天の川のむこう-50-

翌日。
もう仕事も終わろうかという頃になって、野崎は高居から送られてきた写真の鑑定結果を真島から受け取った。
「写真は本物だ」
真島の声には応えずに、野崎は険しい表情をしたまま目の前の封筒を見ていた。
「正直俺は・・・ あの子が本気でお前と別れたいと思ってるんだったら、それでも良いと思ってる」
ソファーに深く腰掛けて、タバコをふかしながら真島が静かに言った。
「お前の事なんてキレイさっぱりフッてやれって、言って来た」
「何だと?」
野崎は真島の横顔をギロリと睨み付けた。
不祥事の事後処理で未だに忙殺されいて、面が割れて身動きの取りづらい自分の名代として送ったつもりが、真島はまるで正反対の事を言っている。
「別に相手が誰だろうと 始まりがあれば終わりがあってもおかしくはない」
さして大した事でもないように、真島はさらりと言葉を続けた。
「もしも 自分の意思で、本心からお前と別れることを望んでるなら、それを聞いてやるのも男だろ。追い掛け回すだけが能じゃない」
「・・・本心なわけがない」
野崎は封筒を手に取った。
無抵抗で高居を受け入れている上総の様子は、どうやっても説明のしようがない。
写真が本物だった以上、危惧していた最悪の事態が起こってしまったのだと、考えなければならないのかもしれない・・・。

だがこれは、決して 上総の本心ではない───。
写真が本物である事を認めながら、上総の心がまだ自分の元にあると主張することには 大きな矛盾があるとも言える。
しかしそれを分かった上でも、野崎は上総の心を失ったとはどうしても考えられなかった。

「それに。 お前にとってもその方が良いのかも知れない」
真島はちらりと野崎を見た。
「お前はあのくらいの年下相手になると途端に調子が狂うんだ。自分でも分かってるんだろう?」
野崎の眉がピクリと動く。
「あれこれ手を回して考え込んではドツボにハマる」
過去の一切を知られてしまっている真島相手では、野崎はぐうの音も出ない。
「おまけに今度は嘘までつかれて、古傷が同時に痛んで声も出ないか」
「・・・わざわざ嫌味を言いに来たのか」
真島からフイと目を逸らして、野崎は渋い顔をして黙った。

短くなったタバコをガシガシと灰皿に押し付けて、真島はドサリとソファーに背を預けた。
「だがお前は最初から・・・ あの子の気持ちを疑ってはいない」
真島のその声の中に、微かな笑みが交じった。
「お前の調子がいつも以上に狂ってるのは、あの子が年下の若い男だからじゃない。・・・本気だからだ」
振り返った真島と野崎の視線がぴたりと合った。
「だったら写真なんてどうでもいいだろう」
野崎は握り締めた封筒を見た。
ここまでの事実を突きつけられていても、野崎の中の結論は変わっていない。
例えこれ以上の事実が隠されていようともそれは同じ事。
上総を失うという選択肢は最初から無い。
「野崎聡示のくせにビビってんじゃねぇよ」
真島が言い終わると同時に野崎は立ち上がっていた。
「出かけてくる。後は頼む」
車のキーとジャケットを乱雑に取り上げて、あっという間にドアまで辿り着いた。
「おいちょっと待て、聡示!まだ話は終わってないっ!」
真島の制止を背中で聞き流して、野崎は急ぎ足で車へ向かった。

どれほど待っていても もう上総から連絡をしてくることは無い。
別れを言い出した以上 こちらからの電話も取るつもりはないのだろう。
上総の心は、まだ───。
「だったら直接 確かめるまでだ」
週末前の賑やかな通りを走り抜けて、野崎はフロートへ向かっていた。



閉店後の後片付けをしながら、上総は翌日のことを考えていた。

今年観測されるのは、最初に発見された時と同じ現象。
例年、天の川の一部のように姿を現しているこの流星群が、一定周期で奥に隠れて見えなくなる。
肉眼では見ることができない流星群を 皆がわざわざ観測しに行くのは、そこに秘められたエピソードがあるから・・・

【-永遠の絆で結ばれる-】
どれだけ資料を探ってみても、今年この時期を狙って観測する理由は、他に見当たらない。
発見した当時はまだ恋人同士だった学者夫婦が、晩年まで仲睦まじい間柄だった事から 別名 『恋人達に降る星』 とも称されて、この時期の観測に成功した恋人達は 永遠の絆で結ばれる という逸話が残されている。

