今夜、資料室で-44-

「いい香りがする・・・」
まさぐる手つきで抱き寄せられて、首の線を確かめるように仁科の唇が触れてくる。
熱い・・・。
漏れ伝わった吐息の熱に 思わず体を竦めた真島の腰を 仁科の腕が力強く引き寄せた。
僅かな隙間も許さぬように更に体が密着させられる。
その手に頬を捕らえられて、真島の体は仁科に覆われた。
雄の本能を剥き出しにした仁科の体が、熱い。
「・・・ッぅ」
ふいに仁科が喉元へ大きく吸い付いて、真島は大きく仰け反った。
背中や額や手のひらに 小さな汗がぶわりと噴出す。
無防備に逸らした真島の喉を仁科の舌がでろりと舐め上げて、顎の先まで食いつかれた。
仁科の熱に焼かれてしまう・・・。
「甲斐はどうやって君を手に入れた・・・?」
頬に添えた手を髪の間に潜り込ませて 仁科は指先で地肌を解していった。
真島の言葉を促す仕草で やわやわと髪をかき混ぜる。
繊細なその手の動きは的確で無駄が無い。
そうして真島の髪に額を摺り寄せると、仁科はまるで阿るように耳元へ囁きかけた。
「・・・どんな風に抱けばいい?」
熱を上げた欲のまま服を剥かれて、その力で嬲るように体を開かされるかと思っていたら
仁科は その先を急がなかった。
殊更にじっくりと時間を掛けて 芯から熱を篭らせるように高められていく。

こめかみの辺りに唇を押し付けられて顔まで熱が伝わった。
焼かれる・・・。
「・・・あの人の事なんてどうでもいい」
熱気に浚われそうになった真島は 自らの意識を取り戻すように乱暴に吐き捨てた。
「なら白状するんだ。甲斐はどうやって君を抱いた?」
女も男も関係なく漁って愉しむ男。
自分の魅力を知り尽くした、それは計算ずくの お決まりの遣り方なのかもしれない。
そうとは知っていながらも、仁科の愛撫は巧みだった。

その熱で我を無くしていっそ灰になってしまえば 楽になれるのだろうか・・・。
無意識にそんな事さえ考える。

仁科の手を取らなければ絶対に皆を救うことができなくて、それで体を差し出しているのに
なぜだか、痛みから逃れるために仁科の愛撫を受け入れているような気分にさせられてしまう。
湧き上がる自分への嫌悪感に真島は更に苦しめられた。

「・・・そんなのは・・・ どうでもいいじゃないですか」
仁科の愛撫に流されて、苦しさを紛らわすように その手に堕ちてしまいたくはない───。
真島は自らスーツのボタンに手を掛けた。
ギラつく仁科の視線を感じながら1つ、2つ、ボタンを外す。
「それにあなたが考えているような・・・ 俺はあの人とセックスをしたことは無い」
真島のその言葉に、仁科の腕が 一瞬 緩んだ。

高め合って 登りつめて 共に熱を吐き出したことは何度もある。
甲斐はこの体の至る所に愛撫を施して隅から隅まで知り尽くしているけれど。
・・・ただその一点だけは、ずっと触れずに守られている。

体の奥に甲斐を受け入れた事は、一度も無い。
甲斐のあふれかえる想いを 満足に昇華させてやれたことは・・・きっと一度も無い。
応えられないあの苦しみに、何度 心を刻まれただろう。

スーツの上着を脱ごうとした真島の腕を仁科の手が遮った。
「まさかここまで来て怖気づいたとか」
「・・・本当なのか?」
「こんな話をでっち上げても何の自慢にもならないでしょう」
鼻の先で哂うように言って真島は仁科と目を合わせた。
何かを探ろうと目を鋭くさせている仁科を脇目に 上着を脱ごうと襟を持つ。
今度も仁科が腕を掴んでそれを素早く遮った。
「はじまり方なんて気にしないんでしょう?おかしな人だ、一体何してるんですか」
冷めた目をした真島を仁科は黙って受け止めた。
何を言うとも無く真島の瞳をじっと探る。
「脱がす趣味でもあるんですか?・・・他にもそんな人が居たとはね。だったら・・・どうぞ」
両手を脇に下ろした真島は仁科の方へ体を向けた。
そして差し出すようにぐっと胸を張る。

