天の川のむこう-45-

上総との間を容認するようなことを言って、表面上は理解ある 『優しいお兄ちゃん』 に徹しているんだろう。
こちらを油断をさせたつもりなのか、それとも他に狙いがあるのか・・・。
どちらにしても 高居は黒、 真っ黒だ。
「何だ、どういうことなんだ」
真島は野崎のデスクに腰を掛けて、タバコを1本咥えた。
「上総の家は7年前に放火に遭って両親を亡くしてる。高居はその火事の第1発見者だった。消防へも通報したんだが・・・」
「放火って・・・・・・」
思わずライターの火をじっと見て、真島はゆっくりとタバコに火を付けた。
「随分おりこうさんじゃないか。別に問題ないだろ」
「だが一度は放火の嫌疑が掛けられている」
「警察にか?」
真島が吐き出した煙を目で追いながら野崎は続けた。
「あぁ。 火事を発見してから通報までに時間が掛かっている。本人は、『あまりの衝撃に気が動転した』 とは言っているが・・・」
「火事の現場を見たんだ。普通の人間なら動転するのも無理はないんじゃないのか?」
「おそらくアイツは・・・通報するのに二の足を踏んだんだ・・・」
野崎はぐっと目を眇めた。
「放火犯はヤツの彼女だった」
「彼女?」
真島は勢い良く振り返って野崎と目を合わせた。
「それを・・上総にはまだ知らされていない」



「カズそろそろ起きないと、カズ?」
「ン・・・」
「カズ?起きて、カズ」
体を揺すられながら何度目かに名前を呼ばれた時、上総はようやく目を覚ました。
「れ・・・おに・・ちゃ・・?」
「カズ?」
ぼんやりと目を開いた上総は、優しい笑顔で見下ろしてくる高居の姿を見つけた。
いつの間にかベッドの上に移動して、すっかり寝入ってしまっていたらしい。
少し・・・頭が痛い。
「僕・・寝ちゃった・・・?」
ベッド脇にいた高居は腕を伸ばして まだ眠そうにしている上総の髪を何度か撫でた。
「ソファーで話をしてたら急に、ね。きっと泣き疲れたんだと思う。良く眠ってたから僕がここまで運んだんだ」
「そう、なんだ・・・。ごめんね、お兄ちゃん。せっかく・・・」
上総はノロノロと上半身を起こした。
落ち込んだ自分のことを気遣って家に呼んでくれたのに、当の本人は泣き疲れてぐっすり眠っていたなんて。
あんまりにも申し訳ない・・・。

すごく申し訳ないんだけど・・・どうやって眠ったか本当に覚えてない。
家に入って、ソファーに座って、おばさんのレモネードを飲んで、それから・・・

「いいんだって。それより、そろそろ起きた方がいい。大学行くよね?家まで送るから」
高居が指差した方に目を向けると、時計はもうすぐ7時になろうとしていた。
「ごめんね。今日は早めに出かけないといけないんだ」
「ううん、もう起きれるから・・・・・・。あれ?ボタン・・・」
シャツのボタン開けたっけ・・・。
「楽な方が良いかと思って僕が開けたんだ。ほんとは着替えさせてあげれば良かったんだけど」
そうっか・・・。
「そうなんだ・・・ありがとう」
「次は着替え持って遊びに来たらいいよ。じゃ、行こうか」
「うん・・・」
二人は高居の車に乗り込んで上総の家へ向かった。


上総は 助手席で朝の日差しを感じながら、動き出した街の様子を眺めていた。
知らない家で迎えた、昨日までとは違う朝・・・。
あのまま一人で夜を明かしていたら、絶対にこんなに落ち着いてはいられなかった。
思う存分泣いて、言いたい事を吐き出して、知らないうちに眠ってしまうまで高居と一緒に居られたことで、ぐずぐずに崩れそうだった自分を見失わずに済んだ。

いつになったら忘れられるかまだ分からない。
今でも聡示さんが大好きだから・・・。
だけど・・・二人が同時に幸せでいられる方法は、これしかなかった。
こうやって少しずつ、聡示さんのいない 聡示さんとは違う生活をしながら、 忘れて いかないと・・・・・・

「そういえばさ・・・」
上総がぼぅっと考え込んでいたところへ高居が不意に声を掛けてきた。
「ぇっ?」
高居は目の前の車道を見据えたまま 話を続けた。
「野崎さんに・・・何て言ったの?」
「何って・・・なに、が?」
「別れる時、カズは何て言った?」
別れるとき・・・
「それは・・・」
話なんて・・・そんなもの、できなくて・・・
だってすごく・・・苦しくて・・・、そんなもの何も・・・。
「指輪とマンションの鍵を、返して・・・・それで・・・『さよなら』 って・・・」
「それだけ?」
「え?」
「それだけしか、言ってないの?」
それじゃダメなの・・・?
『さよなら』 って、ちゃんと言った・・・
「どうして別れたいのか、言ってない?」
どうして・・・別れたいか・・・。
「言って、ない・・・」

そういえば、言いたい事だけ言って・・・最後は逃げた・・・
『さよなら』 って、それだけじゃ・・・ダメ?

「野崎さん、納得してないかもしれない」
信号待ちの合間、高居は上総に視線を向けた。
「『さよなら』 だけじゃ・・・」
ぐっと真剣な目つきをして、高居は上総の肩に左手で触れた。
「野崎さん、いつまで経ってもカズのこと引きずって、忘れられないよ」
「そんな・・・」
それじゃ・・・何のために別れたのか分からない。
「ちゃんと言ってあげた方が良い」
「ちゃんとって・・・」
「カズがどうして別れたいのか」

それは・・・幸せに、なってほし・・・
「例えば・・・他に好きな人ができたから、とか」
「え・・?」
「野崎さんの為に別れたなんて言ったらかえって心配掛けるし、野崎さんがもっと傷付くかもしれない・・・」
「そう・・・かもしれないけど・・・」
好きな人は・・・聡示さん、だけ・・・。
「せっかくもう少しで野崎さんが幸せになれるところなんだからさ」
「でも僕好きな人なんて・・・」
「僕は?」
「えっ?」
「僕ならカズの気持ちも事情も知ってるし、彼氏のフリくらいできるよ」
「でもそれは・・・」
確かにお兄ちゃんのことは好きだけど
だけどお兄ちゃんのことは、そういう風に好きなわけじゃない・・・。
「一緒に頑張るって約束したんだ。最後まで、カズが野崎さんを忘れてしまうまで手伝うって」
「でもお兄ちゃん・・・」
彼氏のフリって・・・
「よくある理由じゃない。もし野崎さんに聞かれたら、好きな人ができたって言ったらいいよ。それが理由なら野崎さんもあっさり諦めてくれると思う」
でもそんな事言ったら・・・、一番大事にしたい僕の気持ちは・・・
「そんな堅くならなくて良いって。もし聞かれたら、の話だから」
「でも・・・」
「僕の事は気にしないで。これも野崎さんのためだよ」
聡示さんの、ため・・?
フロントガラスの向こうに家が見えてきた時、ポケットの中の携帯が振動を始めた。

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