今夜、資料室で-5-

昼休みも終わり、3人が医務室から戻ってしばらくすると大きな変化が現れた。
陸の孤島とも呼ばれるほど閑散としていた資料室にひっきりなしに人が来る。
十数分で帰っていく者も居れば、数時間を費やしていく者も居た。

「マリさん、ここ実はすごく忙しい部署だったんですね!こんなところで仕事できるなんて、僕嬉しいです!」
数少ない仕事の1つである禁帯出の資料チェックを進めながら、水元は目をキラキラさせて喜んでいた。
「おっかしいわね・・・。こんなうるさいところじゃ無かったのよ?何だか落ち着かないわ・・・」
資料室側に1つだけ据え付けられた窓を見ながら、マリちゃんは首をかしげた。

俺のせいかよ・・・・・・

水元の資料チェックを手伝いながら、真島は心の中でひとりごちた。
窓越しに意味ありげな視線を向けられていることに真島は誰よりも早く気づいていた。
明らかに、自分がここへやって来た事を嗅ぎつけた人間が様子を伺いに来たとしか考えられない。

遠慮がちにサラっと振り返るのはまだいい。
遠くから粘りつくようにじっと見られている視線はたまらなく・・・気持ちが悪い・・・。

「じゃぁ真島さん、終わった分戻しに行って来ますね」
水元が数冊のファイルを抱えて立ち上がった時だった。
コンコンとドアをノックする音に続けて、男が一人、入ってきた。
「失礼」
「あ、甲斐さん!」
水元が嬉々として上げた声に真島の背筋が凍り付いた。
それは・・・ まずいだろ・・・!
「俺が行って来る」
真島は慌てて水元の手の中からファイルを取り上げた。
「え?だって甲斐さん来たのに行っちゃうんですか・・・?」
大きな目をパチクリさせながら真島と甲斐を交互に見ている水元の耳元で、真島は早口で言い放った。
「お前ほんとにバカだな。忘れたのか、俺が会えるわけないだろ?」
「あ・・・、そうか・・・」
水元の声を背中で聞きながら、真島は資料室へ直接繋がるドアを開けてその場を退散した。


「何であんなにおバカさんが勢ぞろいなんだ・・・。先が思いやられる・・・」
ブツブツと独り言をいっては溜め息をついて、真島はファイルの返却先を探しに向かった。
「それにしても・・・ 広いな・・・・・・」
人の背丈の2倍以上もある棚が 上から下までファイルや箱でびっしりと埋め尽くされて、1階フロアの3分の2のスペースを占有している。
整然と並べられた様子に関心しながらその棚を1つ1つ見送って、一番奥へ設置されている禁帯出資料のエリアへ進んでいるその最中だった。

「あの・・・真島さん・・・」
脇からひょっこり出てきた女子社員が真島の後ろをついてきた。
(来るな)
「何?」
歩みを止めず声だけ返事をする。
「異動、されたんですね」
(見たら分かるだろう)
「そうだけど。俺に何か用?」
「あの・・今度、ゴハン一緒に行ってもらえませんか?」
(そんな声出して俺になんか期待されても困る)
「年下はダメなんだ」
「あの・・・」
一人あしらって、進み続ける。

その先の棚の脇から、また違う人影がついて来た。
「真島君!あのさ、ちょっといい?」
(げ・・・、男かよ・・・)
「すみません、仕事中なんで」
早足になりながら返事をする。
「今日、皆で飲みに行くんだけど、真島君もどうかな?」
(俺を見るな・・・)
「酒は飲めません」
二人目にも歩みは止めず、また進む。

・・・・・・こんな所で遊ぶ暇があるんだったら仕事しろ。

「ね、真島さぁん」
(お前・・・粘っこい・・・)
「今 仕事中なんだけど」
「久々に同期で集まるの。皆が真島さんを呼びたいって言ってるんだけど・・・」
(知らん・・・ 見るな・・・)
「今日は気分が悪い」
三人目をクリアして・・・

「あ、真島君!」
(お前らっ・・・いい加減っ・・・)
「すみません、邪魔しないでください」
「少し、話がしたいんだけどさ・・・」
どいつもこいつもっ・・・

(お前ら・・・っ)
「仕事しろよ!!!」

静かな資料室の中に、突然 真島の雄叫びが響き渡った。
棚の間でいくつもの人影がビクっとして硬直する。
その光景を呆れながら目の端で確認して、真島は気にせず先へ進んだ。
こいつら全員・・・ バカだ・・・ 。


