天の川のむこう-29-

日曜の夜、高居はもう一度上総のところへ向かっていた。
一人走らせる車の中で、愛しい上総に思いを馳せながら・・・・・・。

目を背けたくなるような事実だった。
上総の恋人は男。
オーダーのペアリングを左手の薬指に嵌めこんで、往来に止めた送り際の車中、キスを交わせてしまうほどの仲。
人目も気にせず、堂々と・・・・・・。
写真の二人は、まるで互いを引き寄せるかのように見つめ合っていた。

信じられなかった。
自分の半歩後ろを静かについて歩いていた、あの頃の上総からは想像もできない。
人の前に出ることや目立つことを一切嫌っていた性格を思えば、恋人がいることさえ誤算のうちだったのに。

「何でだ、カズ・・・何でなんだよ・・・・・・」
その言葉が、昨夜から繰り返し高居の口から溢れていた。
すんなりと認められるような事実ではない。
キスマーク・・・・・・
あの反応を思い出すたび、底知れないほどの嫉妬と怒りと悲しみが込み上げて高居を苛んだ。

「どうして男なんだ・・・」
たとえ恋人がいたとしても、女なら、女ならいくらか我慢できた。
そういう意味では、自分だって身奇麗なわけじゃない。
上総の髪や唇や体に触れる存在がいたとしても、それが女なら、それは自然の摂理なのだと黙って見過ごしてやれた。
それまでのことは全て忘れ去って、二人の新しい時間を育めば良いだけだったのに。

あの 『完璧』 を具現化したかのような野崎という男・・・。
女性遍歴はさることながら、男性遍歴も結構なものだった。
どう考えても愛されるのは上総のほう。
もう、上総の体も手に入れてしまっていると考えるほうが・・・自然だろう・・・。

「カズは・・・遊びで触れていいような、そんな奴らとは違うっ」
高居はギリギリと奥歯をかみ締めた。
世間に疎い上総を捕まえて、高い指輪を贈り、豪華な食事を与えて、当然の対価のように・・・その体を抱いたのだろうか?
「・・・そんなことは許さない」
金と美貌を持て余す大人の男が、後腐れの無い関係に興じているだけだ。
遊びは他でやってくれ。
戯れに上総に手を出すなんて、絶対に許してはおけない。
「カズは返してもらう」
まるで射るように前を見据えて、高居はぐっとペダルを踏み込んだ。



◆=◆



日曜の夜8時半過ぎ。
上総の行動パターンなら、バイトを終えてそろそろ帰宅する時間だった。
家の近くで待っていると、やはり駅から歩いてくる上総を見つけた。

「カズ」
出来るだけ驚かさないように呼び止める。
「お・・・兄ちゃん・・・」
高居の姿を見つけるなり、上総は息を呑んでぴたりと止まった。
昨日の今日、無理も無い。
「ごめんね、昨日も来たのに今日もまた」
立ち止まって微動だにしない上総に向かって歩いて、距離を縮める。
「・・・ぅん・・・」
顔も見ずに返事をして、上総はそのまま俯いた。
「ちょっといい?歩きながら話したい」
返事を待たずに高居は歩き出した。
そうする方が、上総は言うことを聞いてくれる。
「昨日見たんだ、車に乗ってる人・・・」
間違っても調査会社に依頼したなどとは言えない。
「ぇっ・・・」
上総は目を見開いて高居を見上げた。
その目元は苦しそうに歪んでいて、今にも泣き出すのではないかというほどに 困惑している。
「見るつもりは無かったんだけど、僕が居た所からちょうど見えちゃって・・・」
高居の言葉を聞いた上総は愕然とした表情を見せて、そして うな垂れるように下を向いた。

二人はそのまま暫く黙り込んで、近くの公園まで辿り着いた。
街路樹に覆われた人気の無い夜の公園は、しんと静まり返っている。
据え付けられていたウッドベンチを指差して、高居は身をかがめて優しく問いかけた。
「ちょっと座ろうか?」
青い顔をして俯いていた上総は、高居の労わるような表情に少しだけ安心したように頷いた。
「・・・ぅん・・・」
ベンチに並んで腰掛けて、やがて高居は静かに口を開いた。

「少し前にニュースになった人だよね?」
「ぅ、ん」
上総の緊張が、こちらまで伝わってくるような声だった。
「・・・指輪くれたの、野崎さん?」
心の奥底で煮え滾る炎の片鱗は決して見せないように、高居は極めて優しい声音で話を続けた。
「うん・・・」
答えた後、上総は自分の左手に目をやった。

