今夜、資料室で-34-

甲斐は深く目を閉じて、夢のような悦の余韻を堪能していた。

心の奥まで全部開いて 自分をまるごと受け入れてくれた真島は
視界の利かない部屋の中でも、これまでで一番 美しかった。

僅かに触れただけでも心は高鳴って
同じように感じてくれるその姿に 愛しさはまた募り、
泣けてしまいそうなほどの喜びで満たされた。

たとえ、ただの一度も 目が合わせられなかったのだとしても・・・。

「裕紀?」
額を預けて体を伏せたままの真島が気になって、肩の辺りに向かって声を掛ける。
「・・・動けない」
まだ熱を宿したままの小さな声にほっとして、甲斐は真島の体を覆っていたタオルに手を伸ばした。
「少し、体を起こして」
腹の上に毀れた二人分の熱と、まだ芯の残る互いのものと、自身の手の中を慎重に拭い取って、未だ息を整えている真島の腕を引き寄せた。
力の抜けた真島の体は されるがまま、くたりと甲斐の上に重なる。
「・・・俺生きてる?」
「・・・あぁ」
「・・・びっくりした」
「・・・そうだな」
少しだけ笑みを混じらせた真島に甲斐も微笑んで、かすかに汗で滲む額の周りの髪を何度か掬い上げたあと、真島の背に両腕を巻きつけて、ぐるりと体勢を入れ替えた。
「このまま待ってるんだ」
囁きと共に額に唇を押し当てて、甲斐は寝室を後にした。
汚れたタオルを籠の中へ放って、真島の体を清める為の温かい濡れタオルを作る。

戻った寝室のベッドの上には、何度見ても目を奪われる美しい真島の姿。
「甲斐さん遅い」
「すまなかった」
貴い神獣のようだと感じていた最初の頃とは違って、今はこうやって口を尖らせる、ただの可愛い恋人だと思えるようになった。
どれだけ手を伸ばしても触れる事が叶わなかった真島が、今は確かに自分の元に居てくれるのだと、やっと感じるが事ができた。
「風邪ひいたら甲斐さんの所為だ」
「拭いてやるから許してくれ」
額にもう一度だけ唇を寄せて、甲斐は真島の体の上に残る汗の跡を拭っていった。
「ちゃんと きれい にしてよね」
「分かってる」
顔の周りから首筋まで、左右の腕と胸の上を丁寧に拭って、タオルは真島の中心へ下りた。
「熱い?」
「・・・ヘーキ」
人工的なぬめりと微かに残る雫をそっと拭い去って、そのまま足先まで清めていく。
「甲斐さん背中拭いて」
甲斐の手が両足を拭い終えたころ、真島はコロンと裏返しになった。
無駄な肉の無い綺麗な背中に新しいタオルを這わせながら、無防備な真島の様子に甲斐の顔は緩む一方だった。
「甲斐さん着替えして」
うつ伏せたままの足先から下着を履かせて、パジャマの下を履かせ、真島の体を抱き起こす。
袖を通させて、後ろから手を回してボタンを留めながら、耳元に唇を寄せて少しだけ耳朶を食んだ。
「今度はすぐ戻る」
甲斐はクスリと笑って真島の体を横たえると、脱ぎ捨てた服とタオルを持ってバスルームへ向かった。

シャワーで軽く汗を流した甲斐が寝室へ戻ると、真島は横向きで小さくなっていた。
「・・・甲斐さん遅い」
低い声でボソボソと告げた真島の背中を覆うように、甲斐は体を横たえた。
「これでも急いだんだ、許してくれないか」
「甲斐さん枕」
真島が少しだけ頭を浮かせて、そこへ甲斐が腕を差し込む。
「甲斐さん腕」
真島のウエストを抱えるように甲斐が腕を回して、その腕に真島が腕を重ねる。
「甲斐さんの所為で眠れなかったらどうするんだよ」
「これですぐ眠れるだろう?」
言いたい放題の真島に、甲斐の表情は緩むばかり。

