天の川のむこう-35-

♪ヴーヴー
手の中で震える携帯を見ながら、上総はまだ立ち尽くしていた。

野崎に言われた言葉が、あまりにもショックで・・・・・・。
会ってもいけない、話をしてもいけない。
それはもう命令と同じで、上総の意思など関係ないのだと言われたようなものだった。

「聡示さん、なんで・・・」
ついさっきまでは本当に、そばで寄り添っているような心地さえしていたのに・・・。
まるで暴君のような振る舞いをする野崎の考えは、上総には少しも理解できなかった。

まだ力無い大学生の自分と、もう人生の成功を手にしているとも言える野崎。
そう簡単に対等な付き合いができるとは思えないけれど、だからと言って、ただ言いなりになって体を動かす木偶の様な存在になりたい訳じゃないのに。

「聡示さんの気持ちが・・・」
わからない。
行き場を失った心を懸命に繋ぎ止めながら、上総は悲しみに暮れた。

これは・・・これはあの時と、同じ・・・・・・。

火事のあと、親戚中から 『高居君とは会うんじゃない』 と言われた。
自分の意思は何も汲み取ってもらえず、上から力づくで押さえつけてくるような言い方は、あの時と全く同じに思えた。
『引越し先が決まるまで会うな』 『引越し先は伝えるな』
結局 高居は無実だったのに、その隔たりが解けて前と同じように向き合えるまでに、7年も掛かってしまった・・・・・・。

また、同じ7年を繰り返してしまう・・・?

そう考えると、心の奥がズキズキと軋んで痛みが広がっていった。
高居も自分も もう十分傷付いて、また同じ痛みを味わう必要なんてないはずなのに・・・。

上総は、液晶の中に点灯している 【高居彰】 の名前を見つめた。
「お兄ちゃん・・・」
この痛みを共有できるのは・・・本当に共有できるのは、お兄ちゃんしかいない・・・。
あの時を一緒に苦しんで、何年も掛けて乗り越えてきた、二人にしか分からない。


そう、上総は思ってしまっていた・・・・・・。


上総は崩れるように床に座り込んで、通話ボタンを押した。
『もしもし、カズ?』
優しい声が聞こえてくると・・・もうダメだった・・・。
『お兄ちゃん・・・』
声の先が震えてどうしようもなくなってしまう。
『どうしたの?カズ、泣いてるの?』
『お兄・・・ちゃん・・・』
いつもいつも高居は優しくて、上総の行くところ、考えつく先、必ず先回りして待っていてくれた。
なぜだかそんな 淡く温かい思い出ばかりが蘇って、また胸がつまってくる。
『カズ?もしかして・・・野崎さんとケンカした?』
そう言えば・・・両親とつまらない言い合いをした時もこうやってよく慰めてくれた。
不満を全て吐き出して気持ちが落ち着くまで、根気強く話しを聞いてくれていた。

あの頃の高居のままで居てくれて、またこうやって話ができるようになったのが、本当に嬉しい・・・。

『平気だから・・・お兄ちゃん・・・』
『平気じゃないよ、カズ泣いてる』
『お兄ちゃん・・・』
『何か辛い事あった?』
ちょっと過保護で心配性なところも相変わらず・・・。
あの頃のお兄ちゃんのまま。

『もしかして・・・・・・僕の事、何か言われたんじゃない?』
『ぇっ・・・』
高居の思わぬ発言に、体までビクリと反応してしまった。
『野崎さんに、何か言われたんだね?』
『なんで・・・』
どうしてそんな事まで・・・分かってしまうんだろう
『カズの事なら何でも分かるんだよ』
高居の優しい声に交じって笑顔が見えるようで、上総はまた泣きたい気分になってしまった。
『何て言われたの?』
『それは・・・』
どんなに高居が優しくても、あそこまで警戒している野崎の態度を話してしまったら、きっと許してはくれない・・・。
『大した事じゃ、ないから・・・ごめんね』
上総はそれとなく誤魔化して返事をした。
『違うね。カズは嘘ついてる』
『ぇっ・・・』
『僕はカズの事なら何でも分かるんだ』
その声が伝わると同時に、高居の手が頭の上にポンと置かれたような気がした。
『お兄・・・ちゃん・・・』
今、たった一つだけ信じられる高居の優しさに、心が癒されていくようだった。

