天の川のむこう-44-

一人取り残された野崎は、上総の後姿を目で追ったままの体勢で立ち尽くしていた。

『さよなら』
確かに上総はそう言った。
指輪とキーを残して、出て行った。

それは、つまり・・・

「上総・・・」
冗談でそんな事を言えるような性格じゃない。
これは間違いなく・・・ 別れたい という上総の意思表示。

「どういう、ことなんだ・・・」
あの日何があったのかを上総の口から全て正直に話してくれたなら、それで良かった。
例えそれがこちらの癇に障って 言い争いをしてしまうことになったとしても、こんな事は恋人同士によくある喧嘩の1つで終わるものだと、思っていた・・・。

一体、何がどうなったんだ・・・・・・。

「こんな終わり方を納得できるわけがないだろう・・・」
唐突にそんな事を言い出されて、すんなりと受け入れられる訳が無かった。
何一つ納得がいかない。
今日いきなり言い出したことも、理由を何も言わなかったことも、・・・酷く苦しそうな顔をしていたことも・・・。

辛そうに、今にも泣いてしまいそうな顔をしながら逃げるように出て行った。
その姿は、まるでそれが自分の意思ではないのだとでも言いたげに見えた・・・。
本当にこの関係に決別をしたいと思っているのなら、何か言いたい事くらい言ってもいいようなもの。

上総の気持ちが自分から離れしまっているようには、とても思えなかった・・・。

・・・まだ 愛してくれてるんだろう?
互いに想い合っている二人が 離れてしまわなければならない理由など、どこにもないじゃないか・・・。

「どうしてだ、上総・・・」
別れを切り出す側のほうが、
言い出した側のほうが 深く心を痛めてしまうことなど 分かりきっている。
そんな痛みを負ってまで 為さなければならない何かがあるのか?
隠さなければならない、何か・・・。

「何があったんだ」
水曜までは変わった様子は無かった。
夜の電話は嫌な切り方をしてしまったが、たったそれくらいの事で何も別れる必要はない。
金曜に話をした時は タクシーで帰るほど具合が悪かった所為か、最後まで覇気の無い声をしていた。
今日は・・・・やって来た時からずっと様子がおかしかった。
目を合わせようともせず終始緊張した面持ちで、これまでなら簡単に折れていた上総が最後まで口を割らなかった。

たった数日間の間に、上総の中で何があったんだ・・・

野崎は主を失って置き去りにされた指輪を握り締めた。
自分のものよりも一回り小さいその様子はまるで上総そのもののようで、見ていると記憶の中の可愛い姿が次々と思い出されてくる。

「もう離さないと言っただろう、上総」
上総はこの身の全て。
失うなど、絶対にあってはならない。
その全てを愛して、これから先の時を共に過ごしていくと心に決めていた。
「離さない」
上総も、そう思ってくれていただろう・・・?
このままでは絶対に・・・絶対に終わらせない。


野崎は携帯を取って藤堂を呼び出した。
「高居」
・・・全ては高居が現れてから。
考えれば考えるほど、全ての事が高居に繋がっているような気がしてならなかった。
7年越しの約束。
いくら仲が良かったからといって、当時大学生にもなっていた高居が、たかが中学生相手の約束を果たす為だけにわざわざ現れるのか?
雑誌の記事の件も、まだ腑に落ちないところがある。

高居と上総を繋ぐもの。
上総の心を取り戻すためなら、7年分でも10年分でも何もかも全て掘り返してこの目で確かめるまで。

それに・・・
『私だ。こんな時間にすまない』
『いえ、まだ社で用を・・・・・・何か問題でも?』
『調べて欲しいことがある。7年前のことになるが・・・』
『7年前?』
もうここを避けては通れないだろう。
『上総の実家に火を付けた犯人が知りたい』
『火・・・放火、ですか?』
『上総は知らない様子だった。急ぐんだ』
『分かりました。おそらく明日の午前中には間に合います』
『それでいい。頼む』
短い会話を終わらせて、野崎は静かに携帯を閉じた。

「どうして何も言わないんだ、上総」
金曜に何があったのか。
どうして別れようとするのか。
一人きりで・・・何を考えてるんだ・・・。
「・・・恋人だろう?」
そんなに自分は頼りないか・・・?
別れを告げられた事と同じくらいに、上総が何も話してはくれなかった事が寂しかった。
上総との間にある壁を、感じずにはいられない。
そしてその壁を・・・高居はいとも簡単に飛び越えて、上総に触れてしまうのだろうか・・・。

「上総、どうしてなんだ・・・」
野崎はソファーに体を預けてまんじりともせずに夜を明かした。




翌日。
野崎と真島はいつものようにオフィスで顔を合わせた。
「しかし・・・・・・野崎聡示がフラれるとはなぁ・・・」
「まだ決まったわけじゃない」
真島の気の無い言葉を野崎は憮然とした声で一蹴した。
「指輪も鍵も置いて出て行かれたのに、捨てられたとは思わないのか?」
呆れた様に真島が言う。
「上総の・・・意思じゃない・・・」
「お前バカか。シュガーちゃんが誰の意思でわざわざ自分の男を捨てるんだ?」
そう、なのか?
自分がそう思っていたいだけなんだろうか・・・。
上総は本当に・・・
「うるさい・・・」
いや、違う・・・
・・・絶対に。
「他の男ならともかく、お前が相手ならいくらでも いい思いができるだろう。それを捨てたんだ。決定的じゃないか」
真島の歯に衣着せぬ言い草に苛々としているところへ野崎の携帯が鳴り出した。

『私だ』
『藤堂です。昨日の件ですが、分かりました』
野崎の眉がピクリと動いた。
『・・・で、どうなんだ』
『えぇ。犯人は・・・』
犯人は・・・・・・

『何だって・・・・・・?』

急に 声を潜めた野崎に気づいて、真島が側まで寄ってきた。
『そうか・・・。急な依頼ですまなかった、戻ってくれ』
野崎は携帯を閉じてデスクに両肘を突いた。
「おい、聡示」
「あぁ」
やっぱりな・・・
クソガキめ。
何を誠実ぶった事言ってやがる。
「何笑ってんだ、お前」
「真島。間違いないぞ、高居は上総に惚れてる」
「あ?何言ってんだ。失恋のショックでネジが緩んだか?」
7年越しだろうが100年越しだろうが逢いにくるわけだ。
「話が見えないぞ、聡示」
「あのクソガキ・・・ 刻んでやる」
何を吹き込んだか知らないが・・・ 上総は誰にも渡さない。

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