今夜、資料室で-22-

翌朝。
いつものように真島は甲斐の手によって着替えをさせられていた。
「甲斐さん、さ・・・ 」
真島の声に甲斐は視線だけで応えた。
「・・・しばらく資料室へは来ない方がいい」
「どうして・・・ まだ私が関係していると分かったわけではないだろう?」
真島に着せた上着のボタンを留めながら、甲斐は不服そうな声を出す。
「だからだよ。誰がやったのか分かるまで、甲斐さんは来ない方がいい。また余計な噂でも立ったら今度こそ仕事に差し支えるって。他言無用なんて言ってたって、あの事が広まるのは時間の問題だ」
うっすら目を開けて俯いて、厳しい表情をした真島の顔を見た甲斐は、ハッとして真島の肩に手を置いた。
「もしかして君は・・・君はあれを誰がやったのか、調べる気でいるのか・・・?」
真島は何も応えず、肩に置かれた甲斐の両手を外させた。
「君にまでもしもの事があったらどうする?止めるんだ」
甲斐はもう一度真島の肩を抱いて引き寄せた。
「そんなヘンな事はしないよ。それに俺は、今は資料室の人間なんだ。あのままじゃ済ませられない」
真島は甲斐の腕から離れて鞄を取った。
「裕紀・・・」
「俺の所為なのかもしれないし・・・ 穂波ちゃんの事も気になる」
「穂波?」
甲斐も鞄を取って玄関へ向かう。

「だからさ、また・・・・・・ 何かあると思う」
「裕紀・・・」
甲斐は先を歩いていた真島に追いついて、その体を後ろから抱きしめた。
「だったら余計に危ないじゃないか、裕紀 止めてくれ」
真島の肩に額を乗せて、甲斐は祈るように訴えた。
「あんなこと、何度も繰り返させるわけにはいかないだろ?2年経って俺が居なくなってもマリちゃんは資料室に残るんだ。ずっと迷惑掛けてるし、居るうちに出来ることはやってやりたい」
「しかし・・・」
まるで聞き分けの無い子供にするように、甲斐は溜め息交じりに言いながら真島の腕を揺すった。
「本当にさ、ヘンな事はしないって。ただ俺は・・・ 昔からやられっ放しは嫌なんだ」
真島の言葉には確かな覚悟が秘められていて、その声に迷いは無かった。
「・・・・・・。どうしてもというなら、それが終わるまでは毎日ここへ帰って来てくれないか。せめて君の無事な姿を見せてくれ」
それを感じ取った甲斐も最大限の譲歩をする。
「裕紀」
「・・・分かったよ。・・・だから甲斐さんも、昼休みはしばらく来ないで欲しい」
「仕方ない・・・。でも無茶だけは駄目だ。それだけは約束してくれ」
真島の腕を掴む手に力を込めて、甲斐は寄せた額を擦り付けた。
「大丈夫だって。甲斐さん心配性なんだ」
甲斐の腕の中から出ようと1歩踏み出した真島の体を引き戻して、甲斐は正面から真島の体を抱きしめた。
「君は私には無事でいてくれと言ったじゃないか。だったらこんな事を言う私の気持ちも分かってくれるだろう?」
もしも真島がこの騒動の要因になっているのなら、本人があれこれと動き回るのはあまりに危険だし、あんな特異な病気を持った真島が、何かの時に無事でいられる保証は無い。
真島が甲斐の身を案じているように、甲斐も、また・・・。
「・・・・・・あぁ、・・・ごめん なさい」
「無理は絶対にするんじゃない。ちゃんと毎日ここへ帰ってくるんだ」
「・・・分かりました」
素直に返事をした真島の背を何度か撫でて、甲斐は真島の上着のポケットに手を忍ばせた。
「なんだよ・・・」
「・・・これがないと家に入れない」
「ぁ・・・ うん」
真島は一度だけ甲斐の背に腕を回して抱き返した。
「・・・ほんとに、大丈夫だからさ。あんまり心配しないでよ」
「無理だけはしないでくれ」
「・・・分かってるって」
そうして今日も、真島は甲斐に手を引かれて玄関を出た。



