天の川のむこう-58-

「どう・・・しよう・・・」
とうとう確信に変わってしまった・・・。
再会したあの日に感じた違和感は勘違いなんかじゃなかった。
「お兄ちゃんは・・僕のこと・・・、そういう風に・・・・・・」
あんな目で見られてしまったらもう疑いようがない。

キスのフリなんてしたのは・・・、そういうつもりがあるから。
野崎とのことをすんなりと理解してくれたのは、
高居も野崎と同じように自分のことを・・・求めていたから。

「お待たせ」
「ぇっ・・・あ、・・・うん」
乗り込んできた高居から目も合わせずにジュースを受け取って、ぎこちない仕草でシートに行儀良く座りなおす。
「カズ・・・?」
強張った上総の態度に高居が首をかしげた。
「・・・何でも、ない」
そんな気持ちを知ってしまったら、もう、普通になんてできない・・・。
ほんの数秒、不自然な空気と沈黙が二人の間を漂った。
「カズ・・・ホテル、帰ろう・・・?」
髪をそっと撫でられて、低く抑えられた声の方へ振り向くと上総の鼓動が一気に跳ね上がった。
見上げた高居の瞳の奥に、熱を帯びた雄の炎がはっきりと灯されていた。
「・・・お兄・・・ちゃんっ・・・」
その視線を処理しきれず、怖くなった上総はドアの方へじりじりと身を引いた。
そんな目で・・・見ないでっ・・・!
「お兄ちゃん、僕っ・・・」
上総が小さく声を発した次の瞬間、その声は体ごと高居の胸の中へ吸い込まれていった。
「カズお願い、まだ結論は出さないで」
運転席から身を寄せた高居が上総の腕をぐいと引き寄せて、その体を抱きしめていた。
「・・・お兄ちゃんっ・・・」
突然の行動に驚いた上総が身を引こうとすると、高居は更に腕に力を込めて上総を抱き寄せた。
「お願い、ちゃんと僕の話を最後まで聞いて。ここで答えを出してほしくないんだ」
耳元に唇を寄せて 熱を吹き付けながら 切なく言い募る高居に、上総の中の不安が破裂しそうなほど膨らんだ。
バクバクと暴れ出した鼓動につられるように焦りが増して、呼吸の端が震えだす。
もう高居は自分の気持ちを隠してはいない。
上総がそれに気づいていることも、分かっている。
「お兄ちゃんっ、離して・・・」
嫌だっ・・・こんなのっっ・・・!
身じろぐ上総の体を力任せに抱き込んで、高居は声を強めた。
「お願いだからカズ、最後までちゃんと聞いて」
上総が抵抗する力に比例して、高居の腕の強さも増していった。
ぎゅうぎゅうと締め付けられる苦しさから逃れたくて、上総は仕方なく頷いた。
それでも高居はまだ力を抜いてくれない。
「約束だよ?」
はっきりと、高居に知らせるように頷く。
高居はようやく腕の力を抜いて上総の体を引き離した。
「部屋に帰ったら・・・僕の気持ちを聞いて欲しい・・・」
コツリと額を合わせて囁いたあと、高居は上総の体をシートへ戻した。



「マズイな・・・」
一向に収束する気配の無い渋滞に捕まって、野崎と真島はホテルまであと数キロのところで立ち往生していた。
のん気なことを言っていた真島もフロントガラスの向こうの景色に眉を顰める。
「ホテルに入る前に捕まればいいが・・・。このぶんじゃ、無理かもな・・・」
真島の言葉以上に野崎の焦りは酷かった。
いつなんどき上総の身に危険が及んでもおかしくはない。
どうにかしてホテルへ入る二人を止める手段がないか、ハンドルを握りながら考えを巡らせる。
「・・・アイツの足を止める」
「止めるって、こっから一体何ができるんだ」
「考えろ」
「無茶言うなよ」
「・・・二人で部屋に入らせるわけにはいかない」
無茶は分かっていてもどうにかしなければ、上総が高居の手に・・・。
もしも力で押し切られたら、上総にはどうやっても勝ち目が無い。
「いや、待て・・・あるかもな」
そう言って、真島はおもむろに携帯を取り出した。
「何だ」
どんな名案かと野崎は勢い良く真島に向き直った。
「高居の、あの写真をシュガーちゃんに送る・・・」
携帯を開きながら、真島は真剣な表情をして野崎と目を合わせた。
「何だとっ」
「シュガーちゃんがどう判断するかは、俺にはわからん。もしあの子がお前が信じるとおりなら、足止めくらいにはなるかもしれない。だが高居に見つかれば・・・完全にアウトだ」
もし高居の目に留まれば、こちらが上総を追っていることも知られてしまうかもしれない。
そうなれば、上総との接触だけは絶対にさせまいと高居は懸命に策を練るだろう。
その時は今度こそ手も足も出せなくなる・・・。
「どうする?もう迷ってる暇は無いぞ」
真島の厳しい一言に、野崎は浅く頷いた。
「・・・分かった」
「どうせお前からじゃ読んでもらえないんだ。俺様が送ってやる」
意地の悪い笑みを浮かべて、真島は上総へメールを送信した。



