天の川のむこう-43-

高居に抱きしめられたまま、上総は30分近く泣きに泣いた。
もはや誰のものでもなくなった上総をしっかりと抱きしめて、高居は例えようの無い幸福感を味わっていた。
胸元にしがみ付くようにして震える上総の姿は、高居の庇護欲をとてつもなく掻き立てる。

カズなら絶対にやれると思ってた。
可愛い可愛い僕だけのカズ・・・。

自由になったのは・・・、カズなんだよ・・・・・・。

上総は間違いなく自分から野崎を捨てた。
荒く不規則な呼吸の合間に漏れ聞こえる 『聡示さん』 という言葉に 上総の未練を感じながらも、もうじきこの二人の関係が完全に終わる事を思うと知らずに笑みがこぼれた。

カズがこんなに辛いんだから、野崎さんも・・・ちょっとは辛いのかな・・・?

含み笑いが声になりそうになるのを押し留めながら、高居は上総の髪の感触を愉しんでいた。
腕の中に感じる上総の体はすっかり力を無くしていて、少し体を離してぐっと背中を抱き寄せると、しなだれ掛かる様に身を任せてきた。

可愛いなぁ・・・。
可哀想なカズ。
とっても可哀想で、可愛い・・・。

今の上総には自分こそが支えであり、たった一つの道しるべ。
その全てを手に入れるのは、もう時間の問題・・・。

高居がうっとりと上総の髪の香りに酔いしれていた時、腕の中の上総がもぞもぞと動いた。
「カズ?」
腕の力を緩めてやると、何度も涙を拭いながら上総が少しだけ顔を上げた。
瞼を赤く腫らして俯いたまま、上総はようやく落ち着きを取り戻していた。
涙こそ流していないが、悲嘆に暮れて言葉も出ない様子は見るに耐えないほど痛々しい。
高居は上総の髪をそっと撫でた。

「ごめん、ね・・・」
「そんなの気にしなくていいんだ。野崎さんの事をちゃんと忘れるまで側に居るって約束したからね」
「・・・ぅ、ん・・・」
たった数時間前に別れを告げたばかりの上総は、まだ気の無い返事をしている。
ここまで泣きじゃくりながら『忘れられない』 と連呼している様子を見れば、そう簡単に気持ちにケリが付くとも思えない。
が・・・。
それを待っていても仕方が無い。
もう、7年も待った・・・。
正々堂々と上総を手に入れるチャンスがいま目の前にあるのに、みすみすこの機を逃す手は無い。

「ねぇ、カズ・・・。カズきっと今日は眠れないと思うんだけど・・・。どう?」
この後一人になってしまったら、どうせまた泣き始めてそのまま朝を迎えるに違いない。
いまの調子だと、明日の朝は人に会うのも憚られるほど目を腫らしてしまうだろう。

上総は何も答えずに、ただ苦しそうに口をきつく結んで高居を見上げた。
どこか諦めたような眼差しをしているのは、自分でもその自覚があるからだ。
「今日は僕の家に遊びに来ない?どうせ起きてるなら、一緒に居てあげるよ」
微笑みかけてやると、上総はおずおずと口を開いた。
「でも・・・迷惑に・・・」
「僕の事はいいって。この分じゃカズは徹夜しそうだからね」
人に迷惑を掛ける事を嫌う上総は、なかなか 『うん』 とは言わない。
「お兄ちゃんは・・・明日、仕事じゃない・・・?」
「気にしないでいいんだって。明日の朝送ってあげるから」
「でも・・・」
「こういう時は、誰かと一緒に居た方が楽になるんだよ。家に連絡して?心配すると良くないからね」
多少 強引なくらいが、上総にはちょうどいい。
「・・・そう、しようかな・・・。お兄ちゃん、ありがとう・・・」
素直に高居の申し出を受けた上総は口元だけ笑って答えた。
「カズの為だからいいんだ」

それに・・・野崎さんには少しお礼をしないといけないし。
遊び相手なんて腐るほど手に入るのに、カズに手を出すなんて許せないからね。
カズはもう僕の物なんだって、知らせておかないと・・・・・・。

高居が宥めるように上総の髪を撫でている間に、上総は家へ連絡を入れた。
「行こうか。車で来てるから、ちょっと歩くよ」
「・・・うん」
二人は駐車場まで連れ立って歩いて、高居の車に乗り込んだ。
ゆっくりと走り出した車はやがて大きな通りに入って、ライトの波に飲み込まれていった。



「広いね・・・。お兄ちゃん、ほんとに一人暮らしなの?」
車は20分ほど走って高居のマンションに着いた。
部屋は7階の1室で、一人には十分過ぎるほど広い3LDK。
いつか上総と一緒に住む事になっても不自由がないように、無理をして随分前に引っ越していた。
「そうだよ。広い方がいいから引っ越したんだ。前みたいに、いつでも遊びに来ていいからね」
「うん・・・」
「そうだ、カズあれ作ってあげる。ちょっと座って待ってて」
「うん・・・?」