そして昼休みの資料室。
「あぁぁぁ・・・ 甲斐さん来ないんですかぁぁ・・・」
弛み切っただらしない顔をして、水元は机に顎を乗せて嘆いていた。
「おまえ汚い」
真島はチラっと水元の顔をみて、また手元へ視線を落とした。
「真島さんは寂しく無いんですか?甲斐さんに会えないんですよ?ずっと毎日来てくれてたのに、寂しいじゃないですか」
「別に」
「真島さんって・・・薄情な人なんですね。あんなに真島さんのこと心配してくれてるのに・・・」
「・・・お前なぁ」
真島は水元に向かって丸めたティッシュを投げつけた。

「真島ちゃん、さっきから何やってるの?」
マリちゃんが向かい側から身を乗り出して真島の手元を覗き込む。
「表紙が無いやつなんだけどさ・・・」
「あぁ、昨日の?」
「そう。中身は全部無事だったろ?」
それを聞いたマリちゃんと水元が、席を立って真島の脇へ寄ってきた。
「でも表紙ってそんなに大事なんですか?」
「いや・・・、新しいのに差し替えれば問題ないはずなんだが・・・」
「どうかしたの?」
「何であったり無かったりするんだろうな・・・」

昨日から今日の午前中を掛けて、3人は荒らされた資料の中身を全てチェックした。
目次に記載されているページと別添の資料も漏れなく残されていて、変わった事と言えばそれくらいしか無かった。
「付け忘れるっていうことは無いんですか?最初から無かったとか・・・」
真島が密かにチェックして書き付けておいたメモを見た水元が、首をかしげた。
「個人が作って保存するような代物とは違うんだ。表紙が無いなんてことあるかよ」
表紙が無いものだけを、真島は箱ファイルの背表紙と目次を照合してかき集めていた。
「まぁ、そうね・・・」
「それにさ、そんなに散らかって無かったろ?」
「散らかってましたよ、大変だったじゃないですか!もう僕クタクタだったのにぃ・・・」
真島の隣の席にドスンと腰掛けた水元は、体いっぱいで疲れた格好をしてみせた。
「そういう意味じゃない」
「どういうこと?」
マリちゃんも自分の椅子を引いてきて、真島の隣へ移動する。

「確かにあれだけの量が散乱してて片付けるのは大変だったけどさ。1つのファイルの中身を揃えるには、大した事なかったろ?」
真島に目を向けられたマリちゃんと水元は、それぞれ昨日の事を思い返して頷いた。
「だからこんなに早く片付いたんだ。あれを本気でめちゃくちゃにされてみろよ。明日になっても終わってないさ」
酷い荒れ方をしていたものの、ファイルごとの中身はそれぞれ纏まったままだった。
まるでそれは・・・ 表紙さえ抜き取れれば良かったのだと、示しているようにさえ感じた。

「表紙だけ抜き取って・・・ どうするんだ・・・?」
「新しくしたかったんじゃないですか?間違ってたとか」
「それなら荒らす必用なんて無いだろ」
「見られると良くない事でも、あったんじゃないかしら・・・」
「だって表紙だよ?」
「じゃぁ、記念に貰いたかったとか・・・」
「・・・お前っ本当にバカ・・・・・・って、 あぁっ!!!」
パッと目を見開いた真島が、突然ガタンと大きな音を立てて立ち上がった。
「びっくりするじゃないですか!真島さん!」
胸に手を当てながら水元が大げさに仰け反った。
「マリちゃん。奥、開けてくれないか。お前も付き合え」
「良いけど・・・何するの?」
マリちゃんは立ち上がって、ポケットから取り出した鍵を施錠された引き出しの鍵穴へ差し込んだ。
「俺の骨、拾ってくれるんでしょ?」
ニヤッと笑った真島を見て、マリちゃんも仕方無さそうに笑い返した。
「そうね、そういう約束だったわね」
鍵を持ったマリちゃんを先頭に、3人は資料室の奥の扉へ向かった。



