今夜、資料室で-29-

「俺達は最近手をつけ始めたばかりですが、できれば早いうちに、皆さんと会える機会が持ちたい。両方揃って進めた方が、手っ取り早いですから」
真島は前に座る2人へ向かって告げた。
「私達としても、御社の中に彼女以外の協力者が居てくださるのは、大変ありがたい。是非お願いします」
穂波夫婦は真島と甲斐に強い眼差しを向けて頷いた。
「この件に加担していたかもしれない人間が、近々退職します。できればそれまでに何とかしたかったのですが、残念ながらこの様子では・・・それも難しい」
テーブルの上に広げられた帳簿を見ながら甲斐が言った。
「無理もありません。私どもから見れば相手は皆さんの会社1つですが、そちらからすれば、何社相手にすることになるか。それに・・・、私どもの会社も、結局はそちらと同じです・・・」
穂波の夫はもう1つの綴りを鞄から取り出した。
「これは、私どもが2次請けの会社へ仕事を発注した際に提示した金額です。ここ数年 毎年のように、こうやって単金が落ち込んでいる・・・」
指し示された金額を目で追いながら、甲斐も真島も、一段と表情を暗くさせた。
「・・・下から吸い上げて、上へ送る・・・」
真島がぽつりとこぼした言葉に、他の3人も無言で頷いた。
「こうでもしなければ、彼の会社も立ち行かないんです。そしておそらく・・・ その下に控えている企業も、また・・・」

裾野は広い。
作業を細分化すれば、どれだけだって専門の業者を囲い込むことができる。
送金競争に音を上げて次々と業者が姿を消していっても、おそらくこの会社は困らない・・・。

「こんな事してて仕事を請けてくれる所がゼロになったら、うちの会社が一番困るんだ。でもずっと無事だったのは・・・」
最初から、数社が残っていれば問題が無い構造に出来上がっている。
「この会社に加担している者が居る、ということだ」
真島の言葉に甲斐が続いた。
「受注してくれる業者がどれだけ居なくなっても、決まった数社は必ず残る。その時は通常どおりの仕事をして、正当な利益を按分すればいい」

『末端』
穂波が言った言葉が、ずしりと重く真島に圧し掛かった。

「話は分かりました。何て言ったら良いか・・・。とにかく、早いうちに皆さんと顔を合わせる機会を持ちたい」
立ち上がった真島に続いて、他の3人も腰を上げた。
「幸い彼女と私は同じ部署に居ますから、彼女と私を通して双方連絡が取れます。こちらはいつでも構いません」
甲斐と穂波が顔を見合わせる。
「こちらこそ。お二人が居て下さるなら、本当に心強い。早速他の友人とも連絡を取ってみます。今日のところは、これで」
そして穂波夫婦は玄関で一度だけ振り返って帰って行った。


溜め息が出て、途端に身体が重くなった。
目の前に積み上がったファイルの山が、まだ見ぬ誰かの代わりに自分達の決意を確認しているようで、真島はそこから少し距離を取ってソファーに座り直した。
直ぐ隣で沈み込む感触がして、甲斐の左手が右手に重ねられる。

「何を考えてる」
取られた右手は甲斐の腿の上へ引かれていって、指を絡めて握りこまれた。
「・・・別に」
本当に、何も思いつかなかった。
ただ、実体にほんの少し近づいた分だけその大きさが知れて、視界はいっそう暗くなるような気がした。
「いま止めても誰も君を責めたりはしない」
甲斐の穏やかな声が告げた言葉は、少しも冗談に聞こえない。
「甲斐さんも・・・ 手を引いてくれていい」
そして真島も本気で言った。
「言ったじゃないか。私は野崎君には礼をしておかないといけないんだ、今更気は変わらない。それより・・・・・・」

甲斐は真島の腕を半ば強引に引っ張って、いつものようにその体を足の間に抱き込んだ。
「いきなり何するんですか。腕痛いって」
真島は甲斐に抱き込まれてめいっぱい声を尖らせた。
「この荷物を運んできた男だが・・・ 」
甲斐の両手が真島のネクタイに掛かる。
「・・・変な勘ぐりは止めて下さい」
シュルシュルと音を立てながら、襟元からネクタイが引き抜かれていった。
そのままシャツのボタンが上から順に外されていく。
「中々 見栄えのする男じゃないか・・・」
「・・・さぁ?」
「彼も・・・そういう男だろう?」
最後までボタンを外し終えた手は、真島の頬を意味ありげに撫でていった。
「ただの大学の仲間だって。それに俺は陽平の守備範囲じゃない」
真島は溜め息混じりに言いながら、甲斐の腕を退けさせた。
「ちょっと考えれば分かるだろ?俺が付き合える人間にそういう奴はいない」
「そういう嗜好がありながら君に惹かれないとは、ある意味すごいな」

