星空に触れて-123-

いつもより客足の少ない中、上総は早めにバイトを切り上げて店を出た。
野崎との待ち合わせの5時。
急いで脇道へ入っていくと、野崎は既に待っていた。
「おかえり」
早足で近づくと野崎は車を降りて助手席を開けてくれる。
「気をつけて」
上総の体が助手席に全て収まったところでドアが閉められた。
自らも運転席に乗り込んだ野崎が、左手でそっと上総の頬を撫でていく。
「上総・・・日曜にはちゃんと送り届けるから」
野崎の目の奥に見慣れない光を少しだけ感じて戸惑ってしまう。
「・・はい」
それでも上総が返事をするといつもの優しい眼差しが戻ってきて
「行こうか」
そう告げられた後、車はゆっくりと走り出した。

二人を乗せた車はそれから2時間ほど走って、山の中腹に建てられた豪奢なホテルに着いた。
中世のヨーロッパを思わせるホテルは威厳を湛えていて、眼下に広がる下界を悠々と眺めているようそびえ立っていた。

野崎にエスコートされるままエレベーターに乗り、10階で下ろされてレストランへ入った。
店内は天井から淡い間仕切りのように幾重にも布が下ろされていて、全ての席が幻想的に区切られている。
二人は奥の一角に通されて、柔らかく灯るキャンドルを挟んで向かい合わせに座った。
するとすぐにシャンパンが用意される。
「実はここ和食なんだけど、今日はお祝いだから。お酒は平気?」
「はい、大丈夫です」
グラスを持ち上げて、野崎に応える。
「お誕生日、おめでとう」
愛しそうに微笑みかえる野崎にドキっとしながらも、『ありがとうございます』と笑顔を返した。
シャンパンの軽く弾ける炭酸と甘い余韻に、少しずつ緊張が解れていく。

グラスを置いたところで、野崎が右手を差し出してくる。
「手をだして」
言われるままに差し出した手を野崎はそのまま口元へ引き寄せて、指先にゆっくりとキスを落とした。
驚きを隠せない上総が顔を真っ赤にしていると、野崎は内ポケットから真っ白い小さな箱を取り出した。
中には1対のリング。
「上総は僕のもの。いいね?」
そう言って小さい方のリングを上総の薬指に滑らせる。
ゆっくりと指輪が収まっていくのを上総は何かの儀式のように眺めていた。
「思ったとおり。似合ってる。僕にも付けてくれる?」
箱を渡されて、野崎が手を差し出す。
上総は野崎がやったように残ったリングを野崎の薬指へ嵌めこんだ。
「僕も、上総のものだ」
「聡示さん・・」
聡示さんは僕のもの・・・。
上総は思わず野崎の指に輝く所有の証を指でなぞった。
そんな上総の仕草を野崎は満足そうに見つめる。
「喜んでくれた?」
少しだけ子供っぽい声に、上総は喜びを一杯に湛えた瞳で答えた。
「とっても・・・。とても嬉しいです・・・」

自分の事を欲してくれるのは嬉しい。
でも、相手が自分のものであることを望んでくれる事はもっと嬉しい。
指先に触れるリングはもう既に野崎の一部になっていて、上総は何度もその愛しい感触を確かめる。
「まだプレゼントがあるんだけど・・・。それは後でね」
そう言って、野崎は自分のリングに触れている上総の手を包むように捕らえた。
幻想的な空間に後押しされて、上総はますます野崎に引き込まれていくのを感じていた。

絵画のような盛り付けに施された繊細な味付けは、このホテルの一部としてふさわしくどこまでも完璧だった。
2杯目のシャンパンは恋人の眼差しのように口の中でほろりと蕩ける。
「ここに部屋をとってあるんだけど。上総は・・・きっと気に入ってくれると思うよ」
艶っぽく細められた野崎の目は、上総の心ごと釘付けにしてしまう。
「何だろう・・・」
期待とも不安ともつかない色を瞳に滲ませながら、上総は野崎の視線を追った。
「出ようか」
ゆっくりと席を立つ野崎に促されて、二人はレストランを後にした。

目次へ...

Leave a comment

Private :

Comments

- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
12 02