天の川のむこう-28-

上総は思わず右手で左手を覆った。
(どうしようっ・・・見られてた・・・?)
感情が読めない高居の眼差しは鋭くて、詰められた二人の間は、まるで真空になったように呼吸が苦しくなった。
「この前も、その指輪してたよね・・・・・・」
口調ばかりは優しく言いながら、高居は首を傾げて上総の瞳を覗き込む。
「左手の、薬指」
高居は隠された左手を半ば強引に取り上げて、上総に似合いのシンプルで繊細なデザインのリングを睨み付けた。
手を取られたまま、上総は無言の圧力のようなものを感じていた。
「カズこういうの趣味じゃないよね・・・・・・。それに、この指にするのは・・・・・・」
高居は親指と人差し指で上総の指輪を上下で挟んだ。
力を込めて潰すほどに摘んだ後、じわじわと引き抜こうとする。
「あのっ」
その様子を見ていた上総は思わず手を引き抜くように振り解いて、両手を隠すように後ろに回して組んだ。
胸を張るようになった反動で羽織っていたシャツの襟元が僅かに開かれる。
「カズ」
ふと、正面から浴びせられる声がいっそう冷ややかになった。
「・・・・・・見えてるよ」
高居は右手をついと伸ばして上総の首元を撫でていく。
「ぁっ!」
飛び上がるようにして慌てて退きながら、上総は撫でられた辺りを手のひらで覆ってそのまま俯いた。
(聡示さんの、痕・・・付いてる・・・?)
二人だけの秘め事を覗き見られてしまったような気がして、上総の鼓動はどこまでも跳ね上がった。
息苦しいままの辺りの空気に身動きがとれず、全身が凍りついたように固まった。
「恋人だよね」
冷めた笑いを滲ませて、高居は上総の顔をもう一度覗き込んだ。
「・・・あのっ・・・・・・」
何を言ったらいいのかどうしたらいいのか、上総の思考は停止してしまって何もできない。
むし暑い夏の夜風が二人の間をどんよりと掻き分けていった。
「別にいいじゃない、恋人がいたっておかしくないよね?」
一見、優しさを感じる高居の言葉に、上総はおずおずと顔を上げた。
「でも・・・こんなところに痕残すなんて、よっぽど・・・」
物知りた気に詮索するような目を向けられて、上総は声を荒げて高居の言葉を止めさせた。
「あのっ、これはっ!」
「何?」
「そのっ・・・・・・!」
「そんなに深くされたら、しばらく残るね」
「違う・・・これ、は・・・」
「何?」
「そう・・・、じゃなくて・・・」
「カズがそこまで否定したら、恋人が可哀想じゃない?」
上総は高居の言葉にハッとした。
次の瞬間、野崎の優しい笑顔が上総の脳裏に横切って、上総はそれ以上何も言えなくなってしまう。
嫌じゃない。
痕が残されていることも、そういうことをされることも、少しも嫌じゃない。

でもこれは・・・二人だけのもの、だから・・・。
二人だけの、大切な・・・・・・。
上総は野崎に思いを馳せて唇をかみ締めた。

「カズも相当、ってことなのかな・・・?」
言った後で、高居は寂しいほどに涼しく微笑んだ。
その瞳は、7年前、焼け跡の前で別れた時と同じ目の色をしていた。
「それはそうと、今日はこれを渡したくて来たんだ」
短い気をフッとついて、高居は大きな封筒を手渡してきた。
「再来週、見に行く流星群の資料。知ってる人が昔の貴重な資料をくれたから、カズに渡したくて」
上総は大きな茶封筒を受け取った。
手ごたえのある重みを感じながら、上総は野崎との約束を思い出した。
『断って』 野崎の強い口調に背中を押される。
「あ・・・僕、やっぱり再来週は・・・」
申し訳ない思いでいっぱいになりながらも、上総は何とか小さく告げた。
そんな上総を振り払うように、高居は背を向ける。
「今日はもう帰らないといけないんだ。また来るからね、それじゃお休み」
「あのっ!」
聞こえたはずの上総の声には振り向かず、高居はそのまま暗闇に消えていった。