「陽平の趣味は昔から・・・・って、あ゛ぁっ!!忘れてたっ!!」
シャツの前を全開にしたまま真島はガタン!と立ち上がった。

「なんだ」
甲斐も真島につられて立ち上がった。
「水元が」

あの様子だと最初から・・・全開、か。
あそこまで陽平のど真ん中を突くヤツも 近年見なかったしな・・・。
しかも接待の真似事なんて言ってしまった。
あ・・・ちょっとマズイか?
また例のごとくスーツ着て?・・・で、そこにアルコール?
陽平は・・・・・・ いや、それより水元は耐えられるか?
あぁ、かなりマズイな・・・。
どう考えても水元にはああ言う免疫は無いだろ。
あんなの見せられたら水元も・・・・・・うっゎ。

「水元君が、どうした?」
・・・・・・許せ 水元。
「裕紀?」
「・・・ ま、いっか」
人生狂わされても文句は言わないと水元は誓ったし。
ま、いっか。
「甲斐さん俺シャワー浴びる」
「そうか、着替えは出しておく」
「ん」
真島は水元と池上の事などすっかり思考の外へ追いやって、一人バスルームへ向かった。




そしてその深夜。
甲斐に後ろから抱き込まれるようにして眠っていた真島は、浅い眠りを繰り返してばかりで一向に深い眠りにありつけず、とうとうベッドを抜け出した。
暗いリビングで一人ソファーに腰掛けて、真島はタバコに火を点けた。
細く、煙が立ち上がる。

どこまでやれば終わりが見えるのか、どうなれば決着が付くのか。
自分が思うように、一切合切 根絶やしにすることなど、本当に・・・できるのか。

穂波やその仲間のように、この罪が全て暴かれる事を望んでいる人間が居るのと同じように、罪が全て暴かれてしまう事で、突如として予期せぬ不幸を背負わされることになる人間も、必ず居る。
一見 不条理とも思えるこのシステムが存在しているお陰で、広く多くの人間が潤っている事も曲げようの無い事実だった。例えその影で、どれだけの人間が・・・泣いているとしても。

自分がやろうとしていることは、何なのか。
何が本当は正しくて、誰が・・・間違っているのか。

堂々巡りをするばかりで、真島は何度も大きな溜め息をつきながら 煙を吐き出した。
そうしているうちに、奥から聞き慣れた足音が近づいてくる。

「眠れないのか」
「・・・ごめん、起こした?」
「構わないさ。私も寝付けなくてね」
真っ暗なリビングを迷う事無く真島の真後ろまでやってきて、甲斐は真島の髪を撫でた。

「少し飲むか・・・」
「あ・・・飲もうかな」
真島は短くなったタバコの火を消した。
「何にする?」
「洋酒ならなんでも。あ、ワインは無理」
「食べるのは?」
「んー、多分無いと思うからいい」
「何?」
「チョコレート」
「ある」
「・・・マジかよ」
「今持ってくる」
「手伝う?」
「いい。待ってるんだ」
甲斐はサラサラと真島の髪をかき回してキッチンへ向かった。

手際が良いのか一人酒の習慣でもあるのか、甲斐は直ぐに戻ってきた。
腕の中には、テニスボールのような氷が入ったグラス2つと、ブランデーと、チョコレート。

氷の真ん中まで飴色に満たされたグラスを渡されて、甲斐のグラスがやってくる。
「短い社員生活に」
「・・・縁起でもない事言うなよ」
「なら裕紀との出会いに」
小気味良い音をさせて、目の前でグラスが合わせられた。

口元へ近づけたグラスからとろりと熟成された香りが漂って、心地よい酔いへと誘われる。
真島はグラスを傾けて、舌の上が湿らされる程度に口の中へ流し込んだ。
冷やされていたブランデーは口の中で直ぐに温められて、濃厚な香りと熱を持って喉の奥へ消えていく。
その味を確かめて、今度は一口たっぷりと口に含んで嚥下した。

「・・・どれくらい掛かると思う?」
「・・・俺も、ずっと考えてるんだけどさ・・・」
真島は手の中のグラスに目をやって、もう一口含んだ。
「正直・・・ 分からない。いつまでに終わるのか・・・」
何年も掛けて頑丈に作り上げられてしまったこの構造の全てを清算して、
それを野崎が帰ってくるまでに、終えられるのか?