これなら、100年に一度の現象とはいかないまでも、遠出をしてまで観測に行くには十分な説得力がある。
もう感じなくなっていたはずの 高居と再会したあの日感じた違和感が ふと胸をよぎった。
「考え過ぎ、だよね・・・」
きっと野崎とのことで気持ちが不安定になっているせい。
そう自分に言い聞かせながら、上総は片付けを終えた。
「じゃ、これで帰ります」
黒田に向かって一礼して、上総はいつものように裏口から店を出た。

脇道へ入ってすぐ。
少し歩いたその先に、見慣れた車が停まっていた。
「っ・・・」
上総は思わず息を呑んだ。
助手席側のドアに寄り掛かっていた人影が上総を見つけて、こちらへ向かってやって来る。
「聡示・・・、さん・・・」
何度見ても見惚れてしまう・・・。
もう二度と見る事はないと思っていたその姿は前よりも一段と凛々しくて、足の先までも魅力的で・・・
何度見ても 愛しい・・・。
そう思った途端、胸の上から押し潰されるような息苦しさに襲われた。

駄目だ・・・早く・・・
早くっ・・・どこかへ・・・っ!
どこかへ 行かなきゃっ・・・・・・!

そう焦っている間にも、野崎との距離がどんどん縮まっていく。

もう終わったんだ・・・っ
この人の側にいちゃ、いけない・・・!
どこかへ・・・消えてしまわないとっ・・・ 早くっ!

意を決した上総が後ろを向こうとした瞬間───

「上総」
柔らかい声が名前を呼ぶのが耳に届いた。
ふわりと温かいものが体の中に生まれて、上総を内側から包み込んだ。

どうして・・・
その声で・・・、その声で 名前なんて 呼ばないでっ───・・・。

その場に縛り付けられてしまっていた足を引っ張り上げて、上総はよろよろと後ろを振り向いた。
駆け出そうと数歩足を進めた所で、後ろからグイっと腕を掴まれる。
「上総っ!」
背中から聞こえてくる声に体を竦ませて、上総は後ろを向いたままブルブルと首を振った。
「・・・なし、てっ・・・」
掴まれた腕を強引に引き戻そうとしたところを逆に引き寄せられて、野崎の正面に体を向けられる。
「上総」
深い色をした綺麗な瞳に真っ直ぐに見下ろされて、上総は言葉を失った。
この瞳に、また、自分の姿が映ってる・・・
「来るんだ」
知らずに吸い寄せられてしまいそうになる体を、上総は両足で踏ん張って食い止めた。
もう終わったんだっ、この人の側にいちゃいけないっ・・・!
「・・・いやっ・・・ですっ」
掴んだ腕を引っ張って行こうとする野崎に、上総は首を振って抵抗した。
「話がある」
「・・・いやっ」
何とか腕を取り戻そうとして、それでもまた野崎に引き寄せられる。
「僕はまだ人に知られている。このままだと店にも迷惑かけるだろう」
冷静な声で押し切られて、上総は引きずられるようにして車まで連れて行かれた。
腰の引けている上総を、野崎は半ば強引に助手席に押し込めた。

密閉された狭い空間に野崎と二人きり。
辺りに満ちた重たい空気で思うように息ができなくて、今にも押しつぶされてしまいそうな胸が悲鳴を上げる。
「早く・・・帰り、たいんです・・・」
指の先が震えているのを隠すように両手で拳を作って、上総は下を向いたまま野崎に向かって言った。
「それは上総次第だ」
シートベルトをした野崎がゆっくりと車を出しながら応えた。
「お願い、です・・・」
早くここから出て・・・、一人になってしまいたい。
「上総次第だと言ったろう?」
大きな流れに車を滑らせて、野崎は車道を向いたまま応えた。
「帰して・・・ください・・・」
これ以上 二人で居たら、僕は・・・
「全部 話せば済む事だ」
「でも・・・、もうっ・・・僕達は・・・っ、」
「終わっていない」
ハッとして野崎を見上げた上総と、一瞬だけ上総を見下ろした野崎の視線がぶつかった。
「・・・上総次第だ」
二人の間の空気がピンと張り詰めた。
それからずっと沈黙を続けたまま、やがて二人を乗せた車は野崎のマンションに到着した。

目次へ...

Leave a comment

Private :

Comments

- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
12 02