今夜、資料室で-25-

夜11時を回った頃、マリちゃんが一足先に帰った。

甲斐と水元は黙々と目の前のファイルの中身のチェックを続けていて、難しい顔をして時折何かを相談しながら、別の綴りを引っ張り出しては電卓を叩いて、何かをノートに書き付けている。
積み上げられていた資料の山は徐々に上から崩されて、反対側に平積みにされていった。

大した戦力にならない真島は、一人 自分の席で資料室を荒らした人間の事を考えていた。
「・・・何でわざわざこんな事したんだ」

決して愉快犯ではない。
表紙だけが抜き取られていたそれらの案件は、間違いなく会社の闇に潜む不正の存在を伝えようと意図的に選別されていた。
多少は頭を捻る必要があったとはいえ、それを見つけた自分が見事にそこへ誘導されてしまったほどに。

もしも梶原に繋がる何かを掴んでいるのなら、危うく自分の身まで危険に晒すような面倒なことはせずに、法務へ直接訴えればいい。
それをしなかったのは、まるで、
「俺、なのか・・・?」
真島自身にそれを見つけさせるためのようにも考えられた。

普通なら、こんな僻地の資料室に誰も用はない。
これだけ賑やかな場所にしてしまったのは、紛れもない真島自身。
不正の影を見つけた真島がうやむやに出来ない事を知っていて、こうやって身を投じてしまう事までを想定したとも、考えられる。

「でも結局・・・」
それでも、そこにはまだ問題が残る。
「俺じゃ無理なんだよ・・・」
仮に何かを突き止めたところで、全てを暴こうと思ったら、結局 自分一人の手ではどうしようもないのだ。
それにはどうしても人の手を借りるしか、ない。
「やっぱり・・・甲斐さん、なのか・・・?」
事を暴こうとして最後には甲斐に助けを求める事までを想定していたとしたら、狙いは甲斐・・・?
「それとも・・・俺を陥れるため・・・?」
もしも悪事を暴く事に失敗したなら、この業界では二度とやっていけない。
その時甲斐に助けを求めていなかったとしたら、結局最後は一人相撲で終わり。

・・・と、そこまで考え付いたところで、真島は何度も頭を抱え直す。

「何か・・・ 違うんだよな・・・」
陥れられている、という感覚には違和感があった。
自分や甲斐に危害を加えたい人間がやっているとは、どうしても思えないのだ。

そもそも会社や社員の不正を暴くなど、誰でも考え付くような事ではないし、普通は気が付かない。
それに、もし誰もこれに気付かなかったらどうなるのか?
予想通り梶原が首謀者なのだとしたら、今回の資料室からの報告を受けた時点で、梶原がその犯人の意図に気付いてもおかしくはない。
こんな事をしてしまった時点で、もうその犯人の身に危険が及んでいるかもしれないのだ。

真島がこれを見つけられなかったとしても、それさえも・・・犯人は覚悟の上だったのかもしれない。
もし そうだとしたら────。
自分達を陥れたいというよりも、むしろこれは、
「本当は俺に・・・」
・・・・・・助けを求めているのでは、ないのか・・・?
自分の力ではどうすることも出来ず、かと言って間違った人間に相談してしまえば揉み消されて終わるだけ。
甲斐や自分を陥れる事が目的なのではなく、犯人が知り得た不正の実態を明らかにする事が狙いだとしたら・・・
「犯人も、これに・・・」
真島はスッと目を眇めてタバコを1本咥えた。
ジュっという音の後に煙が一筋立ち昇る。


