天の川のむこう-57-

ランチを終えた上総と高居は持て余した時間をドライブで潰していた。
ホテルから少し離れた開けた高台。
吹き降ろしの涼やかな風に揺られながら、遠くの方に霞んで見える町並みを並んで見下ろす。

「夜になる前に、カズにちゃんと謝っておきたいんだ・・・・・・ 7年前のこと・・・ 」
ガードレールに手をついて、高居は静かに口を開いた。
「お兄ちゃん、それは・・・もういいよ」
お互いに深い傷は負ったけれど、長い時間を掛けて癒やすことができた。
これからもそうやっていけば良いだけのこと。

「そうじゃないんだ。カズは・・・今も犯人を知らないんだよね?」
上総の方を振り返った高居は逆光になっていて、どんな表情をしているのか良く分からない。
ただその声が、とても丁寧に紡がれたような気がした。
「・・・知らないよ」
親類は誰一人教えてくれなかった。
祖父母に尋ねていたのも最初のうちだけで、いつの頃からか気にしないようになっていた。

「僕はあの日バイトに行ってたんだけど・・・」
「いいよ、もう止めようよ。いいから、お兄ちゃん・・・」
上総は高居の腕に手を掛けて、その続きを断った。
今日まで7年間も頑として知らされなかったことを、今 突然聞かされてしまうのは正直・・とても恐い。
だって・・・ 秘められる事には、 それだけの理由があるはず・・・ 。

「聞いて欲しいんだ。その為に、僕はカズに赦して貰いたくて、カズを探してたんだから・・・」
腕に乗せられた上総の手をぎゅっと握り返して、高居は乞うような眼差しを向ける。
「誰からどんな事を聞かされたのかは知らない。だけど僕は自分の口でちゃんと説明したかった。ずっと・・・」
焼け跡の前で見た、憔悴していた高居の顔が奥に重なる。
走り去りながら背中で聞いた呻くような声が思い起こされた。
「お兄ちゃんは犯人じゃなくて、本当の犯人も捕まって、僕達はまた会う事ができて・・・ もうそれでいいじゃない」
もう一度古傷をこじ開けて、それを二人で慰め合って。
そんなことは意味が無い。
それに・・・昔以上の痛みを知ることになってしまうのも、嫌だ・・・・・・。

「一番悪いのは僕だ・・・ 犯人じゃない」
「え・・・?」
突然告げられた言葉の意味が理解できずに、上総を高居を仰ぎ見た。
ゆっくりと頷いて、悲しそうな顔をする。
「犯人は・・・ 彼女は僕の・・・ 恋人だった」
目元を苦しげに引きつらせたあと、高居は上総に向かって深く頭を下げた。
握られていた手のひらが両手で包まれる。
「恋人・・・って・・・」
上総は驚きの余り言葉を失った。
「僕のせいなんだ・・・ 赦してほしい、カズ・・・。 僕は酷いことをした・・・」
ゆっくりと頭を上げた高居の顔一面に悲哀が満ちていた。

高居の言葉に上総が受けた衝撃は、これまでの人生の中で間違いなく一番大きな痛みを伴った。
それでも、もう知りかけてしまった真実を・・・このまま放っておく事もできなかった。
「どういう・・・ こと・・・?」
心を決めて、声を出した。

「僕が家庭教師のバイトをしていた家の子だったんだ。好意を寄せられている事は知っていたし、僕も嫌いじゃなかったから、バイトを始めてすぐに付き合うようになった。高校生で、明るくて楽しい子だったけど・・・ 僕は間違ってたんだ。彼女は、僕の気持ちが最初から彼女へ向かっていなかった事に気づいてた。でも僕は・・・ 気づいてなかった」
高居はとても慎重に話を進めた。
上総はそれを、1つ残らず聞き漏らさないように必死に耳を傾けた。
「彼女と話す事っていったら、勉強の事か大学の事か・・・カズの事で、思えば彼女の事なんて、知ろうともしてなかったんだよ」
高居はまるで自分自身を嘲るように苦笑した。
そして直ぐにまた苦しそうな顔をする。
「だから僕が彼女を不安にさせて、たくさん辛い思いをさせた。それで彼女は・・・ とうとうカズの家へ火を付けた・・・。僕の気を・・・引きたかったんだ・・・」
「そんなっ!」
「こんな事をすぐに赦してもらえるなんて思えなかったんだ・・・。僕にも、時間が必要だった」

ただの愉快犯か何かだと思っていた。
そんな真実が隠されていただなんて、あの頃の自分にどうやって分かっただろう。
私怨・・・ 。
満たされない高居への想いが、彼女を放火に駆り立てた。
でもそんな・・・
そんな理由で・・・
僕は大切な家族を失ってしまった・・・?