『ホテルになんか着かないで・・・』
そう何度も心の中で繰り返しながら、上総は助手席で唇をかみ締めていた。
同じ部屋で二人きり。
今の上総にとって、これ以上恐ろしくて耐え難いものは無かった。
聡示さん───。
心細くなったせいか、しきりに野崎のことを思い出してしまう。
運転席に座っているのがあの人だったらどんなに良かっただろう。
どんな色の目をして見つめられようと、強引に腕の中へ引き寄せられようと、あの人なら・・・。
目を閉じて野崎の姿を思い浮かべているうちに、車は無情にもホテルへ着いてしまった。

のろのろと車を降りて高居の後をゆっくり歩いてついていく。
フロントで高居がキーを受け取ったところで、ポケットの携帯が振動した。
『助かった・・・!』
相手を確認する前に、上総は咄嗟に高居を呼び止めた。
「友達から・・・メールが来たんだ。ちょっと話してきても、いい・・・?」
とにかく今はこのまま部屋へは戻りたくない。
ポケットから取り出した携帯をヒラヒラと高居にかざして見せる。
「分かった。向こうのラウンジにいるから、終わったら来て?」
「先に戻ってていいよ」
「ううん、待ってる」
そう言い残して、高居は奥へ消えていった。

ロビーの片隅へ移動して、上総は小さく息を吐いた。
これで少しは時間が稼げたけれど、このまま ずっと待たせるわけにもいかない。
何かいい方法がないか、考えながらメールを開くと
「真島、さん・・・?」
登録されてないアドレスに続いて 『真島です』 の件名があった。

野崎のことを考えれば本当は無視しておいた方が良いのかも知れない。
それでも今は、とにかくこのメールに縋るしかない・・・。

開いて現れたやけに簡素な文面に、上総は首をかしげた。
『この写真が高居から聡示に送られてきた』
「お兄ちゃんが・・・何で・・・?」
自分の知らない所で 二人は実は顔見知りだった・・・?
二人の接点があるなんて野崎からも高居からも聞いた事がなかった。
どういうことなのか 上総にはまるで分からない。
頭の中が疑問符で一杯になって、上総は急いでファイルを受信した。

やけに重いファイルを開いて、
その内容に、言葉を失って、口も目も開いたまま・・・固まった・・・。
「コレ、・・・な、に?」
意味が・・・分からない。
高居とキス、して・・・・・・。
お兄ちゃんは・・・上半身裸で・・・、僕のシャツも・・・肌蹴ていて・・・。
・・・これ、キス・・・だけ?

上総はずるずるとその場にしゃがみこんだ。
そんな事をした覚えは無いのに、絶対にしていないのに、なのに、こんな写真が残っている。
だったらこれは・・・本当に起こったこと?
でも本当に、そんな覚えが無い・・・。
だったら お兄ちゃんは、どうして・・・こんな物を、持って・・・。
それにどうしてそれを・・・・・・聡示さんに・・・?