「・・・それで、どうしたんだ?」

その日、言われたとおり大人しく甲斐の部屋へ行った真島は、また・・・。
「・・・自分でやらせてもらえませんか」
「もうすぐ乾く。大人しくしてるんだ」
「先に着るもの着たいんですけど」
「まったく、我が侭なお姫様だ」
ドライヤーの音が止んで、真島の肩にパジャマが掛けられる。
「・・・本気で怒りますよ」
腕が持ち上げられて袖を通されて、向かい合った甲斐がボタンを留めていく。
「下は自分で・・・」
「ほら、早く」
パジャマのズボンを持っていち早く足元へ屈んでいた甲斐が、真島の足が通されるのを待っている。
「何で30にもなった俺が・・・」
真島は悲しい気分で足を通して、またしても甲斐によってパジャマを着せられた。

「それで、何か分かった?」
真島の髪をブラッシングしながら、甲斐は鏡越しに真島の顔を見た。
「んー・・・」
いつものように目を瞑ったまま、真島は奥の部屋で調べたことを思い出していた。
分かった事と言えば、全て似たような内容のプロジェクトだった事と、名前を連ねていた人物のうちの数名が全てのプロジェクトに関わっていたこと。

その中に、甲斐も居た。

「裕紀?」
甲斐は真島の手を引いて寝室へ向かった。
いつものように足の間に真島を抱きこんで、ピローに背を預ける。
「甲斐さんとこの・・・ 来月退職する上司の名前、何ていうの?」
「あぁ、梶原だけど」
・・・その名前も、あった。
「そうか・・・」
「どうかした?」
甲斐は考え込んだ真島の頬に指を滑らせて、そのままツっと唇をなぞった。
「その人と、付き合い長い?」
「なんだ、裕紀はまたヤキモチを焼いてるのか?」
出たよ、勘違い大王。
「まぁ・・・。仲が良さそうだったし」
「裕紀は可愛いな・・・あんな年寄りを気にする必要は無い。仕事上の付き合いだ」
表情だけでなく声まで緩んだ甲斐は真島の肩に頬をすり寄せた。

「あのさ・・・」
「どうした」
「その人と一緒にやった仕事、何も無かった?」
急に声が小さくなった真島を、甲斐は脇から覗き込んだ。
「何か・・・分かった?」
「・・・別に」
「梶原がどうかしたのか?」
「だから、別に・・・」
「そうか、隠し事か・・・」
「・・・別に無いって」
「裕紀」
「ぇっ」
真島の視界が突然暗闇で覆われた。
「何っ・・・だよ」
「初めてじゃないだろう?」
甲斐の手が真島の頭の後ろに結び目を作った。
「そうじゃなくてっ・・・何でいきなり、こういうことするんだよっ」
真島は手探りで甲斐の腕を掴んだ。
「おしおきだ」
「俺は、何もっ・・・」
「隠してるだろう」
「・・・別、に」
「そうか、隠してるのか・・・」
甲斐にはできるだけ伏せておこうと思っていた真島も、他に上手い言い訳も見つからなくて隠しておくのを諦めた。
どうせいつかは甲斐の手を借りなければ事が進まなくなるのも見えている。
「・・・分かったよ、話すよ」
溜め息をつきながら言った真島に、今度は甲斐が残念そうな声を出した。
「なんだ、裕紀は私にされるのがそんなに嫌なのか?」
「・・・甲斐さんこそどっちなんだよ・・・」
聞かせろと言ったから話をする気になったのに・・・ 意味が分からない。
「ならご褒美にしよう。隠さず話をするご褒美だ。話はその後で聞こう」
ご褒美って・・・ 一体 誰のご褒美だよ・・・
真島の心の抵抗も空しく、2人の体は折り重なってベッドへ崩れ落ちた。

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