天の川のむこう-55-

「だから人の話を最後まで聞けって言っただろうが。お前・・・ 救いようが無いな」
昨夜からの上総との顛末を野崎の口から全て聞き出した真島が、盛大な溜め息をついた。
隣で聞いていた藤堂も、若干呆れた様子で口を結んでいる。

「・・・何とでも言え」
「少なくとも俺があの子に会った時までは、高居とは何も無かったはずだ。それに例の記事も・・・結局読んではいるらしいが、それとは関係ないと自分で言い切った」
「上総は読んだのか・・・」
あまり良い気はしないが読んだのなら仕方がない。
どうせあれはカモフラージュの為のただの飾り。
しかしそれが原因で無いなら・・・・・・だったら何なんだ・・・。

「本来ならお前の男一人に俺たちがここまでやる必要もないんだが・・・」
いつもは使わない灰皿を、真島はテーブルの下からいとも簡単に探り当てて内ポケットからタバコを取り出した。
様になる手つきで1本咥えてライターを手に取る。
「今アレをばら撒かれると社としてもかなりマズイ」
ジュッという音に続いて炎が灯って、直ぐに煙が立ち昇った。
「アレ・・・?」
真島に目配せをされた藤堂が携えていた大判の茶封筒から写真を数枚抜き出した。
「高居が専務のことを調べていたのは分かっていましたが、業者側から高居へ提出された物を入手するのに時間が掛かりまして・・・」
目の前に広げられたものを見た野崎が途端に眉を顰めて悪態をついた。
「・・・クソッ」
そこに写されていたものは・・・
上総を自宅近くまで送り届けたその車中、離れ難く思うあまりに野崎がその唇を奪っていた瞬間だった。

天井へ向かって煙を吐き出しながら、真島はすらすらと言葉を並べる。
「あの子が脅されてるかもしれないのはあくまで推測だ。だがお前の立場を考えれば無くも無い。
それとは別にしてもこういうものが部外者の手にあるのは困る。
それでなくとも今の社内はまだガタガタなんだ。
お前の首が飛んだだけで済めば良いが、いま急にお前に居なくなられるのも少々問題がある。
どちらにしてもいい迷惑だ。
女の記事はただの冗談でしたで片付けることもできるが、あの子の記事はどうにもできないだろう?」
トントンと灰を落として真島は野崎と目を合わせた。

もしこの写真があの女たちと同じように利用されたとしたなら───。
肯定すれば何の罪も無い上総を無用な争いに巻き込んで公衆の目に晒すことになる。
かと言って否定して・・・・・・、否定する気はさらさら無いのだから結局は肯定するのと同義。
「あのクソガキが・・・」
よくもネチネチとこんなマネを・・・。
直接こちらへ仕掛けてくればいいものを、上総をああまで苦しめた罪はもはや万死に値する。
「業者側からは取引で回収することも可能ですが、個人的な恨みでもって悪用されるのは性質が悪い」
指先で軽く眼鏡を押し上げながら、藤堂が冷ややかな表情をして写真に目を落とした。

「まだ人様に目をつけられる身分のくせに、公道でこんな事をしたお前の自業自得だ。色ボケ野郎が」
自業自得・・・ 全くだ。
呆れてしまってものが言えない。
あそこまで上総を苦しめる要素を作り出してしまったのが自分自身だったとは・・・。
これじゃまるでシャドーボクシング。
上総には酷く辛い思いをさせてしまったが・・・、しかし、これで とうとう道が開けた。
上総を縛り付けてしまっているモノさえ分かれば高居には勝ったも同然。
高居の間には何もないのだから、奪ってでもその身を取り戻す口実ができた。

「どちらにしても、業者からは買い上げるしかありません。そのつもりで進めていますが、宜しいですか?」
今回ばかりは自分の勝手な行動が招いた惨事。
野崎は神妙な面持ちで藤堂へ向かって頷いた。
「それで構わない。面倒を掛けるが、頼む」
「承知しました。それで・・・高居が持っているものをどうするか、ですが。留守の間に家宅侵入するわけにもいきませんので・・・」
藤堂は真島と野崎を交互に見遣って意見を求めた。
「手間は同じだ。シュガーちゃんもセットでいいな?」
真島がタバコを灰皿に押し付けながら野崎を見上げた。
「そのつもりだ」
頷いて、野崎はニヤリと口角を引き上げた。




約束の昼前。
上総は言われていたとおりに1日分の着替えを用意して、出かける直前までベッドで横になっていた。
歩くのも覚束なかった体は徐々に回復して、走り回ることさえしなければ他は何の支障も無い。
玄関を出て5分もしないうちに、高居の車が横付けされた。

「お待たせ。乗って」
下ろした窓から爽やかな笑顔を覗かせた高居に頷いて、上総は助手席へ回って乗り込んだ。
「あれ・・・ カズ具合悪いの?顔色良くない」
シートベルトをつけた上総の髪を撫でながら高居が心配そうに聞いてくる。
「ちょっと・・・昨夜 お腹が痛かったから・・・」
苦笑しながら答えた上総の頬に手を添えて高居は助手席へ身を寄せた。
「もう平気なの?大丈夫?」
互いの前髪が触れそうになるほど顔を寄せられて、上総は戸惑いながらも笑顔を返した。
「うん。大丈夫だよ、平気」
「そう。辛くなったら言って」
高居も優しい笑顔を返して身を引きながら、添えた手でサッと上総の頬を撫で下ろした。
え・・・・・・?
「2時間くらい掛かるから、途中で休憩しようね」
明るく言った高居に上総は気を取り直して頷いた。
「あ・・・うん」
人差し指が離れていく瞬間・・・ たしかに唇の間を、なぞっていった。


