天の川のむこう-47-

翌日の水曜日。
バイトが終わる時間を見計らって、高居は上総に電話をした。
『もしもし?』
『カズ?僕だけど』
『お兄ちゃん。どうかした?』
上総の声にはまだ張りが無い。
失恋の痛みに耐えながら、昨夜も一人で泣いていたのかもしれない。
『うん・・・。ちょっと困った事になって・・・』
高居は声のトーンをぐんと下げて、いかにも面倒な事が起こった様子を匂わせながら切り出した。
『困った事・・・って?』
『実は野崎さんに関係のある事なんだ』
『ぇっ・・・』
野崎の名前を出したと同時に上総の声が引きつった。
『電話では話しづらいから・・・ これから迎えに行ってもいい? 僕の家で話そう?』

カズは断れないよね・・・ 大好きな野崎さんの話なんだから。
一日も早く野崎さんの事は忘れて欲しいんだよ。
大好き大好きって連呼されるのも、結構 辛いんだ・・・。

一呼吸置いたあと、上総は緊張した声で静かに答えた。
『・・・・・・分かった。家で、待ってればいい?』
『いいよ。迎えに行くから、家の前で待ってて』
『・・・うん、待ってる』
上総の返事を確認してから電話を切って、高居は車に乗り込んだ。

別れたとは言っても、上総の心はまだ野崎を追いかけている。
会うたびごとにその想いの深さを見せ付けられてしまった。
揺れ続けている上総の心に終止符を打たせるには・・・ もう一押しが必要だった。

20分程 車を走らせて、高居は上総の家に着いた。
電話で約束したとおり上総は外で待っていた。
「急にごめんね。乗って」
助手席のウィンドウを下ろして、高居は上総を呼び込んだ。
「ううん・・・」
浮かない様子でたたずんでいた上総は言われるままにドアを開けて、力なくシートに身を預けた。
上総がシートベルトをしたのを見届けて、高居は車を走らせた。

「あれから・・・ 野崎さんから連絡あった?」
賑やかな街灯の中を縫い進みながら、高居はさりげなく二人の様子を探った。
「・・・あったよ」
「そう・・・。どのくらい?」
「・・・どのくらい、って・・・」
途端に切ない顔つきになって、上総は顔を伏せた。
「・・・たくさん・・・」
沢山、ね・・・。
「話した?」
「・・・取らなかったから、してない・・・」
「そうっか」
万が一にでも二人の間が元通りに・・・ などという考えは取り越し苦労だった。
そうでなくては困る。
こんなところで二人が絡を取り合うような事になれば、これからの計画が狂ってしまう。
「ごめんね、辛いこと聞いちゃって」
落ち込んだ上総に優しく声を掛けて、高居は車のスピードを上げた。

もうすぐだからね。
カズも野崎さんも、これ以上辛い思いなんてする必要ないんだ。
僕が二人を開放してあげるから───。


やがて車は高居のマンションに着いた。
二人で部屋に上がったところで、高居はごそごそとポケットを探り始めた。
「あれ・・・ 携帯忘れて来たみたい」
「車?」
「うん。ちょっと取ってくるから、カズ座って待ってて」
「分かった」
「あ・・・ 悪いけどカズの携帯貸してくれない?駐車場 暗いから、呼び出した方が探し易いんだ」
「いいよ、・・・はい」
「ありがとう。直ぐ戻るから、玄関の鍵掛けてね」
上総の携帯を受け取って、高居は急いで車へ戻っていった。

