今夜、資料室で-18-

結局、いつものように迎えに来た甲斐の腕の中でうっかり熟睡してしまった真島は、翌朝 甲斐の部屋で目を覚ました。

「ハァぁー・・・」
上半身全てを使って大きな溜め息をつきながら横を向いた真島の体に、後ろから腕が伸びてきて絡みつく。
甲斐は真島の背中を外敵から守るように胸で覆って身を丸めた。
「・・・裕紀?」
ほのかな香りを残した髪に鼻先を寄せながら、浮かない溜め息をついた恋人の様子を伺う。
「・・・まただよ・・・」
苛立ちを含んだ不貞腐れた言葉に、甲斐の気分も若干落ち込んだ。
「・・・私がここへ連れて帰ったのがそんなに嫌なのか?役に立ちたいと言っているのに、君はまた・・・」
「そうじゃないよ・・・そうじゃ、ないって・・・」
あらぬ方向へ履き違えてしまった甲斐の言葉を真島が苦笑しながら遮った。
真島の体に巻きつけた腕に手が添えられてきて、静かに指が絡められる感触に落ち込んだ甲斐の気持ちも浮上する。

「俺は・・・こういう奴なんだって、毎回思い知らされるんだ」
「裕紀・・・」
「こうやって色んな事を助けてもらわなきゃ何も出来ない・・・使えない奴でしょ?」
「そんな言い方をするんじゃない」
「・・・・・・でもこれが、俺なんだよ」
最後は聞こえないくらいに小さくなった声がひどく頼りなくて、甲斐は回した腕に力を込めた。
「だから私が居るんだろう?」
甲斐は顔をずらして真島のうなじに少しだけ吸い付いた。

「・・・ねぇ甲斐さん」
「・・ん?」
真島が急に堅い声を出して、甲斐は顔を上げて後ろから見下ろした。
「・・・俺の事・・・・・・抱きたいと思ってる?」
予想外の事を聞かれて、甲斐はベッドに片肘を突いて体を支えた。
「当たり前だろう?・・・私の気持ちを、疑ってるのか?」
男性にしか興味の無い甲斐が、8年も追い続けてやっと手に入れた、艶めきも滴るような見目麗しい真島。
そういう感情を持たない方がどうかしている。

「じゃ何で抱かないんだよ・・・?」
少しだけ後ろに体を傾けて、真島は間髪入れず聞き返した。
「抱こうと思えば・・・いつでも抱けたんじゃないの?・・・・・・今でも」
「裕紀・・・」
甲斐は返事に困った。

確かにチャンスはいくらでもあった。
心が通ってからこの家へ連れて帰ったこともあるし、別に自宅でなくとも問題は無いのだから、その気になればいつでも良かった。
「・・・待つと、言っただろう?」
甲斐はもう一度ベッドへ入って、自らの体を真島にぴたりと添わせた。
右腕を真島の腰に巻きつけて引き寄せる。
「・・・え・・・?」
短く息を呑んだ真島の体が小さく跳ねて、僅かに動揺が伝わってくる。

「・・・待つと、言ったんだ」
「・・・何・・・言ってるんだよ、それじゃ・・・」
静かに告げた甲斐の言葉に、真島の声が震えだした。

「・・・8年待ったんだ。同じさ」
「・・・同じなんかじゃないだろっ・・・、いつ治るかなんて、そんなのっ・・・分からないだろっ」
甲斐の言葉の意味を悟った真島は、悲痛な声を上げながら拳でベッドを叩き付けた。
大きく背中を突き出して身を縮めて、体まで振るわせる。
「・・・裕紀、私は・・・」
「何考えてるんだっ!どういうつもりだよっ!」
甲斐が声を落ち着けて労わる声を出すほどに、真島の苛立ちは大きくなって、
腕を振り下ろしながら ダンッ!ダンッ! とベッドを叩きつける。
「・・・裕紀、もう決めたんだ」

真島がこういう反応をすると思ったからこそ、甲斐は言わずにいた。
何かにつけて自分の事を責めてしまう真島の性癖を畏れて、心の中にだけしまっていたのだ。
目を合わせられないままの真島を手に入れてしまおうなど、初めから思ってはいなかった。

「バカだよ、そんなのっ!・・・そんなの、俺がっ・・・ 酷すぎるだろうっ!」
震えていた声に涙の気配が混ざり始めて、やがて真島はベッドを打ち付けるのをぴたりと止めた。
静かになった真島の肩が少しずつ震え出す。
「・・・待たせてくれ、裕紀」
甲斐は投げ出された真島の手を手繰り寄せて、体と一緒に力を込めて抱き締めた。
回した腕で真島の体をゆすりながら、懇願するように囁き掛ける。