「甲斐は不能なのか?」
大真面目な顔をして仁科は真島を抱き寄せた。
分からない、と言いたげに眉を寄せる。
「あの人のは真性ですからそんな事はない」
「相手は君だ。真性そうなら、まさかプラトニックなど無いだろう?」
そう考えるのが普通なのに・・・。
抱いてくれて良いと言ったのに、甲斐は抱かなかった。気持ちは十分整っていたのに、待っていた。
・・・そうしてこんな日が、来てしまった。

「・・どうだっていいでしょう」
襟を掴みなおそうとした真島の顎を仁科の指が救い上げた。
「甲斐程度の男では身体をくれてやる気にはなれなかったか?」
まさか。
甲斐以外の男に身体なんてくれてやるはずがない。
「何の変哲も無いあんな男、遊び以上には思えなかったんだろう?」
挑発するような言い方をして、けれど仁科の視線は真島の瞳を真っ直ぐに貫く。

どうせ長い付き合いになるなら 仕方ない。
言っておかなければ後でどんな言われをするか分からないし。

「俺が不能なんですよ」
「何だと・・・?」
僅かに身を引いた仁科の腕をやんわり退けて真島は行儀良くテーブルに着いた。
『甲斐は』 『甲斐は』 と言われるうちに、脳も身体もすっかり熱が冷めてしまった。
目をやった外の景色はもう闇に包まれようとしている。

「そういう事ではありませんが、ある意味『不能』と言った方が近いかもしれない。俺のココには病気があります」
真島は自分の頭をトントンと指で叩いた。
「手短に言いますが、俺はある種の人間と目を合わせると 気を失います」
「気を失うだと?」
さらりと言ってのけた真島の横顔を仁科が食い入るように覗き込んだ。
「笑いますか?俺はあの人と目を合わせると気を失うんですよ」
「・・・からかっているのか?」
「気持ちは分かりますけどね、本当ですよ。でもあの人は病気の完治を待つと約束したんです。だからあの人は俺を抱かないでいた。それだけですよ」
抱いてはくれなかった。
それでも、待ってくれるその気持ちがそれ以上に愛おしかった。

「本当に、そんな事があるのか・・・?」
仁科の語気が少し弱まって、まるで独り言のようにつぶやいた。
まだ信じられない様子でしきりに真島の表情を伺っている。
「あの人との出会いは最悪だった。10秒ももたないんですよ」
甲斐の想いがどれほど強くて本物なのか。
それは体と脳と心へ深く刻まれている。
初めて目が合ったあの日から、甲斐は真島のワーストワンでナンバーワン。

「だから、あの人の事は関係ないと言ってるんです。あなたは大丈夫なんですから、それでいいでしょう?」
「俄かには信じ難い・・・」
真相を見極めようと目を凝らしている仁科に向かって、真島は小さく噴出した。
そんな特異な人間だったのだと知れて仁科はどこまで興ざめするだろう。
「そうかもしれまんが、これが俺です。とんだ不良品でガッカリですか?」
不良品。
どれだけ物好きな仁科でも、さすがに恋や愛など要求する気も失せるかもしれない。
取引で愉しむ程度に気楽にやってくれればいい。
「何ならどこかへ捨ててくれてもいいです」
どうせなら肉体関係など持たずにどこかへ投棄してくれた方が都合がいいかもしれない。

「そんな事はしない・・・」
フッと口元を緩めた仁科は真島と同じようにテーブルに向かった。

「ただ私は・・・君という人間を、もっと知りたいと思う」
「え・・・?」
僅かに首を傾げて振り返った真島に向かって、仁科は肩を竦めて苦笑した。
「もう少し・・・君のことを、教えてくれ」
態度を変えた仁科の意図が分からなくて、真島は少しの間仁科の瞳の色を追っていた

目次へ...第45話

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Comments

拍手コメくださった皆様
L様
 こんなに待って頂いて、いつも応援コメありがとうございます。切ない真島さんの心ごと、甲斐さんは無事に救い出せるのか?ようやく本編はクライマックスへ!またお立ち寄り頂ければ幸いです。
Posted at 2010.04.02 (23:29) by 冬実 (URL) | [編集]
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