天の川のむこう-5-

強さを増した日差しに照らされながら、上総は重い足取りで家まで帰り着いた。
朝食を取って、夕方からのバイトまでの時間を眠って待とうと横になった時、バイト先の黒田から急に連絡が入った。
『槙ちゃん、今日早めに入れないかな?』
『どうかしましたか?』
『そろそろ忙しくなりそうなんだ』
『あ・・・。そうですよね・・・』
夏の気配が強くなると喫茶店は大忙しになる。
他のフランチャイズの店とは雰囲気の異なるフロートでも、それは例外では無かった。
『いいですよ、あと一時間くらいで着けると思います』
『悪いな。よろしく頼むよ』
短い会話で電話を済ませて、上総は出掛ける準備を始めた。
鬱々と部屋で一人じっとしているよりは、今は体を動かしている方がいい。
すっかり高くなった陽の下を、上総はバイト先へと急いだ。

フロートへ着くと、カウンターへ入った途端に忙殺された。
平日になかなか顔の出せない客が、黒田が手間隙を掛けて淹れる『アイスコーヒー』を求めてひっきりなしにやって来る。
黒田がコーヒーを淹れるのに専念している傍らで、他の作業を切り盛りする上総は走り回るように動き続けていた。
注文を取って豆を挽き、カップを運びカップを下げ、代金の清算をして客を送り出し、時間は瞬く間に過ぎていった。
もういい加減に疲れも出始めた夕方の6時過ぎになって、なんとか客足が落ち着いた。
黒田と上総はカウンターの中で、この日初めて椅子に腰掛けていた。
「今日は酷かったなぁ・・・」
「疲れましたね・・・」
「槙ちゃん、明日も頼めるかい?」
「えと・・・・・・」

上総は返事に困った。
フロートは間違いなく夏の書き入れ時に入っていて、毎年の事を思うとできることなら手伝いたい。
でも今は、時間があるならたとえ僅かでも逢いたい人がいる。

(でも・・・・)
逢いたいとは言っても・・・・・。
今朝まで戻らなかった野崎が、明日こそマンションに居られるのかどうかは分からない。
少なくとも上総の想像では追いつかない大事件なのは確かで、野崎はその真っ只中に居る。
報道陣が自宅まで押しかける程の事態になっている事を考えると、逢える可能性はほとんど無い気がした。
マンションで一人目覚めた時の冷たい身体の感触を思い出すと、今の上総には前向きな考えが出てこなかった。
「いいですよ。明日もきっと大変ですよね」
せめて来週になれば事態は今より沈静化していて、週末の1日くらいは逢えるかもしれない。
そんな微かな願いを心に秘めて、上総は翌日朝からのバイトを引き受けた。

午後8時。
いつものようにバイトを終えて店を出た上総は、ひとしきり迷った挙句、自宅へ真っ直ぐ帰ることにした。
久々の激務で心身共に疲れきっていた。
昨夜は外泊してしまったし、今日また遅く帰って家族を心配させるのは避けたかった。
それにこんな状態で野崎に逢えたところで、二人の時間を心から楽しむのは難しいと思った。

この日の上総は、芯から疲れ果てていた。

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