天の川のむこう-49-

木曜日。
真島は高居から送られてきた写真の鑑定結果を受け取って、上総の大学へ向かっていた。
「出来すぎだ」
メールを見た瞬間は確かに驚いて我が目を疑ったが、冷静になって考えてみればあまりに出来すぎている。
上総が野崎に別れ話をして、それを待ち構えたように高居がさらって行って、駄目押しのようにあんな写真を送りつけてくる。
あれが送られて来たせいで、かえって高居の作為的なものを強く感じてしまった。

門の側で5分ほど待った時、真島は奥から歩いてくる上総の姿を見つけた。
「槙村上総君」
真島は軽く手を上げて上総に声を掛けた。
「真島、さん・・・」
驚いた顔をしてぴたりと止まってしまった上総の方へ向かって、真島はゆっくり歩み寄った。
「ちょっと話があるんだけど」
「これから・・・帰らないと・・・いけないんです」
「電話もメールもことごとく無視しといて、会いに来た時くらい話してよ」
野崎への仕打ちをチクリと指摘すると、上総は困ったような顔をして下を向いた。
「でも・・・」
「歩きながらでいい。すぐ帰るから」
真島は上総の肩を軽く叩いて促して、上総をおいて歩き始めた。

すれ違う学生の波が途切れたところで、真島は半歩後ろの上総をちらっと振り返った。
「聡示に飽きた?」
「え・・・」
上総の体がビクっと反応した。
「聡示の何が嫌なの?」
「嫌って・・・」
「あぁ、あれか。女の記事?」
「・・・あれは・・・別に関係ないです・・・」
「ちゃんと全部読んだ?」
「え・・・?」
「読んでないんだ。ま、あんな記事どうでもいいか」

結局あれは読んでたのか。
自分で見つけたのか、それとも高居が見せたのか・・・。

「あの・・・話って・・・」
「高居君とは順調?」
「真島さんっ・・・お兄ちゃんのこと・・・」
「知ってるよ」
上総の冴えない表情が一段と薄暗く曇った。
「彼の為に聡示を捨てたんでしょ?」
「捨てたって・・・そういう言い方・・・」
「大人しい顔して結構やるね」
「そんなっ・・・」
「男に慣れて、クセになった?」
「そんなっ・・・そんな言い方酷いですっ・・・」
上総の声ははっきりと分かるほどに気色ばって、その顔は怒りの様相を呈している。
「酷いのはどっちだよ」
「それは・・・」
「何にも言わないで聡示をポイッと捨てて」
「僕はっ」
「早々と高居に乗り換えたんだ」
「・・・・・・」
それまで勢いよく反論していた声が途端にしぼんで、上総はそのまま黙り込んだ。
「高居はなかなかカッコいいからね。彼氏にして連れて歩いたら自慢できるし?」
真島の面白がるような揶揄にも上総はキュっと唇をかみ締めたまま何も言わない。

否定しないのかよ・・・。
もしかしてマジなのか・・・?

「聡示より若いし気心も知れてるもんなぁ。やっぱり乗り換えて正解?」
「僕は・・・」
「高居はキスが自慢みたいだけど・・・。 そんなに高居のキスは上手かった?」
「何・・・言ってるんですか・・・」
「そのくらい教えてくれてもいいじゃない」
「そんなの・・・知りません」
「今度の彼氏のキスは 聡示と比べてどう?」
「止めてください」
「それとも、もう全部パックリ食べられちゃった?」
「もうっ、いい加減にしてくださいっ」
「もしかして聡示より体の相性が良かったんだ?」
「お兄ちゃんとはそんなんじゃないっ!!!」
・・・やっぱり、ね。

「ぁ、っ・・・」
いきなり大きな声を張り上げて、上総自身が驚いて言葉を失ってしまった。
怒りに任せて口を突いて出た言葉にあからさまに動揺している。

真島は歩くのを止めて上総の正面に立った。
うろたえながら落ち着かない様子の上総は下を向いたまま突っ立っている。
「だったら何で別れたんだよ」
「そんなこと・・・真島さんには・・・関係ない、です・・・」
関係ない、ね・・・
そりゃそうだけどさ。
「君が誰と付き合おうが俺には関係ないが、うちの専務が使い物にならないのは迷惑だ」
「ぇ・・・?」
「オイシイ思いだけしてやり逃げは良くないだろ」
「やり逃げって・・・そんな・・・」
「いつまでも聡示に気を持たせるようなことをするんじゃない。ヘビの生殺しみたいなマネはするな」
「僕はそんなつもりじゃ・・・」
「一度は付き合った男だ、最後まで責任持てよ。未練なんて微塵も残らないように綺麗さっぱり捨ててやれ」
「真島・・・さん・・・」
「何でもかんでも聡示や高居に甘えるのは良くないだろ、ちっとは自分で考えろ。じゃな」
「真島さんっ・・・」
真島はひらひらと手を振って上総の声に応えて、そのまま大学を出て行った。