思ったとおり、か・・・。

「いつから付き合ってるの?」
調査結果にもその記述は無くて、一体どのくらいの付き合いなのかが気になっていた。
「・・・・・・1ヶ月くらい、前から・・・」
渋々と、小さい声で上総は答えた。
「そう、なんだ・・・」
(なんだ、大したこと無いじゃないか)
たかだか1ヶ月の付き合いなんて、7年の月日に比べれば蚊に刺されたようなものだ。
(勝負あったな)
高居は一人で確信していた。
野崎がどれほどの男でも、やはり上総を理解してやれるのは世界中で自分だけなのだ、と。
そんな薄っぺらい付き合いで、一体、カズの何が分かるんだ。

「お兄ちゃんは・・・」
「うん?」
野崎に優位を感じた高居には 気持ちに余裕が生まれていて、さらに優しい表情を作って上総に微笑みかけた。
「僕のこと、やっぱり・・・・・・変だと 思う・・?」
泣きそうな顔をしたままの上総は、潤み始めた目をして すがるように高居を見上げた。
まだどこか幼い瞬間を見せていながら、その頼りなげに揺れる瞳の奥に危うい色を感じさせられる。
触れなば落ちん のその風情に、高居の中の雄がドクリと反応する。
(カズ・・・)
初めて見る様子に、一瞬 言葉まで忘れかけて、高居の目はくぎ付けになった。
そんな上総に これまでよりも 強く直接的な欲望を抱いている自分に気がついて、一度 深く息を吐いた。
「どうして?」
今にも牙をむき出しそうな自分の中の雄を押し留めて、高居は上総の肩に優しく腕を回した。
落ち込む上総を宥める風を装って、その手から伝わる温もりをしっかりと味わう。
「だって・・・・・・僕達は・・・男同士、だから・・・」
そこまで言って、上総の目からは涙がこぼれ始めた。
「そんなことない・・・・・・」
優しく労わるように言いながら、高居は両腕で震える上総を抱きしめた。

(カズ・・・)
腕の中に、確かに上総がいる。
高居の心も震えていた。
どんな形であったにしても、今こうやって、自分は上総を抱きしめている。
温かい体温を発して息をしている、生身の上総に触れている。
7年間。
ただ過ぎ去っていくだけの日々なら、どんなに楽だっただろう。
力ない自分に腹を立てながらひたすら耐えて偲んで、上総を愛して募る想いは身を焼くほどに焦げ付いた。

今度は、ちゃんと僕が守るから。
もう誰の力もいらない。
だからこっちを向いて。

「そんなことないよ」
高居は優しく囁いて、上総の髪に顔を埋めるようにして抱きしめた。
「人を愛する気持ちは・・・愛する人を想う気持ちは、偽れない・・・」
上総の甘い香りを吸い込みながら、高居は慈しむように背中を撫でてやった。
「たとえ相手が男の人でも、気持ちが本気なら、愛することだって変じゃない・・・」

変なんかじゃない。
だから僕を、好きになって。
カズを分かってあげられるのは僕しか居ない。

「隠しておかなくちゃいけないのが、誰にも言えなかったのが・・・、辛かったんだよね・・・」
小さい子供をあやすように静かに言葉を掛けると、上総は一度だけ高居の顔をみて、嗚咽を漏らして泣き始めた。
肩を揺らす上総を抱きしめながら、高居は心の奥で愛しさが膨らんでいくのを感じていた。

カズは今でも小さいカズのまま・・・・・・。
泣いてもいい。
怒ってもいい。
辛くても、悲しくても、その全てを僕が受け止めてあげるから。

高居は気づいていた。
上総がまだ野崎との関係に上手く乗り切れていないことを。
大人になっても人の本質はそうそう変わらない。
人と触れ合う事に、恋に不慣れな上総は、まだ戸惑いの中にいるに違いなかった。

やっぱり僕じゃないとダメなんだよね・・・カズ。
こんな辛い想いをさせておいて、恋人だなんてよく言える・・・。

「僕がついてるから、大丈夫だよ・・・」
高居はこの日確実に第一歩を踏み出して、本人も気づかない間に上総との距離は縮められることになった。

目次へ...

Leave a comment

Private :

Comments

- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
12 02