「あれからどう?野崎さん」
週末の賑やかな交差点を抜けながら、高居が声だけで聞いてくる。
「うん・・・」
「まだ連絡ある?」
「ある・・・っていうか・・・」
まさか昨夜のことを赤裸々に説明するわけにもいかない・・・。
「・・・もしかして野崎さんと会ったの?」
言い淀む上総の様子に鋭い視線が向けられた。
「バイト先に・・・来てたんだ。それで、連れて行かれて・・・。人目があるから・・・仕方なかった・・・」
「カズ・・・」
徐々に尻すぼみになった上総の言葉に、高居が困った顔をして溜め息をついた。
「だってっ・・・ああするしか、なくって・・・」
会っちゃいけないっていうのは分かってたんだけど・・・。
ほぼ無抵抗のうちに連れて行かれてしまった自覚があるだけに、反論するにも俯きがちになってしまう。

「それで・・・野崎さん、何て?」

『本当の理由を・・・』
野崎の声が思い出されて胸にチクリと痛みが走る。
口を噤んでいるしかなくて、最後はあんな形で体を繋げることになってしまった・・・。

「別れたい理由を・・・聞かせてって、言われた・・・」
一瞬だけ、高居が上総の方を向いた。
「それで・・・カズはどうしたの・・・?」
上総は体ごと高居の方へ向き直って、自由のきいている左腕にそっと手を載せて謝った。
「ごめんね・・・僕どうしても他に・・・思い当たらなくて・・・。それで、お兄ちゃんの名前・・・」
「言ったの?」
「・・・・・・ごめんね」
「僕のこと好きだ、って?」
「・・・うん・・・ごめん」
「そっか」
沈み込んだ上総とは裏腹に、高居はにっこりと笑って声を綻ばせた。

「え・・・?」
「僕はいつでも構わないって言ったじゃない。そっか。それでカズが自由になったなら良かった」
満足そうな微笑みを湛えて、高居は上総の方へ少しだけ目を遣った。
「お兄ちゃん、迷惑じゃない?」
「そんなことない。僕とカズは何でも半分こできるからね」
「お兄ちゃん・・・」
高居に頼ってばかりいるのが心苦しかった上総は、相変わらずの優しい声に少しだけホッとした。
「じゃ、今日からカズと僕は恋人同士だ」
「え?」
「少なくとも、野崎さんの前では恋人同士でしょう?」
「あ・・・そう、なるのかな・・・」
「でも現恋人としてはちょっと不安だなぁ・・・」
現恋人・・・。
「何が?」
「カズはまだ野崎さんのこと、好きだよね?」
「それは・・・」
もうあの人のことは 『まだ』 とかそういう次元では無くなってしまっている。
たぶん、ずっと好き・・・。
「・・・そうだけど・・・」

「ちょっと携帯貸してくれる?」
「え?あ、うん・・・」
上総は言われるままに携帯を差し出した。
ウィンカーを点けて車を路肩に停車させると、高居は親指を慌しく動かて操作を始めた。
単調な操作を繰り返しているようで、たまに変わった動きをする。
「お兄ちゃん?」
何をしているのか分からない上総が声を掛けると、高居はにっこり笑って携帯を返した。
「これでもう大丈夫だよ。野崎さんからは電話は掛かってこない」
「えっ・・・」
上総は受け取った携帯を見て思わず声を上げた。
「困るの?」
「そう、じゃ・・・ないけど・・・」
もう、本当に掛かって来ない・・・?
「カズから掛けられなくても、平気だよね?」
「なっ・・・」
急いで携帯を確認すると、野崎の履歴は1つも残っていなかった。
アドレス帳にも・・・無い。
「お兄ちゃん、何もこんな事までしなくてもっ!」
「忘れてくれるって、約束したよね?」
「・・・そうだけどっ・・・でもっ・・・」

約束・・・。
何も言わずに野崎との写真を買い取ってくれた高居との約束。
あんな迷惑を掛けておいて、守らないわけにはいかないんだけど、でも・・・。

「でも・・・別にアドレスが残ってても何ともないのに。そんな削除とか、しなくても・・・いいのに」
「だってそのくらいしないと、いつまで経っても変わらないよ。それに普通は最初に削除するものだし。ずっと辛いのは、嫌でしょ?」
「辛いのは、辛いけど・・・」
自分からは電話もメールもするつもりは無いんだし。
いつか掛かってくることが無くなっても、アドレスだけは・・・残しておきたかった。
「今日は傷心旅行でもいいよ。捨てられるものから 早く捨てていった方がいい」
そう言って、高居は車を流れに戻した。

野崎以外の人間とはあまり使うことのなかった携帯の履歴は見事なまでに寂しく整頓されている。
家族と、高居と、たった数人の友人だけ。
消えちゃったんだ・・・。
鍵も指輪も返して、もう残ってるのはアドレスだけだったのに、な・・・。

でも結局・・・
どれだけ電話が掛かってきた所で話ができるわけじゃない。
どうせ忘れられないんだったら、せめて区切りをつける意味では これで、良かったのかな・・・。
高居の意図には気づかない上総は、やがて車の外に見え始めた長閑な緑の風景を静かに目で追っていた。

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