「今日はこのくらいにしよう」
ソファーの方から甲斐の声がして、真島は灰皿を持って移動した。
甲斐の隣に腰掛けて、小さなスペースに灰皿を載せる。
「思ったとおりだったよ。水元君は正確で手際が良くて、何より早い」
甲斐の向かいで腕まくりをしていた水元の眼は鋭い光を宿していて、まだ脳を働かせている様子の表情は堅かった。
「目指していた仕事とは少し違いますけど・・・ それでも僕は、初めて仕事をしたような気がしました」
水元の前に広げられたノートは、難しい単語と計算式と数字で埋め尽くされていて、ペンを握る手がまだ赤く汗ばんでいた。
「僕がやってきた事が、何かの役に立つんだと、思えました。 本当に、時間が経つのも分からなくて・・・」
6度の異動を繰り返しながらやっとそんな事が言えるようになったというのに、水元の表情は一段と険しくなった。

「・・・真島さん。本気ですか?何をやってるかなんて、こんな事したら僕にだって直ぐに分かります」
水元から向けられた目は、真島でさえも尻込みするほど力強かった。
「お前を巻き込むつもりは・・・」
真島が煙と一緒に吐き出した言葉を、水元が至って冷静な声で遮った。
「いいえ、僕にはこの事を明らかにする義務があります。それに、これは・・・そんな簡単な事じゃありません」
水元はテーブルへ向かって身を乗り出して声を潜めた。
「どういう事だ」
顔を上げた真島に甲斐が応える。
「ちょっとした小遣いを作るためにチマチマとやっているような額じゃ、ない・・・」
甲斐の言葉に水元が頷いた。
「見つけられたものは、一番古い案件で10年前まで遡ります。一見すると何も問題が無いようにも見えますけど、綿密に手の込んだ工作をして隠蔽されているだけです。ここまでの事を堂々と何年も続けるとなると、わが社だけでは絶対に無理なんです。どれくらいの企業に波及しているか、知れません」
「本当なのか・・・?」
真島は脇に積み上げられた箱ファイルを見た。
それはこの会社の歴史でもあり、黒い金にまみれた悪事が積み重なって出来た山。
「もしそうだとしたら、この会社の誰か一人をどうにかしたところで問題は解決しないんです。案件の種類は多岐に渡っているし、末端まで辿ったらどのくらい膨れ上がるか・・・」
「私もここまでとは思わなかった。まだ少し調べただけで確かな事は言えないが・・・それでも私達の予想はある程度のところを突いているはずだ」
「父が同じような仕事に取り組んだ事がありました。捏造するやり方には独特のクセが出るものなんです。問題が無いものと比べれば、良く分かります・・・」
水元の言葉を最後に、3人の間に嫌な沈黙が続いた。

「とにかく・・・。今日はこれで止めておこう。考えても今ここで何かが解決する訳じゃない」
真島がタバコを灰皿に押し付けると、水元と甲斐も重い腰を上げた。
山になったファイルを3人で手分けして奥の部屋まで運んで納める。
重苦しい空気に包まれたまま、3人は会社を後にした。




「考えたんだけどさ・・・」
いつものように甲斐に背を預けて宙を見ながら、真島は色違いのパジャマの腕を引っ張った。
腰に回された腕の力が少しだけ強くなって、背中いっぱいに感じる体温がリアルになる。
「あの部屋 荒らしたのは・・・」
「・・・穂波?」
こめかみの辺りで心地よく響いた声にハッとして、真島は甲斐の腕を掴んだ。
「そう・・・ 思ってるんだろう?」
深く穏やかで、落ち着いた甲斐の声が、真島の中へとしっとり広がった。
優しい腕の感触が、今日はいつもより温かく感じる。
「甲斐さん、いつから・・・」
自分でさえ、今日やっとそこへ辿り着いたのに・・・。

その誰かは・・・ おそらく穂波。
不正を知り得たのは、自らもそこで手を汚してしまったから・・・。
それでもそれを良しとは出来ずに、1つ残らず罪が暴かれる事を望んだのだろう。
自分に助けを求めて、身の危険を顧みずあんな騒動を巻き起こした。