お兄ちゃんなら・・・・・・何を言っても大丈夫・・・。
きっとまた、一緒に乗り越えてくれる・・・。

『何て言われたの?』
『お兄ちゃんには・・・・・・会うなって・・・』
『それだけ?』
『家に来ても、話をしたらいけないって・・・』
『それで・・・おしまい?』
『言う事を・・・・・・聞いていれば、良いって・・・』
言った側から涙が溢れて、上総はヒクヒクと声を詰まらせてしまった。
『お兄・・・ちゃん・・・、僕・・・』
どうしたら・・・良いんだろう・・・

『野崎さんは・・・カズのこと、本当に好きなのかな?』
ひどく心配そうな声を出して、高居は上総に問いかけた。
『・・・ぇ・・・』
『だってカズのことまるで物みたいに扱って、こんなに泣かせてばっかりで』
『それは・・・僕が泣き虫、だから・・・』
『でもカズは僕と居る時に泣いた事なんてないよ』
『ぁ・・・』
『僕は泣かせたことない』
そういえば・・・
野崎と出会ってから、どれくらい泣いたか分からない。

『もしかしたら・・・野崎さんは、カズをそういう風に扱っていたいだけなのかもしれない』
『そういう・・・って?』
『ただ自分の言う事を聞かせて、逢いたい時に会って、豪華な食事とプレゼントを与えて、それだけ』
『そんな・・・』
それじゃまるで・・・
『大金持ちに囲われてる愛人、みたいだよね・・・』
上総の頭をよぎったものと、高居の口から出た言葉は・・・同じだった。

『愛人・・・だなんて・・・』
『だって僕とは会うなって言って、話もするなって言って、でも自分が会いたい時は僕と約束した日でも何でもお構いなしだ』
認めたくはないけれど・・・似ている。
そういう扱いをされている人と、今の自分は似ている・・・。
分不相応な指輪を贈られて、豪華なマンションの鍵を渡されて、人目を忍んで逢いに行く。
こちらの意見は聞いてもらえずに、ただ言う事を聞くだけ・・・。

でも、違う。
似ていても、二人は絶対に違う。
『でも・・・ずっと側に居るって言ってくれたから』
約束してくれた。
一番辛かった痛みを知ってくれて、何度も 『愛してる』 って言ってくれた。
『今みたいな・・・愛人みたいな関係なら、ずっと続けても良いって事なのかもしれない』
『でもっ・・・だって聡示さんは、僕の事恋人だって・・・』
互いが互いのものである事を心から望んで、誓いの指に所有の証を嵌めこんだ。
僕のものでいたいと、想ってくれている。
『言った事が全部本当になるの?』
『それは・・・良く分からないけど・・・』

上総の頭は混乱し始めて、何を頼りに道筋を作ればいいのか分からなくなっていった。

『カズは野崎さんのこと知ってる?』
突然、高居が低く落ち着いた声で切り出した。
『ぇ?』
『実は、知らせた方が良いかどうかずごく迷ったんだけど・・・』
『な、に・・・?』
『今のカズは知った方が良いかもしれない。本当の野崎さんが、どういう人なのか』
『本当の・・・聡示さん?』
本当の・・・?
どういうこと?
急激に鼓動が早くなって、上総の呼吸は乱れていった。
『明日会える?家で会うのがダメなら、大学でもいいから。僕が行く』
『でも・・・』
会ってはいけない、野崎に言われたその言葉が上総の中深く、息づいていた。

『カズも僕も、もう子供じゃない』
『お兄ちゃん・・・』
『あの頃とは、違うよ』
高居の言葉が上総の背中をドンと押した。
そうだ・・・。
ただ言われるままに過ごすしかなかった、あの頃とは違う・・・。

『・・・分かった。大学で、待ってるね・・・』
講義が終わる時間を告げて、上総は通話を切った。

本当の、聡示さん・・・・・・。

上総の無事を案じるが故にあんな事を言った野崎の思いにも、
上総を手に入れようと したたかに策を練っていた高居の考えにも・・・
この時の上総は、まだ気付けずにいた。

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