停めてあった車へ乗り込んで、真島は鑑定から戻ってきた封筒に目を遣った。
結局 写真は本物だった。
起こった事は事実ではあるけれど、上総のあの様子を考えてみても、少なくともそこへ写っているものが合意かどうかはまだ分からない。

真島は携帯を取って藤堂に連絡した。
『はい、藤堂です』
『真島です。例の件、何か出てませんか?』
『具体的なものはまだ・・・もう少し時間が掛かりそうです』
『そうですか・・・』
『ただ、最近は槙村君ではなく野崎専務の方を探っていたようです』
『聡示を・・・?何のために・・・』
『真意は測りかねますが・・・こちらの方は業者を使ってますので、何か掴めるかも知れません』
『出来るだけ急いでください。じゃ』
通話を切って、真島は携帯を助手席へ放り投げた。
「こんなもんにビクビクしやがって・・・ 聡示も聡示だが、シュガーちゃんもシュガーちゃんだ」
乱暴に車を発進させて、真島はオフィスへ向かった。



バイトから帰った上総は一人部屋で考えていた。
大学へやってきた真島の態度。
別れる間際までは、いつになく強い口調で話す真島のことが恐いとさえ思った。
けれど時間が経つにつれて、あの厳しい言葉が 暗く曇っていた頭の中に新しい風を送り込んでくるように感じた。
霞の掛かった視界が開けてきて、自分の足元が見えるような気がする。

今の自分は先に進んでいるようで、実は何一つ前を向いてはいなかった。

定期的に掛かってくる電話に、いつまでも一人満足していても仕方がない。
高居に言われたままに動いているだけでは、この先ずっと何も変わらない。
この恋は自分のもの。
最後まで自分から動いていかなきゃ・・・ただ周りに流されているだけじゃ、始まりも終わりもないんだから。

そう思いはじめると、自分の力でちゃんと前へ進みたいと素直に思えた。
どんな小さいことでもいい。
今 自分で、何か1つでも・・・。

上総はふと高居にもらった資料を手に取った。
「これ・・・」

ずっと気になっていたこと。
7年ぶりに会いに来て、どうしてこの流星群でなくてはいけなかったのか。

「これならっ・・・」
上総は封筒の中の資料を勢いよく床にばら撒いた。
大量の写真とプリントを所狭しと並べて、目を皿のようにして1つずつチェックした。
観測の日時、発生地点、他の流星の運動。
今年、この日でなければならない条件。
何かこの中に・・・
過去のデータを何枚も比較しながら、上総は時間を忘れて没頭した。
絶対にあるはず。
でなければ、去年でも来年でもわざわざ遠出してまで観測する意味なんて・・・
「無い・・・」
手当たり次第に探しても、特に目新しいところは何も見つからず、どれを取っても特別では無かった。

「でも・・・それじゃ何のために」
上総は半分諦めかけて自分の本棚を探った。
手にしたのは両親に最初に買ってもらった分厚い本。
内容が内容なだけに値の張るものだったけれど、高居に手伝ってもらって両親を説得してやっと手に入れた1冊だった。
目当ての名前をインデックスから探してパラパラとページをめくる。
初心者向けの丁寧な解説を追いながら、右隅の小さな吹き出しに目が触れた時。
「・・・これっ・・・」
学術的な要素とは無縁の、数行の解説に釘付けになった。
この流星群が発見されることになった微笑ましい逸話。
別名:『-恋人達に降る星-』
上総は急いで今年の資料を探した。
他に考えられるものはもう何も残っていない。
もしそれが本当なら・・・
一番奥に隠れていた今年の予測ポイントの資料を取り出して、それは確信に変わった。
「やっぱりそうだ・・・ 今年じゃないと、見れない・・・」
この周期で考えるなら、発見された時と同じ現象が観測できるのは次はおそらく数年後。
直前に観測されたのはまだ中学生だった頃になる。
「特別だった・・ 」
一般人の気を引くようなロマンチックな恋物語。
そんな視点で考える事などなくなっていた。

もしそうだとしたら・・・
「だったらお兄ちゃんは・・・」
ばらばらに散らばった資料を真ん中で見下ろして、上総は胸の奥に小さな痛みが走ったような気がしていた。

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