傍に居なければ眠れないとは、もう言ってはくれないのかもしれない。
自分でなければダメだとも、その口からは二度と聞けないのかもしれないけれど、
そうやって甲斐が望むものを与えて、応えようとしてくれる。
それが、真島。

「たぶん爆睡するからちゃんと起こしてよね」
「心配いらない。好きなだけ眠ればいい」
「・・・甲斐さん、俺さ」
「どうした?」
「・・・治したいかも」
「裕紀」
「・・・いつになるか、分かんないけどさ」
「そうか・・・」
「・・・待っててくれるんでしょ?」
「もちろんだ」
「・・・もし治ったら、甲斐さんの・・・エロい、顔・・・最初に・・・ 見て やる・・・・・・」
「裕紀?」
体を起こした甲斐が覗き込むと、真島は眠りに落ちた後だった。



「これ新しいやつ?」

翌朝。
甲斐の手によって朝の身支度をされていた真島が、襟に掛けられたネクタイを見るなり言った。

「何を着せようか考えていたら、つい。裕紀は見栄えが良いから選ぶ楽しみが増えた」
頬を緩めた甲斐は、ネクタイから手を放して真島の腰を抱き寄せた。
「今度スーツも新調しよう。一度 着せてみたいものがある」
甲斐はクスリと笑って、まるで秘め事を伝えるようにヒソヒソと真島に耳打ちした。
「変なの着せるなよ」
「変なスーツなんて無いだろう」
「別に甲斐さんが良いならいいけど」
真島もクスクス笑って、首に掛けられたままのネクタイを抜き取った。

「・・・あのさ、ネクタイ他にもある?」
「気に入らない?」
「そうじゃなくて・・・今日の気分とは違う気がする。他のがあるなら見たい」
明るめのネイビー地に織りのチェック柄が入ったそれを受け取って、甲斐は真島の手を引いて備え付けのクローゼットへ向かった。
ルーパーの大きな扉を左右に開いて、真島の体を正面に引き寄せる。
「どれがいい?」
一番左の端のスペースが、色柄や質感の異なるネクタイで占められていた。
「甲斐さん・・・センスいいよね」
明らかに新品と分かるものがかなりの本数で増えているのに、死蔵になりそうな物は1つも無い。
「裕紀の魅力を損なわないように努力をしてるんだ」
ハンガーを掻き分けてネクタイを選び始めた真島を後ろから抱きしめて、甲斐はその様子を楽しそうに眺めていた。

「あ・・・これがいい」
ごくごく淡いクリーム地に 織りのストライプが入った1本を取り出して、真島は後ろの甲斐に渡した。
「これが・・・いいのか?」
いつもの真島の趣味とは離れたものを渡されて、甲斐は不思議そうにそれを眺めた。
「俺じゃなくて甲斐さんの。今日はそれしてよ。そういう気分だから」
「そういう気分か・・・・・・」
笑みを浮かべた甲斐は締めていたネクタイを解いて、受け取ったハンガーに掛けられていたものと取り替えて真島に渡した。
「なら、仰せのとおりに」
真島がもう1本選んでいる間に、甲斐は手早く大きめの結び目を作り終えた。

「あ、俺これがいい」
そして真島が甲斐に渡したのは、やや光沢のある淡いグレーに黒のドット柄が入った1本。
クローゼットの扉を締めて、真島は振り返って目を閉じた。
「これか・・・」
渡されたネクタイを見た甲斐の声はあきらかに乗り気でない。
「締めてよ」
「別のにしないか?これだとあまりに・・・」
それは今日のスーツにぴたりとマッチしていて、落ち着きの中にも程よい若さを感じさせながら、そこはかとない色気を漂わせる。
「・・・似合ってる」
出来上がった真島の姿を想像した甲斐は、眉間に深いしわを刻んだ。
「今日の気分はそれ」
「しかし、これでは裕紀の色気が倍増だ」
真島が一番美しく映えるその1本を、甲斐はずっとしまったまま使わずにいた。
「似合ってるなら問題ないだろ。第一、俺に似合うと思って買ったんじゃないの?」
「今以上に変な虫が寄ってくるかもしれないだろう?」
甲斐は大真面目にそんな事を口にする。
「そうかもね」
あっさり言った真島の言葉に、甲斐はあからさまに困った顔をした。