高居と別れた後、慌てて家まで走って帰った上総は一目散に部屋に駆け込んだ。
一人静かな空間に落ち着いても、上総の鼓動はまだ荒々しく跳ねていた。
渡された封筒を机に放り投げて、そのままベッドへ飛び込む。
(どうしようっ・・・)

まだ、思考が停止してしまっているようだった。
高居は一体どこから見ていたのか、野崎の事が知れてしまったのか、まるで非難するように鋭い目つきで何を言おうとしていたのか、上総の脳は不安と焦りと恐れにぐるぐるとかき混ぜられた。
(あっ・・・!)
慌てて飛び起きてシャツを脱ぎ捨てた。
上半身裸になると、鏡の前に駆け寄った。
高居に撫でられた辺りを隈なく確認する。
(れっ・・・?)
無い・・・
何も、無い・・・・・・
1つだけ小さく痕が付いていたのは、高居に指されたのとは反対側の奥のほう。
他は全て服に隠れて見えないところに散らばっていた。
(どうしてっ・・・)
痕なんて、何も残ってない・・・・・・
(そんなっ・・・)
愕然とした上総は、鏡の中の自分の姿を凝視したまま、その場に膝から崩れ落ちた。




翌日。
高居は依頼していた資料が届くのを 今か今かと待っていた。
上総に恋人の存在を感じてすぐ、その相手の調査依頼を掛けていたのだ。
ちょうど居合わせたものの車から降りてくるところしか分からなくて、暗がりでは相手のことは何も確認できなかった。
指輪とキスマークの反応で上総と恋人の間柄は確実なものになって、高居の中では嫉妬の炎がメラメラと燃え滾っていた。

予定の時間、ポトンとポストに投函される音がして、高居は急いで玄関まで走った。
差出人もあて先もない大ぶりで厚めの封筒が、約束どおりに届けられていた。
『来た!』
中身が分からないように 何重にも封がされた荷物を、高居は逸る気持ちでびりびりと解いていった。

そこへ隠された真実が、どんな残酷なものとも知らずに───。


「・・・何、だ・・・?」
高居は添えられた写真と人物の調査結果を交互に見合わせて、大きな鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
「男、っ?!」
写真の中には、昨夜、送り届けられた上総が 野崎に唇を奪われている瞬間が撮られていた。
もう一枚の写真には、頬に手を添えられてうっとりと目を潤ませる上総が写し込まれている。
資料を握り締める高居の手が、わなわなと震えた。
「カズっ・・・何でだっ・・・!」
女だと思っていた。
年上で、仕事をしていて、上総と同じくらい温和で、どこにでもいるような女だと思っていた。
『野崎聡示』
学歴も肩書きも収入も非の打ち所が無い。
こと見場に至っては、男の自分の目から見ても際立って惚れ惚れするほどだった。
30代前半という勢いのある男盛りの野崎は、イイ男を地で行くヤツだった。

「コイツとっ・・・」
指輪を贈ったのは、この男で間違いない。
カマを掛けたキスマークの反応を思い出すと、また、わなわなと全身が震えだした。
高居はソファーに身を投げ出した。
「クソっ・・・」
天に 二物も三物も与えられた野崎。
絶望的な思いを胸に、高居はもう一度野崎の情報に目を通した。
野崎の経歴は見れば見るほど完璧だった・・・・・・が。
「ん・・・?」
たった一つ、きらきらと輝く野崎の足元に落ち込んだ影を見つけた。
「そうか、これだっ!」
数週間前、世間を揺るがした大事件の当事者として、野崎は顔が知られる存在だった。
「どうりで、どこかで見た顔だ」
もう今更、上総と野崎との事はどうにかできる訳ではない。
しかしこの男のおかげで、上総は男を恋愛対象にすることに抵抗が無いのも事実。

「勝機はある・・・」
高居は一人ほくそ笑んで、もう一度写真の男に目をやった。

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