上総はショックで震える指を宥めすかして、真島の番号へコールした。
『でかした!』
電話に出るなり真島の威勢の良い声が飛び出して来る。
『ぁ、っあのっ!コレ何なんですかっ!僕こんなの知りませんっ・・・!なんでっ・・・あんな写真っ!』
電話が繋がるなり上総は半ばパニックになりながら真島に訴えた。
『本当だな?』
冷静に問いただす真島の声がとんでもなく憎たらしい。
『当たり前ですっ!説明してくださいっ!あんな写真っ・・・知らないのにっ・・・!』
『でもあの写真は本物だ。確かに高居から聡示に送られてきた。高居の家へ、行っただろ?』
高居から身を隠すように大きな柱に寄り掛かって、上総は潜めた声を荒げた。
『確かにっ・・・行きましたけど、でもっ・・・あの日僕はいつの間にか眠ってて・・・本当なんですっ・・・!だから僕あんなのっ・・・』
『・・・そうか、やっぱりな!』
一人電話の向こうで合点している真島の声を聞きながら、上総はまだ混乱していた。
『どういうことなのか、説明してくださいっ!』
『今、高居はどこに居る?』
『どこって・・・少し・・・離れたラウンジに・・・』
『いいか、これは確かに高居が撮ったものだ。君が寝ている間に写真を撮って、それを聡示へ送ってきた』
『でもっ・・・だって、何でそんなことっ・・・』
『君と高居がこういう仲なんだっていうことを聡示に知らせるためだ』
『そんなっ・・・僕お兄ちゃんとはそんなんじゃっ・・・』
『高居は君と聡示に別れて欲しかったのさ』
『ぇっ・・・!』
上総の中にビリリと大きな衝撃が駆け抜けた。

真島の言葉が意味すること。
今の上総には分かってしまう。

『聡示と別れたところへ割り込む気でいたんだ。高居は最初からそのつもりだったんだよ』
『でもっ!・・・じゃぁ、僕はっ・・・』
『聡示も君も高居にまんまとノセられたんだ。何を言われたかは知らないが、君が手に入るなら何でも良かったのさ』
淡々と告げられた真島の言葉は、上総を奈落の底へ突き落とした。
『今更そんなっ・・・! だって、僕はっ・・・』
あんな思いをしてまで別れたのは、一体何のため?
辛くて悲しくてどうしようもなく寂しい思いをしたのは?
忘れることに必死になってずっと苦しんできたのは・・・お兄ちゃんのため?
『あの雑誌、最後まで読んだ?』
『・・・読みました』
『だったらそういう事だ・・・』

そんなっ・・・!
何てこと・・・、してしまったんだろうっ・・・!

『僕っ、僕はっ・・・』
大きな間違いを犯してしまった───。
『分かったら、絶対に部屋には戻るな』
強く言い放った真島とは対象的に、上総の声はみるみるしぼんで小さくなった。
『無理、です・・・だってもうっ・・・』
時間の掛かる上総を気にして、高居が奥から歩いてきた。
座り込んだ姿を見つけて足取りが速くなる。
『僕・・・これから部屋に・・・』
・・・最初から、こうなる事を望んで全て仕向けられていた。
高居の気持ちを受け入れるつもりなんて無くても、あの目をした高居が、果たしてそれを大人しく聞き入れてくれるのか?
上総は今自分が置かれている状況をようやく理解していた。
でもそれは、考えれば考えるほど絶望的だった。
『だってもう・・・お兄ちゃんが・・・』
もう、表情が見えそうな所まで、近づいている。

『─── 上総っ?』

急に電話の主が変わって上総の心を引き戻した。

『っ・・・聡示さんっ・・・!』

うそ・・・

電話の先に聞こえたのは、間違いなく野崎の声だった。
『今そっちに向かってるんだ。必ず助けに行くから、待ってて』
芯のある強い声が頼りない上総の心に添え木のように寄り添った。
うな垂れていた心が頭をもたげて一筋の光を見つけ出す
『もう少しで着くんだ。僕らが行くまで絶対に諦めるんじゃない、いいね?』
聡示さんがこっちに向かってる・・・?
本当に・・・聡示さんが来てくれてる?
でも・・・もうそこまで・・・
『高居なんかに 触らせるんじゃない!!』
『聡示さんっ・・・!』
短く強く発せられた野崎の声───。
まだ繋がっている、そう心が共鳴したような気がした。
二人の心は今日までずっとずっと繋がっていた。
高居の目には決して留まらない深いところで、堅く、強く───。
『必ず行く。信じて、上総』
もう上総に迷いは無かった。
『・・・はい、聡示さん・・・』
数歩前まで迫った高居の足元を見ながら、上総はゆっくりと頷いて返事をした。

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