「あの日・・・ 僕と彼女の両親は眠らされてたんだ。睡眠薬で」
「え・・・?」
「彼女は僕がカズと出かける事も知ってたんだ。話をしたからね。起きたら・・・もう待ち合わせの時間には間に合わなくて、僕は急いでカズの家まで引き返したんだ。そしたら・・・」
上総はコクリと唾を飲み込んだ。
「火の手が回り始めたカズの家の前で、焼ける家を見ながら彼女がぼうっと立ってた・・・」
高居は目を閉じて、顔を伏せた。
「見た瞬間はもうパニックになってしまって、本当にどうしたら良いか分からなかった。でも彼女と目が合って、そしたら、彼女は泣いてた・・・・ 。彼女が逃げていくところを、見てたんだ。姿が見えなくなるまで、ただぼうっと見ていて・・・・ 。そしたら、自分でも知らないうちに、長い時間が経ってしまってた・・」
『・・・ごめん、カズ』
そう言いながら、高居はもう一度深く頭を下げた。
「窓が割れる音がして、ハッとして慌てて通報した。おじさんもおばさんも助かって欲しかった。それに・・・カズだって家の中にいると思ったから・・・」
顔を上げて上総と目を合わせた高居の目尻には、涙が一筋流れていた。
「警察に連れて行かれたけど、僕はどうしても彼女の名前を言えなかった・・・。逃げて欲しいと思っていたわけじゃないよ。彼女には、自首して欲しかった・・・」
初めて見る、高居の涙。
また、大きな粒が流れていった・・・ 。
「もしかたら・・・カズの事も失ってたかもしれないんだ。僕はそれが・・・、それが一番怖かった・・・」
「お兄・・・ちゃん・・・」
「酷いよね。本当なら、彼女の事を一番に心配してあげなきゃいけない。だけど・・・僕はカズが無事かどうか、それしか頭に無かった・・・」
それから高居はうな垂れて、地面にいくつか染みを作った。
声も上げずただ涙を落として、時折 肩だけが小さく揺れた。
手を握り合わせたまま、二人はしばらく立ち尽くした。


「お兄ちゃん・・・涙拭いて・・・」
どう声を掛けたら良いか分からずに、上総は手を解いてハンカチを差し出した。
「ありがとう・・・」
受け取ったハンカチで涙を拭く高居を見ながら、上総は考えていた。
高居の傷は、まだ生々しく膿んでいる。
もう自分でさえあの時のことを思い出して泣く事など無くなったのに、高居は今でもこうやって涙を流してしまうほど深い悲しみを抱えていた。
「でも・・・これを聞いても、カズには自分を責めて欲しくない。自分のせいでおじさんとおばさんがあんな事になったなんて、決して思って欲しくないんだ。 悪いのは、彼女でもカズでもない。僕だよ」
ずっと自分を責め続けていたのかもしれない・・・。

「お兄ちゃんじゃないよ・・・」
上総は足元を見ながら言った。
「だって普通の人は、そんな事で・・・放火なんてしないよ。だから、お兄ちゃんが自分を責める必要なんて、無いと思う・・・。だけど僕は・・・犯人は赦せない・・・」
「カズ・・・」
「お兄ちゃん・・・ずっと辛かったんでしょう?そうやって・・・自分のせいだって、ずっと思って・・・・」
上総は顔を上げて涙を拭いた高居と目を合わせた。
「僕・・・その人の事は・・・赦せないけど・・・ お兄ちゃんのことは、責めたりしないよ」
「・・・カズ」
「僕もお兄ちゃんも、ずっと辛かったんだ・・・。だからもう、いいよ・・・」
『ありがとう・・・』 微かに聞こえた高居の声に、上総は頷いて答えた。

上総は両の手で拳を作って大きく息を吐いた。
「でも、一つだけ教えて・・・。どうして今年、この流星群を一緒に見に行こうと思ったのか・・・」
もうここまで来たら勢いでも何でも使って聞いてしまうしかない。
7年前の真実を聞いた後。
この流れでなら聞き出せる。
「今年は・・・観測向きじゃないよね・・・」
上総は問い詰めるように高居を見上げた。
「でもみんな・・・それを楽しみにしてここへ向かってる・・・」
上総の眼差しを優しく受け止めて、高居は静かに答えた。
「でも僕とは」
「・・・7年前と、同じ間違いを犯したくないからだよ」
次の瞬間、上総はハッとして目を伏せた。

こんな風に見つめられる感覚を知っている・・・。

でもそれは、高居のものじゃない。

ふいに抱きしめられるとき、深いキスが始まるとき、ベッドへ・・・抱きかかえられて行くとき・・・。
何度となくそんな色の目をして見つめられて、体の芯から熱くさせられた。
それは野崎の瞳の色。
求められる時の・・・目の感触・・・。

あの人なら心が震えるほど喜んだかもしれないこの感触は・・・
他の人から向けられると、どうしようもなく恐ろしく不安にさせられる・・・。

「カズ?」
呼ばれる声に目を伏せたまま答えて、上総は深く息をして乱れる心を整えた。
「喉渇いたね。そこの自販機で飲み物買ってくるから、車で待ってて」
「・・・わかっ、た・・・」
不安でいっぱいになったまま高居の背中を見送って、上総は車へ乗り込んだ。

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