星空に触れて-26-

早く、早くカウンターへ戻らないと。
それから・・・・、ごめんなさい、ハンサムさん・・・。

「ちょっと、座らない?」
静かな声でハンサムさんが言った。
けれど、取り返しのつかない事をした後悔で胸がいっぱいの上総には、ハンサムさんの声はうまく届かない。
「・・・戻らないと、いけないですから・・・」
どうしてこんなの・・・、ハンサムさんに・・・。

俯いたままの上総に、ハンサムさんが少し強めに声を掛けた。
「いいから。少しだけ」
このまま落ち込んで立ち尽くしていても、他のお客様の迷惑になってしまう。
半ば押し切られるようにして、上総はハンサムさんの向かいに座らせられた。

「飲んでみない?」
ハンサムさんが、カップを上総のほうへ差し出した。

「いえ、これはお出ししたものですから・・・」
口では拒否しているものの、上総は自分の全神経がそのカップへ向かっていくのを感じていた。

いい香りが立っている。
挽いたときの酸化も少ないみたいだし、何よりマスターは良い豆を選んでくれた。

「タダなら、構わないだろう?」
「それならまだ残っています。戻ってからでも飲めます・・・」
「残っているのは、この一杯じゃない」

確かに、この一杯に変わるものはどこにもない。

「でも・・・」
でも、その味を確かめるのは、正直なところ怖い。

「美味しかった」
落ち着いた優しい声がする。
・・・ハンサムさんは優しい。だから、不味いなんて・・・言うはずがない。

「いつもの笑顔が見られると思ってた。今日は、嬉しくない?」
ハンサムさんが、子供をあやすような言い方をする。

嬉しいに決まっている。
もしそれが本当なら、どんなに・・・嬉しいか。

「味なんて分からないくせに、とか?」
暗いままの表情をした上総に、ハンサムさんがそっと声を掛けた。
「そんなっ・・・、とんでも、ないですっ」

ハンサムさんの味覚を疑っているわけではない。
それどころか、この店のどの客をとっても、上総の味覚では絶対に追い付けないのではないか、とさえ思う。

・・・だからこそ。

「そういうことでは、ないんです・・・」
上総も残念でならなかった。
すべての一杯は真剣勝負。
正々堂々とお金を取って、黒田のように真正面から客と向き合って、心から提供できる一杯があることに気づいてしまった。

「なら、どうしてそんな顔してるの?」
ハンサムさんは労わるような声で言って、上総の方へ身を乗り出した。

上総は、ハンサムさんと目を合わせられなかった。

きっとハンサムさんは、いつもの優しい眼差しでこちらを見ている。
ハンサムさんは、いつもそういう人だ。
情けない顔をしているのは、・・・ハンサムさんが優しいからだ。

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