天の川のむこう-30-

「ありがとう・・・」
上総は高居の腕の中で小さく言った。

高居は昔から、周囲の大人達に 『良く出来た子だと』 ほめられていた。
野崎と自分のことを知っていると分かった瞬間、上総は絶対に軽蔑されると思っていた。
車の中で身を寄せ合っていた自分達を見て、人の道から外れたことをしている二人の事が人として許せない、と。
どんな残酷な言葉で非難されるのか を考えながら、上総は一人で勝手に沈み込んでいた。

だからこそ、高居が自分達の関係を肯定してくれた時は本当に嬉しかった。
『たとえ相手が男の人でも、気持ちが本気なら、愛することだって変じゃない』 そう、言ってくれた。
それは上総の気持ちそのものだったから。
だから、思わず涙が溢れてしまった。

「でも・・・」
高居は上総の背中を撫でながら溜め息をついた。
「カズがこんな寂しい思いしてるって、野崎さん知ってるのかな?」
「ぇ・・・?」
「カズ一人に辛い思いさせて、野崎さんはそれで平気なのかな?」
高居は上総の髪を整えるように撫でていった。
「だってそうだろう?良い事も悪い事も半分ずつだよ」
「あ・・・それ」
上総はハッとして、目を見開いた。
「思い出した?」
高居も懐かしそうに目を細めた。
「うん」
高居につられるように、上総も微笑みを浮かべた。

『半分ずつ』
それは、二人の間の決まりごとだった。
「遊ぶときはいつも・・・半分は勉強を教えてもらってたよね・・・」
「洋食が好きな僕のおかずと和食が好きなカズのおかずも、半分ずつにして食べた」
ふと懐かしい思い出が蘇って、二人は顔を合わせて笑いあった。
見慣れた角度から向けられる穏やかな眼差しは、昔と変わらず上総のことを優しく包みこんだ。
もう、上総の心は完全に開かれていた。

「そうやって・・・何でも半分ずつできるのが、恋人同士だと思わない?」
「それは・・・」
思えば、出合った頃から、自分の方は一方的に与えてもらってばかり。
何かを分け合うような、対等な関係には ほど遠い。
「それは・・・僕がまだ学生で、聡示さんが社会人だから・・・。聡示さんは会社の専務だし・・・」
「エリートで、育ちもいい」
高居が静かに付け加えた言葉に、さらに気持ちがふさいでいく。
「そう・・・なんだよね、きっと・・・」
直接聞いたことは無かったけれど、あの年で大きな企業の専務をやっているのだから、そうとしか考えられない。
それに、いつも余裕たっぷりで 洗練された雰囲気は、まさにそれを裏付けているようなものだった。
「何か、バランス悪くない?」
高居が何気なく言ったその言葉に、上総の心がチクリと痛んだ。

それは自分でもいつもどこかで不安に思っていたことだった。
野崎を好きになるほどに、本当に自分は相応しい相手なのかと心の隅で密かにつぶやいていた。
自分と一緒にいることが 野崎の為になっているのか、どうか・・・。

「でも、僕がいるからもう大丈夫。野崎さんとは無理でも、僕ならカズと何でも半分ずつ分け合えるからね」
落ち込んだ上総を気遣うように高居が明るい声を出した。
「彰お兄ちゃん・・・」
高居はぽんと上総の頭の上に手を載せて、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう、お兄ちゃん・・・」
上総は高居の言葉を額面どおりに受け取って、心から感謝の気持ちでいっぱいになっていた。
高居の言葉の裏側に、どんな含みがあるとも考えずに。

「再来週、すごく楽しみにしてるんだ」
高居は両手を後ろ手について、仰け反るように空を見上げた。
「100年に一度のあの時とはちょっと違うけど、きっと良い日になると思う。約束が守れて、本当に嬉しいんだ」
無邪気に笑いかけてくる高居を見て、上総の胸はぎゅぅっと締め付けられた。
「ごめん、お兄ちゃん・・・。僕、再来週は・・・行けなくなった・・・」
上総の言葉に、高居の表情がスッと曇った。
「もしかして・・・・・・、野崎さんと逢うの・・・?」
「・・・うん・・・」
高居の小さな溜め息が聞こえた。
「多分僕の方が先に約束したと思うんだけど・・・。そうだよね?」
寂しそうな高居の声に、上総は何も言えなくなった。
「もしかして・・・野崎さんに会うなって言われた?」
「ごめん、お兄ちゃん・・・ほんとに、ごめんね・・・」
上総は高居の腕をつかんで精一杯謝った。
ようやく前のように向き合えることができたのに、約束をふいにしなければいけないことが、とても辛かった。
それでも、野崎が見せたあの寒々しい態度を思い出すと、もう断るしかなかった。

「やっぱり、カズおかしいよ。一人で寂しい思いさせて、友達のことにまで口を出して、それって本当に大切な恋人にすること?」
「それは・・・」
辛そうに見つめ合った二人の間に、じっとりとした沈黙が流れた。
「・・・本当に、行く気が無いの?」
静かに聞いて来る高居に、上総はただ謝ることしかできなかった。
「・・・ごめんね、お兄ちゃん・・・ごめんね・・・」
申し訳無さそうに小声で誤る上総に、高居は 『分かった』 と一言だけ言って溜め息をついた。
「・・・今日はもう帰るよ。とにかく、また改めて話をしよう」
「ごめんね、お兄ちゃん・・・」
高居は苦笑しながら上総の髪を一度だけ撫でた。
「僕は、すっかり野崎さんに嫌われちゃってるみたいだね。また出直すよ。帰ろう?家まで送っていくから」
先に立った高居に促されて、上総も重い腰を上げた。
二人はあの頃のように連れ立って、上総の家までゆっくり歩いて帰った。
「それじゃ、おやすみカズ」
「おやすみ、お兄ちゃん」
そしてあの頃そうしていたように、高居は上総が家のドアを閉めるのを確認して背を向けた。


上総が野崎に自分の事を話していたのは意外だった。
あの上総の性格からして、口を割らされたと考えるほうが現実的だろう。
「本当に嫌われたんだな」
高居は一人で苦笑いしていた。
「二人では遊びにも行かせてくれない、か」
上総が自分のことをどこまで話したかは分からなかったが、確実に野崎には警戒されている。
「・・・時間は掛けられないな」
高居は車へ向かいながら、野崎と対峙する時がそう遠くないのを感じていた。

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