついた。
左腕にくるまれるとその優しい熱に泣きたくなってしまう。

野崎の体温に満たされているように、野崎も いっぱいに満たされてくれたら、いいのに。
祈るように目を閉じて、上総は野崎の肩に頭を預けた。

たくさん触れて、気が済むまでたくさん、いっぱい確かめてくれていい・・・。

髪の上に野崎の吐息と柔らかい唇の感触が降ってくる。


「日本に戻れる事なんて、月に1度か2度だった。日本に居られる時間はほとんど仕事をしているから、
僕が自由に使える時間は、ほんとうに、ほんの少し・・・」

野崎の右手がやってきて、優しく髪を梳いていく。
わずかに触れ合う場所からでも上総の体は淡い熱を生み出した。

もっと、、もっと触れてくれたらいい。
たくさん確かめて、いっぱい触れてくれたらいい・・・。

声にならない気持ちを伝えるように、上総は野崎のローブの胸元に手を乗せた。

「僕は上総の事を知らないから・・・。どうやったら上総に逢えるのか分からなくて、
何をしたらいいのか、分からなかった・・・。分からないから、あの本屋へ、行ったんだ」
髪を梳いていた手は髪を撫でる仕草に変わって、上総の存在を確かめるように何度も撫でていく。

胸の奥から込み上げる切なさは、一体誰のものだろう・・・。

「上総に逢えると思って、またあの笑顔が見れると思った。そう思ったら嬉しくて、仕事が終わるのが待ち遠しかった。
上総の顔を思い出しながら、終わったら直ぐに本屋へ向かったんだ」

上総を探していた頃の野崎の・・・、
それとも、野崎の温もりが嬉しくて心を震わせている上総の・・・。

もっと触れてくれたら確かめられる。
そうしたら この切ない思いもきっと消えてくれる。
もっとちゃんと触れてくれたらいいのに・・・。
もう僕は、側に、いるのに・・・。

「逢えないなんて、思いもしなかった。上総が来ると思って、閉店まで、ずっと・・・」
上総へ繋がる僅かな手掛かり。
その時の野崎には、それしかなかった。
「でも上総は・・・来なかった。それで初めて僕は、逢えないかもしれないって思ったんだ。不思議だけど、本当に・・・、
そうなってから僕は初めて、上総を見つけられないかもしれないんだって、思った・・・」

月に一度創刊のお気に入りの科学誌。
他の書店には滅多に並ばないその雑誌を、上総はその本屋でいつも立ち読みしていた。
そしてそれ以外の目的でその本屋へ行くことはほとんど無かった。

月に、一度・・・。

「だったら、駅なら逢えるかもしれないって思った」
「そんな・・・」
駅なんて、その日一度きりしか使わない人だってたくさんいる。
ただの通り道の人も、そこへ降り立つ人も、すれ違う人の事なんて誰も見てない。

上総は野崎のローブの襟元をぎゅっと掴んだ。
野崎の胸に顔を押し当てて、ズキズキする目元をこっそり隠した。

オフィス街へもそんなに遠くない、学校が密集したあの一帯。
いつも大学生やサラリーマンでごった返しているあの駅で、その中から本当に、見つけようなんて・・・。

「どれだけ大勢の人の中でも、そこに上総が居るなら、僕には分かる。絶対に」

自信に満ちた声が 春の日差しのように 上総の上に降りそそぐ。
髪を撫でていた手が下りていって、抱きとめるように背へ回された。

「上総がいるなら、分かると思った」

駅に一人で立つ野崎を想像しようとして・・・、途中で苦しくなってあきらめた。
次から次に込み上げるもので、上総の視界はどんどん滲んで揺れ始める。

「だから次の月に戻ってきたときは、今度は駅で上総を待ったんだ・・・。その、次の月も・・・」
「でもっ・・・僕、っ・・・」
とうとう聞いていられなくなって、上総はパッと顔を上げた。

