今夜、資料室で-10-

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胸が痛んでいるのだろう・・・、悔いているのかもしれない・・・。
声も上げず、ただ祈るように頭を垂れたまま、真島は目元を濡らし続ける。
そんな真島を覆うように抱きしめて、甲斐は黙って腕を撫で続けていた。

真島が寄せてくれた思いは、友愛なのか信頼なのか。
どちらにしても、自分が真島に寄せている愛情とは違うものなのだという事は百も承知だった。

それでも真島は、間違いなく大勢の中から自分を選び出して、苦しい胸の内を明かしてくれた事は事実なのだ。
その気持ちを思えば、求める想いを止める事など・・・ 出来なかった。

「そのまま じっとして・・・」
甲斐は右手を伸ばして真島のネクタイの結び目に指を差し込んだ。
その指がシュっという音を2度3度立たせながら、真島の襟元からスルリとネクタイを引き抜いていく。
「目を開けては いけない」
頼りない真島の背中に寄せた胸が離れてしまわないように気をつけながら腕を解いて、甲斐は手にしたネクタイで真島の視界を遮った。
黙って下を向いていた真島が少しだけ身じろぎをする。
そんな真島を安心させるように、甲斐はもう一度だけ後ろからそっと抱きしめた。
「何も考えなくていい」
しばらく温かい体温を送り込んだあと、甲斐は音を立てないように真島の正面へ回り込んだ。
涙の痕が残る頬に両手を添えて、上を向かせる。
「今は全て、忘れるんだ・・・」
夢の中の物でしかなかったその唇は、妖艶な色香を放って甲斐を惑わせた。

「君が辛い思いをするくらいなら、 私を利用してくれたらいい・・・」
目元が隠れて表情が全く分からない真島に向かって囁きかけて、甲斐は静かに唇を重ねた。

今 少しの間だけ、嫌な事は何もかも忘れてくれればいい───。


それはまるで蜜毒のようだった。
焦がれていた時間がそう思わせるのか、溢れ返る程の想いのせいなのか、触れても触れても触れ足りない。
一体どこまで許されるのだろうかと 畏れにも似た昂ぶる気持ちを押さえながら、甲斐は薄く開かれた唇の奥へ侵入した。

「・・・ンっ・・・」
真島は逃げもせず大人しく甲斐の舌を受け入れて、為すがままに身を任せてくる。
甲斐は静かに横たわる舌を見つけ出して、余すところ無く舐め上げながらその甘さを味わった。
やわらかな弾力を感じる根元の方も、微かにザラつく表面も、触れ合う場所は どこもかしこも脳髄を蕩かす蜜の味がする・・・。
「・・・っんっ・・・」
優しく舐め解して絡め合わせれば 僅かながらも応えてくれて、そんな様子にも真島への愛しさは募っていった。
真島の中に鬱積した苦しみを奪い取るように、甲斐は陶然となってその舌を吸い上げた。
「・・・ンっくっ・・・」
際限なく溶け合うように深められるくちづけを、真島は甲斐の腕に縋って懸命に受け止めていた。
心寂しい思いをしている真島を宥める為に、少しだけ温もりを分け与えるつもりだった くちづけは、今や甲斐の中の欲を昇華させる為の行為に完全にすり替えられてしまっていた。
思うまま、欲しい分だけ味わい尽そうと、甲斐はどこまでも真島の舌を追いかけていった。
「・・・っんっ・・・っくっ・・・」
熱を帯び始めた二人分の忙しない吐息が漏れ聞こえて、いつ人が来るとも知れないオフィスでの妖しい秘め事に色を添えた。


やがて ギュっと握りこまれた腕の痛みにハッとして、甲斐は慌てて唇の拘束を解いた。
真島は口の両端を湿らせながら、眉を寄せて肩で息をしていた。
「すまない、 つい・・・我を、忘れて・・・」
嫌がられてしまったかと思って頬に手を添えると、真島は小さく首を横に振って応えてくれた。

決して恋人同士なのではない。
利用してくたらいいとは言いながら、身も心も弱り果てている所へ ただつけ込んだだけなのかもしれない。
それでもこの真島が自分にだけは心を許してくれているのだと思うと、心は温かく満たされていた。

「まだ 目を開けてはいけない、 絶対に」
祈るように言いながら、甲斐は両腕を真島の背に回してしっかりと抱き寄せた。
そしてそのまま手を伸ばして、真島の視界を覆っていたネクタイを解いて落とした。

目を開けている真島には、ほとんど正面からは近寄れない。
手を伸べるには背中越しでしか許されず、そうやってしか真島の存在を感じられない寂しさがいつもあった。
「温かい・・・」
気を失っている訳ではない正気の真島を、胸を合わせて抱きしめてみたいとずっと思っていたのだ。
真島の髪の香りが鼻腔を掠めて、肺の中までも快く満たされていった。

そのまましばらく抱きしめていると、腕の中に感じる真島の体が急にずしりと重くなった。
「真島、君・・・?」
どうしたものかと逡巡したあと、甲斐は恐る恐る体を離して真島の顔を覗き込んだ。

「何だ、そうか・・・」
甲斐は安堵の息を吐いて目を細めた。
静かに目を閉じた真島は、穏やかな顔をして眠りに堕ちていた。
常日頃からあれほど神経を尖らせている真島が 自分の腕の中に安らぎを見つけてくれたのかと思うと、また 何とも言えない喜びで満たされていった・・・。



◆=◆




・・・とても心地が良い。
全身に泥のように纏わり付いていた疲れが嘘のように消えている。
頭の上から指の先まで満たされた目覚めの感触は数ヶ月ぶりで、思わず笑みが出るほどだった。