暗く静かな車の中で、高居は上総の携帯を開いた。
電話帳の中から目当ての番号を呼び出して、通話ボタンを押す。

『もしもし?上総?』
コールが始まってすぐ、今にも飛び付いて来そうな声がしてきた。
何とも甘く柔らかい声音に、高居の顔には薄ら笑いが浮かんだ。
『あ・・・ すみません。僕はカズじゃありません』
落ち着きを無くしている電話の向こうの人間を嘲笑うかのように、高居は至って冷静に応えた。
『誰だ』
さっきとは打って変わって、ゾッとするほど鋭く冷えた声が突き刺さってくる。
『初めまして、高居です。僕の事なんて・・・とっくの昔にご存知なんでしょう?』
『・・・高居』
電話先の声が一気に剣呑なオーラを発した。
『一言だけ・・・ 野崎さんにお願いがあって電話しました』
『上総に何をした?』
『もう彼氏でもなんでもないんですから、呼び捨ては止めてくださいよ。別れたんでしょう?』
『何だと?』
『カズから聞きました。野崎さんをフッたって』
『貴様 上総に何を吹き込んだ』
野崎の語気がいっそう荒々しくなった。
『別に何も。ただカズは現実を知っただけです。野崎さんが相手ではお互い幸せにはなれないって』
『ふざけるな』
『ふざけてなんていません。カズには僕の方がよっぽど似合いですよ』
『上総はお前には渡さない』
『でも・・・ カズは僕の方が良いみたいです』
『いい加減にしろ、上総を出せ』
『すみません、カズは先に僕の部屋に戻ってて今は側に居ないんです』
『上総を出すんだ』
『フラれたんですから、いい加減認めてくださいよ。もう野崎さんとカズは何でもないんです』
『でたらめを言うな』
『分かりました。カズも自分で言い出すのは辛いでしょうから・・・。後で証拠をお渡しします』
『・・・証拠?』
『カズの幸せを思うなら、野崎さんも僕達の事を応援してください』
『お前何を言ってる』
『最後には、カズは絶対に僕を選びますよ』
『何をするつもりだ』
『僕だって鬼や悪魔じゃないんです。ひどい事はしませんよ』
『今すぐ上総から手を引けっ』
『じゃ、お休みなさい』

野崎の返事は待たずに、高居は通話を終わらせた。
「野崎さんも相当だな・・・・・・。二人には、ちょと妬けましたよ・・・」
野崎を宛先にして件名も本文もないメールを作る。
「証拠ですよ、野崎さん。カズはもう僕のものなんです・・・」
上総の携帯に密かに移しておいた画像を呼び出して、そのまま添付して送信ボタンを押した。
数秒後、送信完了のメッセージが表示されて、高居は大きく深呼吸した。
「二人を応援してくださいね・・・」
電話の発信履歴とメールの送信履歴、保存しておいた画像を手早く削除して 高居はゆっくりと車を降りた。
「あとは・・・」
エレベーターへ乗り込んだ高居の胸は、歓喜にも似た高鳴りで満たされていた。


「ごめんね、遅くなって、足元に落ちてたんだ」
リビングで小さくなっていた上総に声を掛けて、高居は隣に腰を下ろした。
「ううん。見つかって良かったね」
人を疑う事を知らない上総は、優しい笑みで応えてくれる。
「携帯、ありがとう」
礼を言って上総に携帯を返して、高居はテーブルの上の封筒を手に取った。
「実は話っていうのは・・・ これなんだ」
封筒の中から数枚の写真を取り出して、上総の前に並べて広げた。
「これ・・・っ!」
並べられた写真を見た瞬間、上総の顔が一気に青ざめた。
あまりの驚きに言葉が続かない上総は、ただただ目を見開いて写真に釘付けになっている。
「野崎さんとカズが・・・キスしてるよね」
家の近くまで送り届けられた上総が、その車中で野崎とキスを交わしている瞬間を捉えた写真。
高居が上総と野崎との間を確信した1枚でもあった。
「お兄・・・ちゃん、なんで・・・」
声を震わせながら 悲壮な表情をした上総は、縋るように高居の腕にしがみついた。
「今朝・・・僕の家に届けられてたんだよ・・・」
静かに言って、高居は上総の手に自らの手を重ねた。
「大丈夫、僕意外には見つかってないはずだから」
「どして・・・?どうしてお兄ちゃんの所に・・・どうして、こんな、こと・・・」
上総はしがみつく手に力を込めてガクリと肩を落とした。
「多分だけど・・・。カズに野崎さんと別れて欲しいって思ってる人が居るんだと思う」
「でも・・・」
「もちろんカズはもう別れたから・・・これを送って来た人は、それを知らないだけかもしれない。それか、野崎さんの事を良く思ってない人なのかも・・・」
「え・・・?」
「野崎さんは大きな会社の重役だから、きっと敵も多いと思うんだ。こういう話題は・・・野崎さんの弱点になるから・・・」
「そんなっ・・・」
上総は高居を見上げたまま凍りついたように固まった。
「こういうのは カズ本人に送るより、僕みたいに周りの親しい人間に送りつける方が カズや野崎さんのダメージが大きいからね・・・。それで、きっと僕のところへ送って来たんだよ」
「そんなの・・・ひどい・・・っ」
「でもきっとこれが、野崎さんが住んでる世界なんだと思う・・・。こういうことを普通にしてしまう人達の、世界なんだよ・・・」
苦しげに眉を寄せていた上総は、痛みに耐えかねたようにぎゅっと目を閉じた。