上総に目を合わせた野崎は寂しそうに苦笑した。

「上総は 帰るとき、あの改札を使わないんだ」

大学が終わったらほとんど毎日バイトへ行った。
その時はいつも別の入り口を使って駅まで向かう。
本屋へ寄らない限り、上総をそちら側の改札で見つけることはできない・・・。


とうとう1筋の涙が溢れて、頬の上にできた水跡を野崎の指がなぞって埋めた。

「その日は近くで花火が上がるからって、浴衣を着ている女の子を連れて、楽しそうに歩いている子達がたくさん居た。
皆すごく楽しそうにしていたんだ・・・。うらやましかった。僕はまだ、上総を見つけられても いないのに・・・」
野崎の腕にぎゅっと力が込められた。

「夜は用があったから、あと1本見送ったら帰ろうと思った。それで何となく本屋の方を見たら・・・、
僕はとうとう、本屋から出てくる上総を、見つけた・・・」
それまでの頼りない表情は一変して、野崎は希望に満ちた微笑みを見せる。

「やったと思った。もう本当に嬉しくて、急いで追いかけた。駅に入って改札を抜けて、歩いていく上総の背中を絶対に見失わないように、追いかけていった。
今度は絶対に、逃がしてしまわないように・・・」
たまらずに、上総は野崎に抱きついた。
しがみ付いて肩を震わせる上総の背を、野崎はゆっくり撫で下ろして行く。

「そしたら上総は、細い脇道へ入って、それで・・・フロートへ入っていった。
窓の外からしばらく見てると、上総はカウンターに立ったんだ。本当に、やったと思った。
まだ上総が誰なのかは分からないけど、でも、あの店に行けば必ず逢えるんだと思ったら、僕は・・・っ」
喜びを篭らせた声は勢いを増しながら足の先まで上総の体を包み込んだ。
目を閉じた暗がりに、その時の野崎が見えるようだった。
「聡示さんっ・・・」
上総は抱きついた腕にめいいっぱい力を込めた。
せっかく二人でいるのに、もうこんな気持ちで居たくなかった。
これ以上 話をして欲しくは無くて、力いっぱい野崎にしがみついた。

「僕はとうとう見つけた。恋してるんだと、はっきり確信をして、あの花火の夜に・・・」
「聡、示さ、・・・っ」
1筋2筋と涙は流れて、野崎の胸の上に吸い込まれていった。

寂しくて、苦しくて、直ぐ側にいるのに、切なくて・・・。
身に余るほどの感情で一気に溢れ返った上総の胸は、大きな疲れを運んできた。

そうして野崎の手に優しく背中を撫でられながら、そのまま深い眠りに、おちていった・・・。

◆ポチ頂けると幸いです◆
にほんブログ村
FC2 Blog Ranking

第7話目次へ...第9話

Leave a comment

Private :

Comments

拍手コメくださったmさま
コメありがとうございます、冬実でございます。
>片恋に身をこがしていたのですね(;_;)
野崎は地道な事をしていたんです。まさしく、惹かれてしまった、ということでしょうか、はい。野崎は頑張ったのでした(笑)
>野崎さんの姿が映るまで、あともう少し。
もう少しですね。お店で常連さんになって声を掛けて…、もう少しです^^
>やっとの思いで手に入れたのですものね(*^^*)
そこが繋がってくると、『星空~』で最初から頑張っていた野崎の心情を汲んで頂けるのではないかと思います。今しばらく、お付き合いください★
ありがとうございました!
Posted at 2010.06.24 (17:43) by 冬実 (URL) | [編集]
拍手コメくださったLさま
コメありがとうございます、冬実でございます。
>この二人のお話も大好きです。野崎さん…かわいい(*^^*)
>なんだか、私まで甘酸っぱい気持ちになります。
この二人は疲れた時に摂取して頂くと良いのではないかと思われます(笑)。野崎さんイイ大人なのに甘甘恋愛中(笑)上総を見初めたエピソード、なぜそんな話を野崎が持ち出したのかもうすぐ明らかに(笑) 不定期ですがのんびり立ち寄って頂けると嬉しいです☆
Posted at 2010.07.14 (07:57) by 冬実 (URL) | [編集]
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
12 02