星空に触れて-133-

部屋を出る頃には12時を過ぎていた。
混み合うレストランで何とか食事を摂って、お昼も2時を回ろうかという時間になってようやく二人はホテルを出発した。
2時間近く車に揺られていると、窓の外にはようやく見慣れた景色が見えてくる。

「もうひとつのプレゼントなんだけど」
車道を向いたまま野崎が話しかけてくる。
「え・・・?あの星空のことじゃ無かったんですか?」
ホテルでディナーをとっていた時、野崎は指輪の他にもう一つプレゼントを用意してあると言っていた。
上総はてっきりあのすばらしい夜空の事だと思っていた。
「あれは、上総の 『初めて』 をもらったお返しだよ。上総には値段の付けられない 『初めて』 を沢山もらってしまったからね」
含みのある声で言われて上総は思わず視線を落とした。
決してコーヒーの事だけではないことは、良く分かってしまう。
「あのホテルを改装したのは僕なんだ。昔外国へ行ってて、最初に日本に帰った時にやった仕事なんだよ。だから、僕の 『初めて』 でお返ししたんだ」
「そう・・・なんですね・・・」
(『初めて』 『初めて』 って、あんまり連呼しないでほしい・・・)
「それでプレゼントなんだけど・・・これ」
野崎はジャケットの内ポケットから、1枚のカードケースを取り出して上総に差し出した。
受け取って中を確認すると1枚のカードが入っていて、上総にはそれが何なのか分からない。
「これ・・・何ですか?」
「使い方は教えるから」
野崎は一度だけ上総の方を見てにっこりと笑った。
「そういえば・・・これからどこに行くんですか?」
車はいつもの上総の行動圏内に入っていて、ここからなら大学もそう遠くない。
「それの使い方をきちんと説明しておいた方が良いと思って。そこの左のマンション」
野崎に言われるほうを見ると、低層のオシャレなマンションが建っている。
車はゲートをくぐって奥の駐車スペースへ進み、その一角に止まった。
「着いたよ、降りて」
言われるままに車を降りて、野崎の後をついていく。
「エントランスは普通は正面から入って、まずここに来る」
「はい」
野崎は上総が持っているものと同じカードをポケットから取り出した。
「ここにカード挿して手前に引く。ここがグリーンに光ったら暗証番号4桁で0622って入力して最後にEnterを押す」
♪ピッ
「これで最初のドアが開いた」
「ぇ?」
「5階建てだけど部屋は2階の一番端っこで201ね。エレベーター付いてるから。高いところに住むの好きじゃないんだ」
野崎はそそくさとエレベーターホールに入って、つかまえたエレベーターに乗り込むと2階で下りる。
「この自動ドアが開いたら、あとは玄関」
エレベーターの右奥にある白く濁った大きな自動ドアが開いて、中へ入ると表札の入っていないドアがあった。
「エントランスと同じようにやってみて」
ドアの脇には同じセキュリティシステムが備え付けられていて、上総は言われるままに野崎の手順を繰り返した。
♪ピッ
「これで家に入れる」
「これっ・・・!」
「僕の家の鍵。無くしたら大変だからしまって」
大変なものをもらってしまったことに気がついて、上総はもたつきながらカードをしまった。
「どうぞ」
開けられたドアの向こうへ入った途端、その広さに呆気にとられて上総の足がぴったり止まる。
リビングだけでも上総の自宅の全ての部屋を足した広さに近い。
「すごい・・・」
恋人が専務という肩書きを持っていることを、今更ながらに痛感してしまう。


ぼうっとしていた上総を野崎がぐっと抱き寄せた。
「やっと二人きりになれた、上総」
「聡示、さん・・・」
野崎の優しい匂いに包まれて、二人の体温が交じり合う。
上総は身体の力を抜いて野崎に身を任せた。
「僕は・・・これから忙しくなる。時田の件が公表されれば会社は大きなダメージを受けるし、責任のある身だから・・・。どんなに逢いに行きたくても、身動きが取れないこともあると思う」
落ち着いた声で現実に引き戻されて、急に心細くなってくる。
上総は野崎の背に腕を回してシャツをぎゅっと握り締めた。
「またこうやって長い時間を一緒に過ごせるようになるのは・・・少し先になると思う」
野崎はゆっくりと身体を離して、上総と真っ直ぐに視線を合わせた。
「それでなくても僕達が二人きりで過ごせる時間は短いんだ・・・」
その瞳は太陽ほどの絶対等級で上総の心に輝きと情熱を届ける。
「だから上総が逢いにきて」
「聡示さん・・・」
「上総の温もりを僕のところへ届けに来て・・・。いつも上総を感じていられるように・・・逢いにきて」
野崎の囁きが、その熱い想いをたっぷりと乗せて上総の心へ響き渡る。
想うように想われている、その事がいっそう二人を強く繋ぎ留める。
「・・・はい、聡示さん」
目の奥に新たな光を宿した凛々しい顔をほぅっと見上げて、上総は甘い予感の中で小さく応えた。
野崎の目が細められて、もう一度強く抱きしめられる。
「あと1日だ・・・。1日くらい・・・、眠れなくても平気、だろう・・・?」
熱を帯び始めた野崎の吐息が上総の耳元を掠めていく。
「・・・はぃ・・・」
野崎のシャツをぎゅっと握り締めた上総が返事をすると同時に、野崎が上総を抱き上げた。
「もっと上総が見たいんだ・・・」
射るようなまなざしで告げたあと、野崎は大股でリビングを抜けて奥の部屋へ入っていった。

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