が・・・・。

「おい、 ここ・・・どこだよ・・・」
見たことも無い部屋の景色が目に入って、困惑する脳から新しい疲れが沸いて出た。
「目が覚めた?」
そして後ろから掛けられたその声を耳にした途端、記憶が途絶える瞬間までが一気に全て思い出されて、更にひどい疲れに襲われる。
「・・・とりあえず、ご迷惑をお掛けしました。・・・・・・何で起こしてくれなかったんですか」
労わるような声がした方へ向かって、思わず憎まれ口をきいてしまう。
「ずっと眠れなかったんだろう?」
「・・・そうですけど」
真島に背を向けて、甲斐がベッドの縁に腰掛けた
「随分顔色も良くなっていた。良い目覚めだったろう?」
「・・・・・・そうですけど」
口を開けば 溜め息しか出ないほどに 落ち込んでいる真島に対して、甲斐はすこぶる機嫌が良い。
「君の事だ。一度起きてしまったら、家へ帰っても こんなにぐっすり眠れなかったはずだ」
「・・・・・・・・・そうですけど」
「断りも無く私が勝手に君の家へ上がり込むのは、嫌なんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・そうですけど」

「だから私の家へ運ばせてもらった。何も問題ない」
甲斐はベッドに後ろ手を突いて、胸を張って誇らしそうに言った。
「・・・あるって。問題おおありだろう・・・」

体も心も酷く弱っていたとは言え、甲斐に宥められているうちに思わず涙を流して、すごく情け無い姿を晒してしまった。
そして、それよりも、何よりも、
自分の事はスッパリ諦めてもらうつもりで過去の話を聞かせたのに、話しているうちに つい自分の方が弱ってしまって、流されるように かなり深いキスまで交わしてしまった。
・・・・・・どこもかしこも問題だらけだろう。

「君の役に立てて嬉しいんだ」
「・・・こういうのはおかしいでしょう?」
「言ったじゃないか。私を利用してくれていい」
穏やかな声で紡がれた甲斐の言葉が胸に痛かった。

「だからそれが・・・ 良くないって言ってるんですよ」
真島は甲斐の背中に向かって溜め息交じりに吐き出した。

自分の苦しさから逃れたいからと言って、甲斐の気持ちを分かった上でそれを利用するなど、許されるわけがない。
最初から、甲斐の気持ちに応えるつもりは無いのだから。

「だったら君は・・・ 私が待っている事を許してくれるのか?」
「・・・話をしたら・・・ 諦めてくれるんじゃ無かったんですか・・・」
「できない」
「約束が違います」
「必ず諦めるとは言ってない」
「・・・とにかくこういうのは、良くない・・・」

「でも君は・・・ 私なら話しても良いと、思ってくれたんだろう・・・?」
そこに真島も引っ掛かっていた。

なぜ甲斐には全て話してしまったのか。
つい流されたとは言っても、あんな・・・ 情けない涙を見せて、キスまで交わしてしまったのか。
どうしてそんな事になったのか、自分でも未だに説明がつかないのだ。
だからこそ余計に、甲斐が側に居るのは良くない事だと感じてしまう。

「睡眠導入剤だと思ってくれれば良い。君は私の腕の中が相当に心地良いらしい」
満足げに、ニンマリと声まで笑われて、真島の頭も沸騰した。
「とんだ送り狼ですね」
「キスも・・・良かったみたいだ」
「目隠しプレイの変態ヤロウですか」
「してるのは私じゃない。君だ」
肩を揺らして笑い始めた甲斐の背中めがけて枕を投げつけて、真島は呆れてベッドへ潜り込んだ。

やがて ずしりと重みが掛かって、羽根の寝具の上から甲斐の声が降って来る。
「眠ってしまえるほど気が休まるのなら、側に居させてくれないか。このままでは 君が壊れてしまう・・・」
この声も・・・ 本当に、良くない・・・。
なぜだか 野崎を思わせて、聞き慣れた声の感触に、思わず頷いてしまいそうになる。
「・・・俺はあなたの気持ちには・・・」
「今すぐ返事が欲しいわけじゃない。せめて君の役に立たせて欲しい、 お願いだ・・・・・・」
横から締め付けられる感触がして、それが抱きしめられているのだと分かった。

そしてこの日を境にして、真島と甲斐の間にはおかしな関係が出来上がってしまった。

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Comments

はじめまして。
こんばんは。
毎日更新、お疲れ様です。
BL初心者の「母」です。(娘には引かれています。)
冬実ちゃんの作品をとても気に入りました。
暴力がないし、描写がソフト、脇のキャラクターまで
しっかりできてて、最後がハッピーエンド。と~っても好みです。
毎日見てますので、頑張ってください。
でも、ほどほどにね。体が一番大事よ。


Posted at 2009.06.08 (20:59) by コマティ (URL) | [編集]
>コマティ様
ご訪問&コメントありがとうございます!
> BL初心者の「母」です。(娘には引かれています。)
いや、大変結構だと思います!脳の中までは誰も覗けません(笑w)
> 冬実ちゃんの作品をとても気に入りました。
> 暴力がないし、描写がソフト、脇のキャラクターまで
> しっかりできてて、最後がハッピーエンド。と~っても好みです。
あぁ・・・本当ですか、そう思って頂けますか。ありがとうございます・・・(感涙)
書いている本人が悲しい結末は好まないので、紆余曲折はありながも最後は楽しく終わりたいです、はい^^
> 毎日見てますので、頑張ってください。
> でも、ほどほどにね。体が一番大事よ。
おぉ・・ なんというお優しい言葉。これからも精進して参ります!
またのお越しをお待ちしております☆
Posted at 2009.06.09 (00:14) by 冬実 (URL) | [編集]
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