きょとんとしたままの上総をリビングに残して、高居はキッチンへ入った。
買っておいた二人分のレモンを手早く搾って、ジュースとシロップを一緒にしてかき混ぜる。
「カズの分は・・・ちょっと特別・・・」
氷を満たしたグラスに注ぎ分けてマドラーで軽く混ぜ合わせると、甘酸っぱい香りが立ち込めた。

カラカラと音をさせながら、高居は2つのグラスを持ってリビングへ向かった。
そのまま上総の隣に腰掛ける。
「カズお待たせ」
「あっ・・・レモネードだ!」
高居の手の中にあるグラスを見た上総は、うつろだった目をパッと見開いた。
「よく作ったよね」
「懐かしいね・・・いい匂い・・・」
高居の家で遊んでいた頃、二人はよくレモネードを飲んでいた。
「カズたくさん泣いちゃったから、飲んだ方がいいよ」
「ありがとう・・・」
上総は差し出されたグラスを受け取って、新鮮なレモンの香りをさせているレモネードを1口飲んだ。
「おいしい・・・。おばさんが作ったのと同じだね・・・」
「カズ好きだったからね。母さんに作り方聞いたんだよ。上手に出来てよかった」
二人は笑い合いながら、エアコンが効いてくるまでレモネードで喉を潤した。


「カズ、野崎さんのことだけど・・・」
「・・・うん」
「今はすごく辛いかもしれないけど、別れて正解だったと思う。野崎さんと僕達とは・・・元々住む世界が違うから」
「それは・・・、僕も・・・分かってるんだ、けど・・・」
「時間が掛かっても、忘れてあげた方がいい」
「・・・でも今は・・・まだ・・・忘れる・・・とか、分からなくて・・・」
もう半分以上無くなったグラスを眺めながら、上総は沈んだ声で応えた。
「僕は・・・今でも・・・ほんとに・・・聡示さん、が・・・好き・・・んだ・・・」
「そうみたいだね」
「だ・・・ら、僕・・・ぁれ・・・?・・・何・・・か、ねむ・・・い」
「カズ?」
「ぼ・・・・・・く・・・」
「カズ?」
「・・・ぅ・・・」
「カズ?」
「・・・・・・」
「効いたみたいだね・・・」
高居は上総の手からグラスを取り上げて、上総の体を抱え上げた。
そのまま寝室まで運んで、ベッドの上に横たえる。

「カズが辛いのは分かってるんだ・・・」
高居は眠り込んだ上総のシャツのボタンを1つずつ外していった。
「野崎さんにも・・・早くカズのこと忘れてもらおうね」
全てボタンを外し終えると、シャツを両側へ大きく肌蹴させた。
「キレイだ・・・」
目の前に現れた上総の瑞々しく柔らかい肌に高居は目を細めた。
「寝てるカズを一方的に抱くなんてことはしたくないけど・・・」
高居は自分のシャツも脱ぎ捨てて、上半身を露にした。
「キスだけは・・・許して。7年も待ったご褒美が欲しいんだ・・・」
ダッシュボードの上に置いてあったデジタルカメラを手にとって、写りこんだ液晶の画面を確認しながらタイマーをセットした。

「今日からカズは僕のものだよ・・・」
上総の上に静かに体を重ねて、高居は上総の両手の指に自らの指を絡ませて手を握り締めた。
「カズ・・・愛してる」
高居の唇が上総の唇に重なった数秒後、小さな電子音に続いてカッとフラッシュが瞬いた。
しばらくそのまま唇を重ねて、高居は至福の時を愉しんでいた。

眠りの底に落ちた上総は、最後まで目を開かなかった。

「写ってるかな・・・?」
メモリーの最後から画像を呼び出して、高居はほんのり笑みを湛えた。
「カズも僕も・・・幸せそうだ・・・」
メディアを手早く抜き出してカードリーダーへ差し込み、高居は手早くパソコンへ取り込んだ。
「野崎さん驚くかな・・・。まだカズが自分のものだって思ってるかもしれないからね・・・」
精度を残しながら携帯サイズまで落とし込んで、加工した写真を携帯のメディアへコピーする。
「辛い恋を早めに終わらせるには、ちょっと手荒いくらいがいいから」
携帯で画像を呼び出して、再生できることまで確認した。
「キスだけで終わったようには・・・とても見えないよね・・・・・・」
胸から上だけが写りこんだ二人の様子は、まるで愛し合っている最中のようにも見えた。
高居は一旦携帯を閉じて、肌蹴た上総のシャツを元に戻した。

「僕は優しいから。カズが今でも大好きな野崎さんが、早くカズを忘れてくれるように手伝ってあげる・・・」
野崎の調査資料を取り出して、高居はうっすらと笑いながら眺めていた。

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