「俺が・・・間違ってるのかもしれない」
真島は残りの半分を一気に流し込んでグラスを置いた。
小さな銀の包みを1つとって、カフェオレ色の粒を口に入れる。
「・・・万人が残らず無事で丸く収まる事など・・・・・・、世の中には一つも無い」
舌の上で蕩ける甘い味わいが残っているところへ、真島はゆっくりとグラスの残りを傾けた。
「そういう事をする資格があるのかって、思うだろ・・・」
空いたグラスは直ぐに満たされて、甲斐のグラスも空になる。
「・・・資格なんてものを考える必要は無い」
甲斐は自分のグラスも満たして、真島とぴたりと体が触れるところまで移動した。
「・・・本当に何も知らない人間だって、ゴマンと居るんだ」
真島はもう一つ包みを取って、丸い粒を口の中へ放り投げた。
「組織の仕組みの中でやっている事だ・・・。・・・決まりに反した事を悪いと言って、何がいけない・・・?」
甲斐はグラスを傾けながら左手を真島の腰に回した。
「君が全員分悲しんでやったところで、誰も君に感謝はしない・・・」
「・・・そこまで言わなくてもいいだろ」
投げやりに言いながら、真島もグラスを傾けた。
「そうやって気に病む癖があるから、心配してるんだ」
真島の腰を引き寄せて、甲斐は耳元に唇を押し当てながら言った。
「俺はそういう人間なんですよ・・・」
真島は引き寄せられるまま甲斐の肩に頭を預けた。

「・・・酔ったのか?」
「・・・ちょっと、疲れただけ」
甲斐はグラスを置いて、真島のグラスも取り上げた。
腰に回していた腕を肩へ回して胸に抱き寄せる。
「・・・そんな目で見るなって」
「無理だろう。何せ今日は、酒まで入ってる・・・」
甲斐はパジャマのポケットから紅藤色の絹地を取り出した。
「・・・なんでそんなの持ってるわけ」
「無くてはならないモノだからだ」
クスクスと笑いながら、甲斐は真島の体に両手を回して膝の上に引っ張り上げた。
真島は甲斐の腿の上に向かい合わせに座らせられる。
「アルコール味に溶けた裕紀も試してみたいじゃないか・・・」
真島の視界を遮ろうと布地をあてがった甲斐の腕を真島が引き下ろして、
真島はそのまま甲斐の肩に額を乗せた。

「駄目なのか?」
「・・・それ要らないから、さ」
「最後まで・・・瞑って居られる?」
「・・・分かんないけど・・・暗いから、平気なんじゃない?」
「だが・・・」
躊躇する甲斐の手から布地を取り上げて後ろへ放り投げると、真島は自らボタンを外してパジャマを脱ぎ捨てた。
「だってさ・・・分かんないだろ?・・・いつ終わるかなんて。・・・・・・いつ治るかなんて」
真島は甲斐のパジャマのボタンにも手を掛けた。
「そんなの・・・分かんないんだよ・・・。いつになったら・・・こんなの・・・しなくてよくなるかなんて・・・」
「裕紀」
甲斐のパジャマを剥ぎ取って、真島はその素肌にぴたりと体を寄せた。
「いつまでなんだよ・・・そんなのばっかりなんだよ。・・・いつ終わるのかとか・・・いつ治るのかとか」
「裕紀・・・」
少しだけ体温の上がった真島の背中を甲斐の腕が抱き留めた。
「・・・こんなに暗いんだから、いいだろ・・・あんなのしなくたって」
「裕紀、もう・・・」
「・・・・・・いいだろ、あんなの・・・今日くらい・・・」
「もういい、裕紀」
抱いた真島の体を押し付けるように甲斐はソファーに横たわった。

「明るくても暗くても、どうせ俺は・・・ 見れないんだよ・・・」
「・・・もう黙れ」
折れるほどに真島の体を抱きしめて、甲斐はいつもより甘くてほろ苦い味のする真島の唇を塞いだ。

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Comments

拍手コメくださったmさま
「接待」・・・ どう考えても大丈夫な雰囲気じゃないですよね?(笑w
しかしそこは真島、「ま、いっか」で済ませてしまいましたよ、どうなんでしょう・・・ぷぷぷ
そうなんですよ、甲斐さんは(真島も?)たまに子供化してしまって、冬実も悩まされます(笑ww)
池上との間に何があったのか、それはおそらく後日談で明らかに・・・!^▽^
コメント頂けて嬉しいです!また是非お越しくださいませ!
Posted at 2009.06.29 (02:13) by 冬実 (URL) | [編集]
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