本当なら 『待ってくれ』 と言うのは真島の方。
しかし今の2人では、何が何でも抱いてくれと真島が言い出しかねない。
手を出さないなら別れてくれと、口にするかもしれない・・・。

「・・・そんなんじゃまた・・ また俺だけ・・・情け無いだろっ・・・」
甲斐が危惧していたとおり、真島はいつ治るかも分からない自分の病気と自分自身を責め始めた。
心の中ではどれほど自身を恨んでいるか知れない。

真島は言葉の間に切れ切れに息を引きつらせて、涙を呑んでかみ殺している。

「・・・私がそうしたいんだ、頼む 裕紀」
甲斐は精一杯の気持ちを込めて、真島の耳元へ言葉を送り続けた。
8年待てたからこそ、本当の自分を取り戻した真島に 自分を受け入れてもらいたい。
その思いだけだった。
「・・・何でっ・・・そんなこと、するんだっ・・・やめてくれよっ・・・ッ」
甲斐を責めているようにも聞こえる苦しそうな真島のその声は、実は呪わしい自分へ向かって投げつけられている。
応えられない自分が許せずに、もう何度も痛みを感じている古傷へ自ら新しい痛みを孕ませようとして・・・。
「・・・私は最初からそのつもりだったんだ」
甲斐は少しだけ体を上げて、肩越しに真島の顔を見ながら言った。
「・・・何でだよ・・・何でそんなこと、するんだよ・・・ッ」
真島は堅く目を閉じて眉を寄せながら涙を流していた。
「・・・君の病気の事を知った時から、そう決めていた。それからずっと調べているんだ。絶対に治る方法があるはずだ」
甲斐の言葉に、真島の目がパっと見開かれた。
「・・・そんな事・・・今まで何も・・・言わなかったじゃないか」
初めて聞かされた事実に真島はあからさまに驚いて、たどたどしく言葉を繋いだ。
「・・・裕紀は一生ものなんだ」
「・・・・何で・・・」
「・・死ぬ間際になっても治ってなかったら、その時は抱かせてもらう」
「・・・・・・そんなの・・・、無理に決まってるだろ・・・」
「・・・待たせてくれ、裕紀」
「・・・・・・バカだ・・・甲斐さん・・・」
肩越しに、涙を光らせる真島がもう一度 堅く目を閉じたのを確認して、甲斐は巻きつけた腕で真島の体を仰向けた。
なすがまま上を向かされた真島は、辛そうに目元を濡らしていてる時でさえ美しかった。
甲斐は両側から腕を差し込んで、真島の体を抱き締めた。
「・・・そう決めたんだ、裕紀・・・。許してくれるだろう・・・?」
「どうせ・・・俺の言うことなんて、聞かないんだろ・・・」
おそらくそれを伝えるのが真島の精一杯。
それでも甲斐には十分だった。
「・・・そろそろシャワーを浴びた方がいい」
「・・・ん」
真島の腕が首へ巻きついて来たと同時に甲斐は体を起こして、真島をバスルームの前まで運んでいった。


そして・・・。

「・・・またですか」
「役得だ」
「・・・自分やらせてもらえませんか」
真島は今日もまた、甲斐によって着替えをさせられる。
「まるでお姫様だな」
クスクス笑いながら靴下を履かせる甲斐に、真島が呆れ半分で応えた。
「・・・俺は自分でやりたいって言ったんですけどね」
「無理な相談だ」
真島の言葉など右から左、甲斐はシャツを着せスーツを着せて、ネクタイを締めていった。
「今日も奇麗だ・・・」
そしてそんな甲斐の言葉も右から左へ受け流して、真島は目を閉じたまま右手を差し出した。
「どうぞ、姫様」
出した手には鞄が持たされる。
「ハァぁー・・・」
「何から何までやってもらっておいて、溜め息をつくのは酷いだろう」
がっくりと肩を落とした真島と違って、今日も思い通りに着せ替えが出来た甲斐は上機嫌。
「俺は、自分で、やりたいって、言ったんですよ」
「スネてても可愛いな、裕紀」
「・・・もう知らん」
真島は甲斐を残してさっさと玄関へ向かった。

そして2人は小さな痴話げんかを繰り返しながら、新婚夫婦よろしく会社までの道程を共にした。
いつもと同じように会社に着いて、1階のロビーで別れようとした時・・・

「真島ちゃん!待ってたのよ、直ぐ来て!」
血相を変えたマリちゃんが、奥の方から大きな声を上げて真島を手招きした。

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