それを予知させるかのような言葉をわざわざ残して・・・。

「裕紀の顔に書いてある」
「・・・何だよそれ」

小さく笑いながら言う甲斐に、それでもからかわれている気がしないのは・・・
「どうやっても事実は曲げられないが、何も自分から進んでやったとは限らないんだ。裕紀が心を痛める必要はない」
穂波の気持ちを思った自分が確実に塞いでしまうところまで 甲斐にはもう分かっていて
「彼女のためにも私達がやっている。・・・他の人間の手に掛からなかったのがせめてもの救いだ」
やり場の無い気持ちを落ち着ける先を、自分と同じところに見つけ出してくれているから・・・。
だからいつもよりその腕を優しいと感じてしまって、心地よく伝わってくる振動を、離れ難く思ってしまう。

「彼女は入った頃からずっと梶原の下で働いていた。知らないうちに、手を染めていたのかもしれない・・・」
やり切れない思いがこみ上げて真島は体を横向けた。
額に甲斐の頬が触れてぴったりと抱き寄せられる。
「やっぱりいい子だな・・・」
それでも犯した罪は罪。
本意では無かったにしても、事実を知った彼女は深く心を痛めたに違いない。

「彼女は男を見る目がある。裕紀を選ぶあたり、本当にいいセンスをしている」
「・・・何だよ」
真島は甲斐の喉元に額を押し付けた。
「私に言っても無駄だったという事だ」
「え?」
甲斐の手が真島のパジャマのボタンに掛かって、上から1つずつ外していく。
「私が一人でこれを知ったとしても、今のように行動を起こしていたかどうかは分からない。それでも裕紀が手を出すとなると絶対に黙ってはいられないからね。結局最後は手を貸すハメになる。それに裕紀には、野崎君がいるだろう?」
「聡示?」
「今すぐにでは無理でも・・・ いつかこの悪事を根絶やしにする事を考えれば、ある程度の権力が必要だ。専務という肩書きは結構な力を発揮する」
「まぁ・・・ね」
「何しろ君たちは社内中に名を馳せた優秀なコンビだ。こんな面倒な仕事を裕紀に押し付けるとは、彼女もかなりの確信犯だ」
ボタンが全て外されて、パジャマの前がくつろげられる。

「裕紀・・・」
開かれたパジャマの中へ甲斐の手がスルリと入って、真島の背をその手のひらが何度か撫でた。
「眠れないんだろう・・・?」
頭の上から降ってきた柔らかい声に、真島は小さく頷いた。
今日は人肌恋しくて、いつまで経っても甲斐の腕を放せない。
「君が気に病む必要は無いんだ・・・」
部屋の照明がおとされて、艶々とした感触に視界が閉ざされる。
傾いた体はベッドに受け止められて、上から甲斐の体にすっぽりと包まれる。

「甲斐さん 脱いでよ・・・。なんか・・・寒い」
「裕紀・・・」
労わるような声と共に 甲斐の手が一度だけ真島の頬に触れた。
体を覆っていた布は全て剥ぎ取られて、すぐに温かい肌の感触で全身が覆われる。

「甲斐さん・・・俺さ・・・」
真島は体に感じる感触と気配を頼りに、暗い宙へ向かって両腕を伸ばした。
広い背中を探り当てて引き寄せる。
「今は何も考えなくていい・・・」
甲斐の唇が重なって、真島は全ての思考を停止させた。

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Comments

拍手コメをくださったmさま
長コメほんとに嬉しいです!
活力源にして頂けるとはなんと嬉しいことでしょう・・・(´∀`o)感涙
「グッ」っときて頂けましたか?それは嬉しい限りです!わたくしもお気に入りの真島^^
今は謎が暴かれてる所でお揃いパジャマ姿くらいしか2人のラブ姿が出てこない展開の最中・・・。それでも追いかけて下さる皆さんに支えられて、今日もこうやって拙い筆を進めております^^;
今しばらくお待ちください!必ずや・・・!(←何の決意でせう・・・)
今回は水元君にも男らしいところが見えてきて、この子も愛されてくれると嬉しいです~☆
また是非、お越しくださいませ!
Posted at 2009.06.25 (02:08) by 冬実 (URL) | [編集]
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