星空に触れて-119-

午後2時半ちょうどに面接が終わった。
面接会場を飛び出して大急ぎで家へ帰り着いたのは3時半を回ったところだった。
玄関を乱暴に開けると見慣れない革靴が2組並べられていて、最悪の状況を想像しながら上総は慌てて中へ入った。

しかし、・・・

「お邪魔しています」
祖父母と向かい合わせになるように、座っていたのは藤堂と真島だった。
「えっ」
事態がつかめない上総は続く言葉が出てこない。
加えて、祖父と祖母が疲れた表情をしているのが気になって仕方がない。
「まぁ、座りませんか?」
こんな時も至って冷静な藤堂が席を勧めた。
「は、い」
上総はよろよろと勧められるままに祖父の隣に座った。

場が静まったところで、藤堂が話しを始める。
「私のほうから今回の一件について説明させて頂いたところです。調査のとおり、時田は今日やってきました。」
「じゃぁ、っ!!」
上総は、めいっぱい身を乗り出して、縋る思いで藤堂を見た。
「ボイスレコーダー、お願いしたとおりに録音できていましたよ」
藤堂が冷静に告げた言葉に、体が一瞬 ぶわりと浮き上がったように錯覚をしてしまう。
「本当ですかっ?」
「お前は心配性だと言ったろう」
祖父も祖母も優しい表情で頷いてくれる。
「あの内容なら間違いなく時田を訴える事ができます。お手数を掛けました」
そう言って、真島が祖父母へ向かって一礼をした。

「私共がやっていることは内部告発です。程なくしてこの件は世間に公表されます」
藤堂の言葉に、全員が 改めて背筋を伸ばした。
「この計画もひとまず凍結されることになります。ですが、すぐに白紙になるでしょう」
「本当ですか?」
それまで静かにやり取りを聴いていた祖母が、目を見開いて声をふるわせた。
「今回の開発に関わっている企業も関連して訴えられます。計画は、続行不可能です」
「やった!・・・良かった!」
家族3人が、確かに時田に勝利した瞬間。
上総は祖父母を顔を見合わせて手を取り合った。

特別なことなんて 何一つない。
けれど、また、あの 静かで優しい3人の生活が続けられる───。


「そこで・・・」
藤堂が鞄の中から封筒を取り出した。
「今回の被害に遭われた方々にはこれから社がお詫びをすることになるのですが、こちらのお宅には問題解決のためにご尽力頂いた経緯がございますので」
そう言って、藤堂は封筒を祖父の前に差し出した。
「今回の責任者が是非お礼をしたいと申しております。些少ではございますがお受取り下さい」
「これまでに被害に遭われた方の代表だと思って、受け取って頂きたいんです」
柔らかい言い方で脇から真島も勧めた。
「今回は未然に防ぐ事ができました。ですが、さかのぼれば どれ程の方が被害に遭われたか知れません。そのお詫びといっては 失礼にも程がありますが、どうかお納めください」
深々と頭を下げる真島に、祖父母は 少し困惑した表情で口をつぐんだ。
おずおずと 手を伸ばして、祖父が 差し出された封筒の中身を確認した。
中には小切手が1枚と、チケットが2枚。
「時田のせいでお怪我をさせてしまいましたので、せめて湯治にご招待したいとのことです。送迎が付きますので移動はご心配なさらずに。それから、小切手は上総君の後期分の学費に充てて頂きたいそうです」
「え、・・・」
祖父母は まるで声を忘れたように 押し黙って、その3枚の紙片を ただ呆然と見つめていた。
こんな結末になるとは思ってもみなかった上総も、ただ呆然と藤堂を見ている。

「こんな・・・。こんなことを、・・・良いんでしょうか?」
弱々しい声で祖母がぽつりと言った。
「時田が行ってきた悪事の額に比べれば爪の先程の額にもなりません。そもそも迷惑を掛けた側の社に遠慮の必要などないですよ。弁護士の私が申し上げるのですから、間違いありません」
藤堂がきっぱり言い切って、家族3人に漂う 迷いと困惑を断ち切った。
やがて祖父は丁寧に一礼をして、その封筒ごと手元へ受け取った。
「では・・・。頂戴します」
「お礼など要りません。ただそちらのチケットですが・・・。期限がございます」
藤堂に言われた祖父がチケットを確認すると、その時が、もう今週末の日曜に迫っていた。
「2泊3日ですので、明日からご滞在頂く事になりますが・・・」
「それは随分・・・、急、ですね・・・」
これには祖父も祖母も困った顔をした。

「随分とご心労も重なったと思います。この際ゆっくりと羽を伸ばされてはどうですか?」
真島が一際さわやかな笑顔で告げると、静かにしていた祖母がまんざらでもない雰囲気を漂わせる。
「せっかくですから、お爺さん。お言葉に、甘えましょうか?」
祖母が祖父の手に手を重ねてにっこりと言うと、眉を寄せていた祖父も渋々頷いた。
「お言葉に・・・甘えるとするか」
「ありがとうございます」
祖父の言葉に真島が満足そうに微笑んだ。

上総はそのやり取りを、ただぼうっと、まるで他人事のように眺めていた。

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