それを着けた自分がどう仕上がるかなど、真島自身も良く分かっていた。
「・・・裕紀、分かってるなら・・・」
「それをどうにかするのは甲斐さんの役目。早く」
自分だけがすっかり甲斐に心を奪われているようで、真島にはそれが癪なのだ。
ここまで変わってやったのに、せめて必死に追い掛けられている位でないと気が済まない。
「裕紀、せめて今日はブルー系の・・・」
「今日の気分はそれ、早く」
「裕紀・・・」
「聡示に言いつける」
ハァと溜息をついた甲斐は、受け取ったネクタイを渋々真島の襟に滑らせて、それでも丁寧に結び目を作っていった。

上着も着せられて姿見の前に立った真島は、写った自分の姿に満足げな表情をしてニカっと笑った。
「俺かっこいいよね」
自らも上着を羽織った甲斐は機嫌上々の真島を後ろから抱きしめて、鏡の中の真島の姿に大きな溜息をついた。
「裕紀、今日は資料室からあまり出歩かずに、」
「たまには皆で飲みに行く?」
「裕紀・・・」
「冗談だよ、鞄とって」
真島は甲斐の腕を抜け出して、とっとと玄関へ向かった。

困っている甲斐を感じるのは、かなり気分がいい事に気がついてしまった。


もっと追いかけて、ずっと追い掛けられて、そうやって最後まで、一緒に・・・。

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Comments

うふふ
こんばんは。
真島さんの変化がいいですねぇ。
ちょっとSっ気?楽しくなってきた。ふふ。
夜中に独りでニヤニヤしながら読んでおりますですっ!
Posted at 2009.07.07 (00:26) by コマティ (URL) | [編集]
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Posted at 2009.07.07 (11:36) by () | [編集]
Re: うふふ
こんばんわ!
真島が、何だか・・・(笑) ですが真島らしいと言えば、真島らしいかと。(笑w) ニヤニヤですか、後方には要注意でございますよ!^^ 次話でもお待ちしております。コメありがとうございました!
Posted at 2009.07.08 (03:13) by 冬実 (URL) | [編集]
Re: ネクタイを選び合う二人に萌え
こんばんわ!朝の風景、着替え自体はもう特別でも何でもなくなりましたね(苦笑) 真島、美人ですからね。尽くし甲斐もあるというもの(本当に?^^;)
『春琴抄』ですか、なるほど。顔こそ傷つけませんでしたが、真島も最初は自分を責めて心の鎖国を実施してましたからね。(しかしわたくしの筆力では、耽美にはほどとほひです・・・・・・涙)
ナイト・甲斐さんの真価が問われるのも、これからかと(笑ww)次話でもお待ちしております。コメありがとうございました!
Posted at 2009.07.08 (03:20) by 冬実 (URL) | [編集]
拍手コメくださったmさま
真島君、姫炸裂ですよ、どうしましょう(笑)。それを甲斐さんも楽しんでいるフシがあるので、世話はない二人です(^^;)。わたくしとしても甲斐さんの気品は残したかったので、その辺り、感じて頂けたなら嬉しいです!ほんとに、いつも応援ありがとうございます・・・あぁ、感涙です・・・。
次話でもお待ちしております。コメありがとうございました!
Posted at 2009.07.08 (03:25) by 冬実 (URL) | [編集]
拍手コメくださったmさま
真島、甘えん坊です(笑w)。開き直った甲斐に真島、どちらも厄介でした・・・汗。肝心の真島の病気にも、エンディングへ向かってそろそろ動きが出そうです。甲斐さんの愛で、救えるか?!
次話でもお待ちしております。コメありがとうございました!
Posted at 2009.07.08 (03:28) by 冬実 (URL) | [編集]
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