天の川のむこう-25-

ギラリと光る眼差しで刺すように見下ろされて、上総は野崎の腕の中で震えるほどの畏怖を感じていた。
脇と膝裏に差し込まれた両手は上総の身体に食い込むような強さで掴み掛かっている。
青白く燃え盛る炎が野崎の体じゅうから放たれて、上総は声さえ出せずに縮こまっていた。

優しい声音で甘い言葉を囁くいつもの野崎は、今はどこにも居ない。

大股で、ドスドスと腹の底まで響く大きな足音を立てながら寝室に入った野崎は、ベッドの中央に上総を横たえた。
「逃げるなよ」
低い声と鋭い視線で上総を拘束しながら、野崎は部屋中のカーテンを閉めて回る。
厚い遮光の生地は陽の光を全て食い止めて、夕方にもならない時間だというのに部屋の中はほの暗く沈み込んでいった。
カーテンのレールがサーッという音を立てるたびに、外界と2人を繋ぐものが断ち切られていく。

逃げたくても逃げられるわけがない。
昨夜の永く熱い交わりの名残りが まだ力強く上総の体を支配していて、自分一人では思うように動くとができない。
その上、氷柱のように冷たく鋭い野崎の言葉と眼差しが、息が苦しくなるほどに上総を竦み上がらせていた。
最後に入り口のドアまで歩み寄るとガチャリと鍵を掛けて、野崎はゆっくりとした足取りでベッドへ向かってくる。
内側では轟々と音を立てて火柱が上がっているはずなのに、その表情は落ち着き払っていて少しも慌てる気配がない。

怖い・・・ こんなの、聡示さんじゃない・・・・・・。

一歩一歩近づかれるごとに、胸を押さえつけられるような息ぐるしさに襲われる。
何を考えているのか分からない寒々しい野崎の視線に、上総は自分の体を抱いて耐えていた。

野崎はベッドへ乗り上げると、体を小さく固めていた上総の肩をトンと突いた。
上総の体はバランスを崩してそのまま倒れて、野崎はその上に遠慮もなしにドサリと被さる。
「そ・・・、じさ・・・」
上総は声の先まで震わせながら、恋人の名前を呼んだ。
「会うのはやめるんだ」
野崎は深々と冷えたままの声で静かに言った。
今にも泣いてしまいそうな程に怯えきっている上総の表情を見ても、野崎は少しも表情を崩さない。
「ぁのっ・・・・・・聞いて・・・、ください・・・」
落ち着いて話を聞いて欲しくて、上総は冷たくなった手のひらを握り締めて声を発した。

野崎に言われたとおり、高居はただの友達ではない。
それは特別な感情があるからではなくて、本当に兄のように兄弟のように過ごしていたから。
これまでの人生の中で最大の衝撃と苦しみと悲しみを知った出来事を、唯一知る友人だから。
そして何より・・・上総に人生の夢をもたらした人だから。
まだ幼かった二人はお互いに心に傷を負いながら、今ようやく話ができる時がやってきただけのこと。
上総にとって、高居の存在はそれ以上でもそれ以下でも無かった。
・・・例え高居の心が、違っていたとしても。

「お願い・・・です、話を・・・」
自分にとっては野崎は唯一無二の恋人で、決して誰かと同列に並べて考えられるような存在じゃない。
確かに、あのいつもと違った様子の高居の真意はまだ分からない。
でも、この心さえ分かってもらえるなら、こんな些細な誤解で嫌な思いをする必要はないはずだ。
7年という時間は意味のあるものではあるけれど、時間の長さが つながりの深さ だとは限らない。
本当に特別なのは野崎だけ。
それなのに・・・・・・

「分からない?」
首を縦に振ろうとしない上総の態度に業を煮やした野崎は、上総のローブの紐に手を掛けた。
一気に紐を引き抜くと、力任せに上総のローブを毟り取った。
「ねが・・・ぃ・・・そう・・・じさん・・・」
言葉も通じ合わせられなくなって、悲しみに暮れた上総の声は形にも成らなかった。
こんなに側にいるのに、野崎の心はずっと遠くの見えないところに感じるのがあまりにも悲しくて寂しい。
一糸纏わぬ姿にされて、肌を通して心までもが冷やされていく。

誤解なのに・・・。お兄ちゃんは、何でもない。
聡示さんだけ・・・・・・
僕は・・・・僕は聡示さんの事しか・・・・・・
僕が好きなのは・・・・・・

「僕がもし 7年間も上総の事を追い続けていたら、次に上総に逢った時 どうなると思う?」
ズキズキと突き刺さる冷たい言葉に心が締め付けられて、上総は涙の滲む目で野崎を見上げた。
「がぅ・・・違ぅ・・・・・・」
上総は首を大きく横に振って訴えた。
びくびくと震える程に竦んでいるくせに、尚も抵抗するような仕草をする上総の姿に野崎の脳がプツッと音を立てた。
「それが分からないんだろう?」
野崎は手にした紐をベッド脇に括りつけて上総の左手首を拘束した。
「違ぅ・・・んです・・・・・・ねがぃ・・・聞い・・・て、くだ・・・」
上総の目から一筋の涙が零れた。
野崎の目がそれを見つけて、ぐっと眉を寄せた。
「会うのはやめるんだ」
上総が今度こそ首を縦に振るなら、野崎は許してやるつもりだった。
「がう・・・んです・・・話・・・、そうじ・・・さ・・・」
けれど、震えながらでも野崎の腕に縋って 言い募る健気な姿は、まるで必死に高居の無実を訴えているように野崎の目に映ってしまう。
野崎は一度大きく息を吐いた。

二人の言葉はどこまでもすれ違って、決して真っ直ぐには行き交わない。
野崎のこの横暴さが、上総のことを想うあまりの独占欲と嫉妬の成れの果てだとは、
疎い上総にはまだ理解出来なかった。

野崎には確信があった。
ボディーガードのつもりで上総の無事を監視させていた人間から入った報告。
木曜の夜、上総は30代手前の男と接触していて 『親密そうな様子が伺える』 と補足が添えられていた。
気になった野崎は翌日には大至急で調査の依頼を掛けていた。

すぐに届けられた資料を見れば、上総の周りをあれこれと詮索しているフシがある。
何より昔の事情をよく知る間柄だったことが気に食わなかった。

当時 大学生だったその男が今も上総に執着しているとなれば、きれいなだけの関係に甘んじているはずがない。
上総には、何か引き寄せられてしまうものがある。
人を疑うことを知らない、当の上総には、・・・そんな発想など出来はしない。
それでも男は男。
上総を手に入れた自分でなければ分からない。

「どうして分かってくれない・・・」
上総を追い詰めているはずの野崎までもが苦しい声を出した。
「お兄ちゃんは・・・、違う・・・、お兄ちゃん、は・・・」
弱々しく、でも必死に告げられた上総の言葉に、野崎の目がカッと見開かれた。
「分からないなら、教えてやる」
野崎は自分のローブの紐を抜き取って、上総の右手もベッド脇へ固定した。
「そうじさ・・・、がうっ・・・違ぅ、んです・・・」
弱々しく訴え続ける上総の唇を、野崎は苦い思いをかみ締めながら塞いだ。

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