これでもう・・・
カズは野崎さんを振り返る事を止めてくれるよね・・・。

「僕に・・・この写真を買い取って欲しいそうなんだ」
「それってっ、お兄ちゃんっ・・・!」
カッと目を見開いた上総は、慌てて高居の肩に掴みかかった。
「大丈夫。そんな大した額じゃ無かったし、第一カズはもう野崎さんと別れたんだから、一度きりで終わるはずだよ」
「でもっ・・!だって僕のせいで、お兄ちゃんが そんなっ」
「僕は大丈夫だから、落ち着いて」
掴んだ高居の肩を揺さぶりながら訴える上総の目から、次第に力が失せていった。
「なんでっ、ひどいっ・・・お兄ちゃんは・・・何も、関係ないのにっ」
少しずつ語気が弱まるにつれて体の力も抜けていった上総は、高居の肩から手を滑らせてそのまま胸の上に崩れ落ちた。
すかさず腕を回して、高居は上総の体を抱き留めた。
「それでカズが楽になるなら、僕はいいんだ。僕とカズは何でも分け合えるって、言ったよね?」
野崎との別れのせいで溜め込んでいたであろう深い悲しみと、高居までも巻き込んでしまった事で生じた新たな痛みに責め苛まれて、上総の体は一段と小さく震えていた。
「カズが辛いときも、ぜんぶ半分こだよ」
高居は上総の耳元で精一杯優しく囁きかけて、小さく震える背中を何度も撫で下した。
「でもっ・・・・僕は、僕は何も・・・できないのに」
上総の中から搾り出された一滴の声は、今にも消えてしまいそうなほど儚く響いた。
「カズも半分こしてくれるなら、それでいいよ」
「・・・ぇ・・・?」
上総は苦しそうに顔を歪めながら、おずおずと高居の胸から体を起こした。
「今度の週末。僕と一緒に行ってくれるよね? それでいい」
高居は少し乱れた上総の髪を梳いて整えた。
「でも、それじゃ・・・。だってお金・・・。お金は?」
「その代わり、カズもちゃんと野崎さんのことを忘れて。それで、半分こだよ」
「聡示さん、を・・・?」
「僕みたいな人を増やさない為にも、二人のためにも、それが一番なんだ。分かるよね?いつまでも・・・野崎さんを好きでいるのは良くない」
「でもっ・・・でも、僕はっ・・・!」
「カズ?」
「・・・僕、はっ・・・」
「半分こ、だよ?」
悲しく細められた上総の目元から、涙が静かに流れ出た。

「・・・・・・わかった・・・ お兄ちゃん・・・」
小さく頷いた上総の肩を抱き寄せて、高居は微かに微笑んだ。

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