一番奥の目当ての一角、禁帯出の棚へ着いた時には人影はすっかり消えていた。
手の中のファイルの背表紙を見ながら返却場所を探して、1つずつ並びどおりに戻していく。
「仕事しない奴は帰れ・・・」
ブツブツと独り言をいっていたところへ ふいに横から相槌が入った。
「私もそう思う」
その声に、一瞬手が止まる。

あの男。
エレベーターから降りてきて、あからさまに纏わりつくような視線を向けて来た男。
2度も気を失わされたその気配は独特で、間違いようがなかった。

(この視線は・・・ 良くない・・・・・・)
「・・・だったら仕事の邪魔はしないでください」
その言葉をサラっと受け流して作業を続ける。
「君にそんな男らしい一面があるなんて知らなかったな」
関心しているような言葉に似合わず、声の端には笑みが含まれていた。
からかっているとしか思えない。
(何なんだよ・・・ この視線は・・・・・・)
「邪魔です」
ごく短く、冷たく言って、真島は尚も作業を続けた。
「助けてあげたのを、もう忘れた?」
恩着せに来たのか。
こっちは助けてもらって余計迷惑だ。
「先ほどは本当にお世話になりました。あやうく廊下で眠りこけるところでした」
「とても美しい寝顔だった。思わず時間が経つのも忘れて見入ってしまった」
おいおい・・・・・・
ネジが緩んでるのか?
どうしたらシラフでそんな事が言えるんだ。
「悪趣味ですよ」
どんな目で見られていたかと想像するだけでも悪寒が走る。
真島の手元にあったファイルが残り1つになった。
「もう少し、その奇麗な顔でにっこり笑って見せてくれると嬉しいんだが・・・」
顔を覗き込まれそうになって、真島は急いで背を向けた。
(寄るな・・・)
「嫌がらせですか」
最後の1つを棚へ戻して、真島は急いで引き返した。
棚の間をずかずかと大股で歩きながら、同じように大股で後ろをついてくる男を牽制する。
「思ったとおり、君は随分モテるな。それにしても心無いフリ方をする・・・・」
(この視線は・・・・・・)
「あなたには関係ないです」
「これから毎日あんなのに付き纏われたら君も大変だ」
(何なんだ・・・?)
「だから・・・あなたには関係ありません」
もう大変なんだよ。
そんな事は言われなくても分かってるんだよ。
「野崎君が居なくなってしまったから、ね」
「え・・・?」

真島の歩みがぴたりと止まる。
後ろの男も歩みを止めた。

「彼はまるで君を外敵から守るようにいつも目を光らせていた。それが無くなったから、君にヘンな虫が寄ってくる」
聡示が・・・居ないから?
「知らなかった?」
聡示が、本当にそんな事を・・・?
「・・・いい加減にしてください」
内心すごく驚きながらも、真島は背中越しに言葉を投げつけた。
「そうか・・・。君は何も知らずに守られているだけの、可愛いお姫様だったのか」

『何も知らずに守られていた』
その言葉にチクリと胸が痛みながらも、真島はまた前に向かって歩き出した。
「君のナイトはあと2年は帰って来ないそうじゃないか。こんな様子で2年も無事で居られるのか?」
(うるさい・・・)
「・・・あなた一体何のつもりですか」
苛立ちを募らせながら、真島はドアノブに手を掛けた。

「これでは君も大変だ。おかしな虫に喰われない為に、私が側に居るというのはどうだろう」
厚みのある声がやけに誇らしげにその言葉を告げた。
「いつの時代でも、奇麗なお姫様には年上の頼れるナイトがついているものだ」
(この人もバカか・・・)
「はぁ???」
あまりにも突飛な発言に呆れた真島は、ドアを開けながら思わず振り返ってしまった。

・・・しまった・・・!!
その男としばらく目が合って・・・、
やがて膝から崩れ落ちていく体を感じながら、真島はまた3人分の絶叫を頭の端で聞いていた。

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Posted at 2009.06.03 (22:54) by () | [編集]
>秘コメのMさま
おぉ!コメントありがとうございます!
> こんな場合
いえいえ おっけいです!(>▼<)ノ
冬実のナイショの場所へしまっておきました☆ご心配なく~☆
Posted at 2009.06.03 (23:07) by 冬実 (URL) | [編集]
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